留守番「炭治郎?居ないのか」
城の障子戸を潜り、とある宿の一室へと足を踏み入れた私は辺りを見回した。
炭治郎は単独任務時、私が訪れても良いようにと藤の花の家でなく一般の宿に泊まる。
この部屋に居るのは鳴女の血鬼術で確認したのに、先程の今で何処かへ行ったのか。
「厠か?……ん」
ひとしきり見渡した後にふと目を落とすと、敷かれた布団の枕元にある市松模様が目に入った。
「……」
徐に掛け布団の上へ腰掛けつつ、丁寧に畳まれた羽織を引き寄せる。
顔を埋めると、持ち主の香りが鼻腔をくすぐった。
「……早く来い」
◆◆◆
宿の風呂で汗を流し、浴衣に着替えて借りた部屋へ向かう。歩みを進めていく内に、ふと知る匂いが鼻を掠めた。
ああ、来ている。
向かう足は早まり、匂いが近くなる。
出迎えることが出来なかったなと思いながら襖に手を掛け、勢い良く開け放った。
「来てたんだな無惨!待たせてすまなかっ、た……」
そのままの体勢で思わず固まる。
目線の先には、布団の上に寝そべり、自分の羽織に顔を埋める想い人がいた。
均整の取れた体を丸める様は、育ちの良い黒猫を思わせた。羽織を両手で引き寄せて目を閉じる姿は、大切な人形を抱き寄せて眠る少女にも見える。
見入っているとゆっくり瞼が開かれ、鮮やかな紅梅色と目が合った。
「……風呂か。私を待たせるとは全く……炭治郎?」
「据え膳食わぬは男の恥‼︎いただきます‼︎」
やり直し
◆◆◆
「……風呂か。私を待たせるとは全く……炭治郎?」
「あ……いや、悪かったな」
こちらを見つめて微動だにしない少年に呼びかける。
思い出したかの様に動き出した炭治郎は、私と視線は合わせたまま。後ろ手にゆっくりと襖を閉めると、何処か切羽詰まった様な表情でこちらへと近付いてくる。
何となく起き上がる気になれずそのままの体勢でいると、屈んで顔を近付けてきた。
「……無惨。俺の匂い、好き?」
「…そうだと言ったら何だ」
素直に答えてやれば、炭治郎は耐える様な表情のまま頬を染める。と思うと、鼻から下を覆う羽織を引き下げてきた。
口元から離された羽織の代わりに、風呂上がりの石鹸混じりの匂いが鼻をくすぐる。
「嬉しいよ、凄く。俺も無惨の匂い好きだ。……俺の匂いと混ざった時も」
「、ン」
言い終わるが否や、噛み付く様に口を吸われた。羽織を手離し、目の前の頸に腕を回せば口付けは更に深くなる。
匂いも含め、混ざり合うのは確かに気分が良い。己の匂いを身に纏わせる事で、互いの独占欲も満たし合っている。
私の仕草や言葉一つで感情を波立たせる様に満足しながら、性急に着衣を寛げる手の動きへと身を委ねた。
つづかない