慕情※gs5のネタバレございます。
もしも亡霊が折れずにいたら…という感じです。
※注意 亡霊が御剣に手を出しかけるシーンあります。
所局。
「さあ、亡霊!とっととその正体を見せろ!」
追い詰められた亡霊は成歩堂の顔と声で苦悶していたが、すぐに表情をにやりと歪ませた。
「ふ…こうなったら」
亡霊はしゅる、と手首のワイヤーを伸ばした。また攻撃するつもりかと、夕神は手を構えて警戒する。
だが、ワイヤーは見当違いの所に飛んだ。
「!」
ズガン!と瓦礫の山を一部崩し、それに皆が一瞬気を取られている隙に、亡霊は動いた。
「!、御剣!」
離れていた御剣の首を後ろから亡霊が抱え込み、まるで抱き込むようにして拳銃を御剣の頭に突きつけた。
「チィ!」
夕神は歯をぎりりと軋ませた。亡霊が御剣を人質に取ったのだ。
「ぐぅっ…!」
「ははは、これで形成逆転、かな?」
「か、係官!早く囲みなさい!」
裁判長の叫びに応じて銃を構えた係官が囲み始める。
だが亡霊は意にも介さず御剣の首を締め上げた。
「御剣ッ!」
「局長!」
普段から体を鍛えている御剣だが、流石に首を締め上げられていては抵抗が出来ない。
「ふふ…ねえ、成歩堂龍一?」
醜悪な笑みで同じ顔をした亡霊が嗤う。
「な、なんだ…?」
「君の弱点、あの娘と、そこの弁護士二人。…そして…僕の腕の中にいる局長さん、だよね?」
「…何が言いたい…」
「この局長さん、君の幼馴染みで親友なんだよねえ?だったら…そこの赤い弁護士君と同じにしてあげようかなあ…って」
「ま、まさか!」
「や、止めろッ!成歩堂さんにまでオレと同じ思いをさせる気かッ!」
王泥喜が強く吠えた。幼馴染みの親友を亡霊に殺された身として、決して他の人に同じ思いをさせてはならないと。
「ぐ…わ、私のことは…気にするな…早く…亡霊を…ぅぐうっ!」
「御剣!」
苦しそうにする御剣に成歩堂の語気が強まる。
「…嗚呼そうだ、そういえば他にも関係があったんだよね…恋人、だっけ?」
「!」
周りに隠していた関係を亡霊はあっさりと暴いてしまった。カマをかけただけかもしれないが、その反応で亡霊はしめたと感じたのだ。
「だったら…僕がもらってもいいよねえ?同じ顔で同じ声なんだからさあ…『ね?御剣』」
そう囁いた亡霊は御剣の耳に息を吹きかけた。御剣はその恐怖に鳥肌を立たせて震えた。
「ひィッ…!」
「っ…!!!」
それだけで、成歩堂の頭は簡単に血が登ってしまう。そう見越した亡霊は、御剣を使って挑発をした。
その考えが功を奏したのか、成歩堂はじりじりと亡霊に近づいていく。
「…成歩堂…ダメだ…」
「あ、そうか…逆でもいいんだ」
ぱっと思いついたように亡霊は拳銃を成歩堂の方に向ける。
「な…!」
「局長さん、お前にその思いをさせてあげよう。彼の心臓に風穴を開ける…お前のお父さんと同じように…」
一瞬ビクン!と御剣の体が震えた。DL-6号事件。そのトラウマが一瞬蘇ってしまったのだ。首を締められているせいか、少し弱気になってしまっているようだ。
「止めろ…っ!成歩堂には…手を出すな…!」
「ふうん?健気だねえ…」
亡霊は楽しげに御剣の反応を見ている。
すると、成歩堂が亡霊を見据えて言った。
「分かった。そこまで言うならぼくの心臓を狙うがいい」
胸元のロケットを取ってズボンのポケットに仕舞いながら、亡霊の方に近づいていった。
「成歩堂さん!」
「なるほどさんっ!?」
「成の字ィ!」
「な、成歩堂君!」
「成歩堂…」
亡霊は少し目を見開いた。
「…正気かい?」
「ああ。大切な人が撃たれるならぼくがそれを受ける」
成歩堂は両手を上げて無防備をアピールする。その時、微かに成歩堂の指が形を作った。
心音がその時の成歩堂のココロの声を聞き、王泥喜にその指の形を見るように伝えた。
王泥喜はその形を瞬時に見抜き、夕神を見て軽いジェスチャーをした。
(頼む…!ユガミ検事、気付いてくれ…!)
夕神はそれをちらりと見て、一瞬不敵な笑みを浮かべた。
亡霊は油断しているのか、こちらのやり取りには気づいていなかった。
成歩堂は亡霊の拳銃が触れる程の距離まで近付いていた。
「へえ…死ぬのが怖くないのかい?」
「怖くない…と言ったら嘘になるね。でもまあ、ぼくは死神に嫌われているから。橋から崖下の川に落ちても風邪だけだし、車に跳ねられても捻挫だけだしね。だからさ、ほら…」
トントン、と成歩堂は心臓のある部位を指で叩いた。
それを見た御剣は気が気でなかった。本当に成歩堂が撃たれてしまう…と。
「駄目だ…っ!私は、君を失ったら、もう…」
「それは、ぼくも同じだよ。御剣。お前のいない世界は、耐えられない」
「じゃあ、お望み通りにしてあげようか」
カチリ、と亡霊が指に力を込めた。次の瞬間、成歩堂が勢い良くしゃがみ、その後ろから何かが飛んできた。夕神の投げた瓦礫の欠片だ。真っ直ぐ飛んだそれは亡霊の拳銃に命中し、銃口が曲がって逸れた。
「なんだとおっ…!?」
亡霊が怯み、御剣を拘束する手を緩めた瞬間、成歩堂は御剣に手を伸ばし、強く抱き寄せて後ろに飛んだ。
ドスン!と成歩堂が御剣を抱き締めたまま、仰向けに落ちた音と共に、確保ォ!という声が聞こえ、そのまま大量の係官が亡霊を取り押さえて連行していった。
成歩堂は思いっきりゴツゴツした瓦礫にぶつけた背中に痛みを感じながら、御剣の無事を確かめた。
「御剣、だいじょう…」
「この、大馬鹿者!!!」
思い切り怒鳴った御剣は、ビックリして目をぱちくりしている成歩堂に馬乗りになって胸ぐらを掴んだ。
「何で、何であんな事をしたのだ!本当に、本当に…君が撃たれたら…私はッ…」
ぽろぽろと成歩堂の顔に雫が落ちる。
「私は…本当に…独りになってしまう…だから…」
もう、自分の命を軽々しく扱わないでくれ。
そう言って泣く御剣を、成歩堂は仰向けになったまま頭をかかえて抱き寄せた。
「ごめんな、御剣。でも、お前が助かって良かった」
「う、うう…馬鹿者…」
御剣は成歩堂の肩口から顔を離すと、成歩堂の頬に両手を添えて口付けをした。
「んっ…」
「はあ…」
何度も角度を変えて、お互いの気が済むまで享受する。
ぷは、と長い口付けからお互い顔を離すと、成歩堂が顔を朱に染めて頬を掻いた。
「いやあ…御剣、珍しく大胆だね、こんな所で」
こんな所…?とぼんやりしていた御剣は、はっと我に返り、ギギギギと音がする程ゆっくり周りを見渡した。
そこには、顔を真っ赤にして両手で顔を覆う王泥喜と、
喜色を満面にしてこちらを見る心音と、
にやにやと笑う夕神がいた。
「お、オレ、何にも見てませんからッ!」
「キャー♡二人とも、お熱いですね!」
「ヘッ…御剣のダンナァ、アンタ涼し気に見せかけて、結構情熱的じゃねェか」
御剣はカタカタと震え出し、ここでやらかした失態を思い出した。
「いやはや、私も少し若返った気分になりましたぞ。若いっていうのはいいですなあ」
裁判長まで。
あまりの羞恥に、御剣は思い切り成歩堂をはたいて、第4法廷から物凄い勢いで走って出ていった。
「……」
「だ、大丈夫ですか成歩堂さん…」
恐る恐る王泥喜が話しかけてくる。真っ赤になった左頬を擦りながら成歩堂が起き上がった。
「はは、可愛いだろう?アイツ」
成歩堂は砂埃だらけの青いスーツを軽く払いながら、うっそりと笑った。
END
夕神さんに局長をからかってほしかっただけです。