異国の光の中で 事態が進展するまで時間がかかりそうだということもあり、光の戦士たる少女はサンクレッドが向かったという東方へ足をのばしていた。とはいえ連絡は取っていない。ある程度見てまわって出会えなければ、それはそれで仕方ない――彼女はそう考え、まずはとクガネの街を歩いていた。東方独特の装束に身を包む人々の間を縫いながら、賑やかな街の空気を吸う。通りを抜けると、人ごみに火照った頬を冷たい風が拭った。
「相変わらず活気があるなぁ」
少し高台に上がり、クガネの街を見下ろす。昼と夜とでまったく違う煌びやかな姿を見せるクガネの街を、少女は好いていた。この地方独特の装束も良い。少し動き難さもあるが、素朴さと華やかさの両方を兼ね揃えたそれを気に入っている。
「んー……いない、かな」
街に目を凝らしても、残念ながら探し人の姿は見えなかった。諜報に長けた彼の姿を探すのは一朝一夕にはいかないが、しばらくの間眺めていようと決める。あちこちに視線をやりながら、こうして静かに一人で景色を眺めるのも冒険の醍醐味のひとつだなぁと独り言ちた。
「……やっぱりそう簡単にはいかないか」
しばし街を眺め、嘆息する。残念ながらお目当ての人物を探し当てることはできなかった。
「まぁ、会えないのも仕方ない……」
そう、ここでの捜索は諦めようとしたとき。
「なんだ、人探しか?」
「わっ!?」
手伝うぞ、と後ろから聞き覚えのある声がした。慌てて振り返ると、そこには今の今まで探していたサンクレッドの姿が。パチリと瞬きをして驚いたと言う少女に、サンクレッドは笑って悪い、と返す。
「それで? 誰を探してるんだ?」
横に並び街を見下ろすサンクレッドに、急に楽しくなった少女はクスリと笑い答えた。
「ふふ、探してたのはサンクレッドだよ。まさか会えるとは思ってなかったけど」
そうなのか? と目を丸くする男に、少女は再び笑った。
「どうしたんだ? 何かあったなら連絡をくれれば……」
「いいの。会えたらラッキーだなって思って来てみただけだから」
「それは……俺に会いたかったってことか?」
どこか揶揄うようなサンクレッドの声に、そうだよと素直に返す少女。
「会いたかったんだよ。この前は、ちょっと挨拶しただけになっちゃったし……」
そう寂しげに呟いた少女に、サンクレッドは驚きながらも微笑んだ。
「それは、嬉しいことを言ってくれるな」
「揶揄ってるでしょ……もう」
「いや、そんなことはないさ。俺も、会えてうれしいよ」
ならいいけど……と顔を赤くする少女の額に、サンクレッドは軽く口づけた。ちゅ、と音を立てて離れた唇に、照れつつも嬉しそうに少女は笑みを浮かべる。そうしてそのまま唇にも、と頬に手を当てたサンクレッドに、応えるように顔をあげて瞳を閉じた。
「ん、……ん」
啄むような口づけが何度も落とされて、くすぐったいよ、と少女が頬を赤く染めて離れた。それを少しだけ残念そうに許したサンクレッドが、それで、と声をかける。
「俺と会ってどうしたかったんだ、お嬢さん?」
少女の顔を覗き込むように首を少し傾げウインクをひとつ。その気取った声と振る舞いに、彼女は笑って言葉を返した。
「私とゆっくりデートでもしてほしいな、素敵なお兄さん?」
喜んでとサンクレッドが答え顔を見合わせると、二人して噴き出すように笑った。密やかな、明るい笑い声が二人を包む。
「ふ、随分返しが上手くなってきたな」
「これだけ付き合いが長くなれば、さすがにね」
それでも照れてしまうけど、と赤くなった頬を隠すように手を当てる少女に、サンクレッドは愛おし気に目を細めた。
「では、デートと行こうか」
「うん。エスコート、よろしくね」
任せておけと答えるサンクレッドの腕に少女は自分の腕を絡ませて、ゆっくりと歩きだした。
とはいえ――とサンクレッドが呟く。
「お前、もうこの町で知らないところなんてないんじゃないか?」
「んん……まぁそうかも。でもいいよ、サンクレッドと一緒に見て回ったことないし」
「そうか? それならいいけどな」
それはつまり、俺と一緒ならどこでもいいってことか? と、また揶揄い混じりの言葉が出そうになるのを飲み込みながら、とりあえずお茶でもするかと提案する。いいねと少女が頷き、二人は茶屋へと向かった。
席に着き、これが定番とおすすめされた団子とお茶を頼むと、サンクレッドがそういえばと話を切り出した。
「新しい冒険、とやらはどうだったんだ?」
その問いかけに、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに瞳を輝かせた少女が熱く語り始める。
エスティニアンが、ウリエンジェが、グ・ラハが……だのと語る彼女にほんの少し複雑な感情を抱きながら、サンクレッドは楽しかったみたいでよかったよと相槌を打った。
「それでね、ヤ・シュトラが――」
そこから語られた、少女の悪意の欠片も無いただただ純粋にヤ・シュトラが可愛かったのだという話の内容に。
「……悪いことは言わないから、それは他の誰にも話すなよ」
とサンクレッドが神妙に忠告すると、少女は首を傾げた。
「? どうして?」
「いや……まぁ、ヤ・シュトラもあまり知られたくない事だろうから、な……」
苦く笑うサンクレッドに疑問符を浮かべながらも、わかったと頷く少女。それを見て一応は安心か、と男は息を吐いた。
その後も他愛のない会話をしながらお茶を済ませ、ゆっくりと街を眺めながら二人は歩いていた。その道中で観光客向けであろう衣装の貸出店を見つけると、少女の興味がそちらへ向く。それに気付いたサンクレッドが、着てみるかと声をかけた。
「いいの?」
「あぁ。せっかくだ、俺も着替えるか」
目を輝かせた少女が、どれにしようと色とりどりの衣装を見渡す。
「んん、迷うなぁ」
目移りしている様子の彼女に、サンクレッドが一つ手に取った。
「これなんか良いんじゃないか?」
そう言って合わされた着物は、一見白だが淡いクリーム色を思わせる絶妙な色合いで、金と華やかな桃色で刺繍がされた美しいものだった。
「わぁ……きれい……」
でも自分が負けてしまいそうだと悩む彼女にそんなことは無いと説得していると、にこやかに見守っていた店員がその着物にピッタリの帯を持ってきた。え、え、と戸惑う少女を少し強引に見送ったサンクレッドは、すぐに自分の分の衣装を手に取ると着替えに向かった。
慣れたように着替え終えたサンクレッドが少女の戻りを待っていると、何やら満足気な表情の店員が出てきた。
「お済みですよ」
そう言われ目をやると、しっかり髪型までセットされた少女が恥ずかしげに頬を染めながら店員の後に続いて出てくる。
「……、」
その姿を見て、サンクレッドは一瞬言葉を忘れた。すぐに我に返ったが、口を開いたのは彼女の方が先だった。
「わ、サンクレッド! すごく似合ってる!」
恥ずかしげな様子から一転して目を輝かせた少女に、先を越されてしまったなとサンクレッドは頬をかいた。
「お前も、よく似合ってるよ。……綺麗だ」
「っ!」
眩しいものを見るように目を細めたサンクレッドの言葉に、少女はみるみるうちに頬を赤くした。それを誤魔化すように慌てて会計を済ませようとすると、にこりと笑みを浮かべた店員にもう済んでいると伝えられる。えっ? と目を丸くすると、会計用の机にはピッタリのギルが。そこから少しだけ離れた場所には、店員への心付けなのであろうギルも置かれている。
「ほら、行くぞ」
「え、ちょっ……うう」
あまりにもスマートなサンクレッドに少女がなんとも言い難い呻き声を上げ、観念したように眉を下げて店の入口で待っている彼の元へと向かった。最後まで微笑ましく二人を見守っていた店員に、小さく会釈をして。
そうしてこの街に馴染む装束に着替えた少女とサンクレッドは、小金通りへ足を運んだ。煌びやかな小物が並ぶ店を見つけ足を止める。サンクレッドはいつもより華やかな着物に身を包んだ彼女に、似合いの髪飾りなどがないかと見繕い始めた。数度少女と品物を見比べて、一つを手に取る。
「……あぁ、これだな」
東方らしい、しかし普段使いもできそうな髪飾り。一輪の花とそれを彩る細かな装飾は、控えめながらも少女が身に纏う着物とうまく噛み合っていた。主張しすぎず、かと言って埋もれるわけでもなく。いい塩梅だなとサンクレッドは頷くと、店主にこれをと一言声をかけた。
「あ! じ、自分で買うよ!」
「おいおい、たまにはいい格好をさせてくれないか?」
今度こそはと遠慮する少女に、さっさと会計を済ませた髪飾りを挿してやりながらサンクレッドが微笑む。少女は再びうぅと小さく呻いて、赤くなった頬を隠すように俯いた。
その後も結局なんだかんだと言いくるめられた少女が他にも着飾らされ、これ以上はと止めた頃にはどこかのご令嬢かのように美しく磨かれた一人の女性が完成していた。
「やりすぎだよ……!」
「そんな事ないさ。似合ってる、本当に」
普段あまり着飾らない少女を思う存分磨いたサンクレッドが満足気に頷く。
「……」
「? サンクレッド?」
頷いたが、彼女が周りの目を集めてしまっていることに内心複雑な思いを抱いた。どうしたのかと首を傾げる少女は、まったく自覚がない。いや、これまで英雄だなんだと謳われてきたのだ。気にしていたらキリがないのかもしれない。サンクレッドはそう考え、ひとまず移動すべきだなと自分よりも随分小さく柔い手を取った。
「少し歩こう」
「? うん。あ、でもちょっと待って!」
「どうした?」
するりと手が離され、少女が近くの店へ向かっていく。何か買いたいものでもあったのかとサンクレッドがその後に続くと、すぐに会計を済ませた彼女がどこか気合いを滲ませながら振り返った。なんだ? と彼が目を丸くして足を止めた元へ、小さな袋を手にして戻る。ほんのりと頬を染め、それをサンクレッドへと差し出した。
「今日色々買ってくれたから、ほんの少しだけど……お返しに」
「俺に? 気にすることなかったんだがな」
「私は気にするの!」
「まぁ、そうか……そうだな。ありがたく受け取らせてもらうよ」
彼女の性格を考えれば、与えられるだけでは気が済まないのだろうとサンクレッドは小袋を受け取る。開けても? と目をやると、少女はこくりと頷いた。
「これは……」
袋から出てきたものは、シンプルな帯飾りだった。サンクレッドが今着ている着物にもよく合う色合いのそれを、少女の望み通りに身につける。
「センスがいいな」
「サンクレッド程じゃないよ……」
心からの賞賛だったが、少女は困ったように笑って首を振った。変なところで自分に自信がないなとサンクレッドは眉を下げ、それから彼女が弱いと理解している表情を作った。
「なんだ、似合わなかったか?」
うっと息を詰まらせた少女が、一拍置いて力強くそれを否定する。
「そ、んなことない! すごく似合ってる!」
「なら、やっぱりお前のセンスが良いって事だよ」
「う、そう、かな?」
そうだと頷くサンクレッドに、ずるいなぁとどこか悔しい思いすら抱きつつも、少女はそのまま言いくるめられる方を選んだ。せっかくのデートなのだから、卑屈になっていても仕方がない。気持ちを切り替え、笑顔でサンクレッドの隣に立った。自然と二人の手が繋がれる。
「行くか」
「うん!」
特に行き先は決めずに歩き出す。街を、人を、空気を楽しみながら、ゆっくりと足を進めた。
しばらく街並みを堪能し、日も暮れてきた頃。人通りの少ない港に立つ二人の少し汗ばんだ頬を、涼しい潮風が拭っていく。
「はぁー、気持ちいい! さすがにちょっと疲れたね」
「そうだな……」
んん、と身体を伸ばし大きく息を吐いた少女が目を細めて海の方を眺める。その姿を、サンクレッドは横目に見ていた。
辺りを暗い闇が包む、その間際の淡い光。海の向こうへ沈んでいく暖かな朱色が、少女の横顔を照らしていた。
「……綺麗だな」
消え入りそうなほど微かな彼の呟きに、少女はうんと小さく頷いた。
「日が落ちていく空って、ちょっと寂しい気持ちになるけど……すごく綺麗」
「……、あぁ」
言われて、サンクレッドも静かに波打つ海と落ちていく太陽、深く柔い、空の色に目をやった。
「本当に」
緩やかに目を伏せた、彼のその瞼の裏には。
「綺麗だ」
ふ、と吐く息と共に落とされたその言葉があまりにも穏やかで、サンクレッドは自分自身でも驚いて目を開いた。ひとつ瞬きをし、思わず破顔する。はは、と笑い声を上げると、首を傾げながら少女が彼の顔をのぞきこんだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。……そろそろ戻るか、あまり潮風に当たりすぎるのも良くない」
「うん、そうだね。お腹空いてきちゃった!」
「なら、夕飯にするか」
せっかくだから寿司でも食べよう。サンクレッドがそう提案すると、少女は目を輝かせた。
「お寿司! 美味しいよねぇ~。行こう、サンクレッド!」
彼の手を取り、くいと小さく引っ張る。今は色気より食い気だなと笑ったサンクレッドが、
「そんなに急がなくても、寿司は無くならないぞ」
そう窘めるも、少女の意識は完全に寿司へと向かっていた。
「あんまり急ぐと転けるぞ。……ほら」
サンクレッドは引っ張られていた手を一旦解き、その手の指に自身の指を絡める。
「よし、行こうか」
「ふふ、うん!」
そうして夜の街を照らすたくさんの灯りへ向けて、ゆっくりと歩み出した。
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