眠る少女の髪をそろりと、ガラス細工に触れるような繊細さで梳く「手」があった。
「熱心ですね」
少女の眠りが深いものであることは知っている。それでも彼女を起こさぬように、ひそめた声で語り掛ければ──ほんの一瞬、その「手」はぴくりと動きを止めた。
「……何の用だ」
もはや何度も聞いた声。少女のそれとは明らかに違う。私の前にぼんやりと現れた、黒紫のもやがじろり、とその「目」を細め。
「言っておくが、ボクからコクリコちゃんを奪おうだとか──」
「いえ。危害を加えるつもりも、あなた方の邪魔をするつもりもありませんよ。
……『あなたの』コクリコット様は、今日も変わらず美しいですね」
早朝の共同洗面所。少女のやわらかな髪をそうっと濡らし、整える姿に微笑みかければ──強調した言葉と純粋な賛辞に、彼はほんの少しだけ表情をゆるめた。
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