MK5のケイキサ キサラに触れるのは、くすぐったくて面白い。触っている側がそんなこと言うなんて変かもしれないけど、本当にその通りなんだ。
他人と自分の間には当然壁があり、そして必ず隙間がある。どんなに分け隔てない人でも、すれ違った人全員に今思っていることすべてを打ち明けるなど、ありえないのだから。
心の隙間を埋めるのは甘い言葉だったり、肉体的なまじわりだったりと人それぞれだけど、それさえ与えてしまえば、皆ぼろぼろとほんとうの心をこぼす。誰も拾ってくれないそれを、声に出して読み上げると、どうしてか喜ぶ。
誰とでも距離が近い代わりに、彼は積極的に人に触らない。親しみやすさと馴れ馴れしさの境界線なのかわからないが、それが特別分厚い壁になってるのでもないのが、また興味深い。
「んっ……、ぅ……ちょ、っと待ってケイ」
「いいよ。今忙しいからあとでまとめてでいい?」
「いいわけないだ、ろ。ちょ、んむ……っ」
キサラは話がしたかったみたいだけど、俺としてはキスの気分だった。たったそれだけの話。
舌を吸って、話の続きを邪魔した。気持ちよさが耳の穴から、漏れないように指で塞ぐ。快楽の逃げ場をひとつ失ったのに、わかりやすく反応を示した。
至近距離にある顔をバレない程度に見つめる。バレると、塞がれてしまってもったいない。抵抗したいなら目を閉じなければいいものを、むしろ必要以上にぎゅっと固く閉じてる様が可愛くて、こちらがどうにかなりそうだった。
言葉を交わして、肌をなぞって、人は秘めた心を徐々に明らかにしていく。この男は、真逆だった。俺が何もせずとも、心をまるごと渡してくる。わざわざ皮まで剥かれたくだものの状態で、ぽんと放り投げてくる。
だのに、口付けを深くしたり薄着の下に手を滑らせたりすると、いちいちびっくりして慌てて心をひっこめようとする。全部明かしておいた後で、そんなことをされたって本気で無意味なのに。
あまりにも素直すぎる反応に、触れたこっちがむずがゆくなる。ダジャレの説明をいちいちするみたいな矛盾とおかしさがたまらない。
ふたりきりになると、特別顔をゆるませる。彼がいるだけで部屋中ぽかぽかになるのが、目にも映りそうなんだ。彼の隣には温度がある。頭の先から爪先まで溶かされそうになってこわいくらい、キサラのぬくもりは俺の形をしている。
ひとを勝手に安心させておいて、更に心まで丸ごと明け渡しておいて「待った」はないだろ。もらったものはどんなものであろうともう返せない。
なんだけど、キサラのおねだりは聞いてあげたくなる。そういうのって叶えてあげた方が、絶対かっこいいし。
名残惜しい気持ちとともに、口を離す。自分たちに架かった細い銀の橋がぷつりと切れる頃、発言通りに話をキチンと蒸し返した。
「はい。で、なあに?」
「いや。いい……」
沸騰しそうな真っ赤な顔は、俺の目もまともに見てくれない。
「それ以上されると勃つ……って話だったからもう遅い」
ぼそぼそとばつが悪そうに、それだけ呟く。ふふ、と堪えきれない笑いが漏れた。
キサラの体が素直なのは、他の誰より知ってる自信がある。そんなの本人だってわかりきってるだろうに、いちいち馬鹿正直に申告する必要がどこにあるんだ。可愛いやつだな本当に。
ころころ変わる顔が、いつだって俺を喜ばせる。翻弄されて予想通りに跳ねる体が、毛先まで愛おしい。こっちの心配も伝わらず、思い通りになってくれない心が、眩しくて仕方ない。
無限に上機嫌になる俺と反対に、キサラはまだ不満げな顔をしていた。なんだかんだ言って、気持ちよくなってたくせに。
俺の機嫌をわけてやるつもりで、一言だけ、そっと耳打ちをした。
「知ってるよ」
今日の夜は、ふたりとも長くなる。
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いやらしくて愛おしくて、溶けそうになる瞬間だ。息を塞ぎ合うだけで、こんなにも幸せになれる自分の単純さが、多少ありがたい。
俺たちの間には、決まりごとがない。当たり前の感情や心配、気遣いとおねだりがあるけれど、決めごとがない。結構お互い好き勝手にやっている。
そういうものでがんじがらめになるのって、やろうと思えば俺は楽しめる方だ。でも彼には向いていない。ケイは元々「楽しむ」ことがちょっと下手だ。夢中になりすぎて、何かが疎かになったりしがちというか。
俺より単純なのに、持て余した暇の差だろう。もったいないとは思うが、不器用さも彼の可愛いところである。
そんな感じで、キスやセックスの主導権は日によってまちまちだ。イニシアチブをとってる方がケイの性に合うみたいだから、そっちのが断然多い。
今日みたいに、俺に委ねてくる日もある。人を座椅子にする延長で、思考ごと俺に体を預けてくる。
ケイとのキスは好きだった。互いの息づかいの熱が伝わり合う音以外は静かで、ぬるぬるしてて気持ちよくてうっとりする。
人のことは言えたもんじゃないが、ケイはキスしてると露骨に反応を示す。歯の裏をなぞると、身じろぎするのが本当にかわいい。たまに決定的瞬間の顔を見ようとすると、いつも決まって怒られる。俺ばっかりじろじろ見られてるんだし、これくらい減らないだろと言いたい。だめらしい。出し惜しみばっかりするからケチだ、ケイは。
いつまでもいつまでもこうしていられたら最高なんだけど、文字通り窒息してしまう。ケイといる時間は飛ぶように過ぎるし、そうでなくとも一日はいつも短い。長いのは寝床で寝つけない夜と悪い夢ばかりだ。
休んでいる暇もないほどに、時間というやつは目まぐるしい。ものや誰かを大切にするの、割と得意な方だと自負してるけど、時間と自分は難しい。掴もうとしたそばから過去になってしまう。そうやって、過ぎたものばかりを愛してしまいがちなのかもしれない。
目の前にいて、あたたかくて、抱きしめられる。初めて「今」を愛せてる。そんな実感が腕の中にたしかにある。昨日もあった、明日もきっと続いてほしい。
寂しい、は漠然としているからこそ、何を足したらいいかわかんなくなって焦らせてくる。運がよかった今までの人生で、寂しいとわざわざ感じた日はあまりなかった。
きみといるとき、俺はちっともさみしくない。それどころか、遠いどこかで頑張っているきみが、明日にでも来るかもしれない。そういう時間を過ごしてる方が、近くに感じる日すらある。
こんなに触れ合って近くにいるのに、ケイを遠くに感じることがたまにある。俺に暴かれたくない場所に置いた気持ちを大切にする刹那に、どうしても気づいてしまう。そのとき、俺は俺の寂しさの輪郭が、ようやく掴めた。
寂しいは、もやのようで掴めないから怖くて俺たちをどうしようもなく不安にさせる。この眠らない街で寂しさから逃げていたことを、本当に知らなかった。
ケイに会えて、ようやく気がついた。追いかけたくなるものは、手に入らない物足りなさは、ひとのかたちをしているのだと。