ショタキサIF 夢だったのか、本当だったのか。
小さい時の記憶なんてぜんぶそんなもんだ。
早おきが苦手だから、起きたらもうおばさんはシゴトに出たあとだった。
顔を洗ってから、よそったごはんに冷ぞう庫の卵としょうゆをかけて朝ごはんにする。洗い物は危ないからしなくていいよっておばさんはいつも言う。おひるごはんも同じものを食べるので、食器は出しっぱなしにした。
今日は気もちよく晴れてるから、お布団を日があたる場所にずりずりと移どうさせて、持たされた合カギだけ持って外へ向かった。
いつもの広場の、いつもの花だん。はじっこからひとりぶんだけあけた場所に、すとんと腰を下ろす。最近は、誰もここに座らなくなった。おれのばしょ。
「おうボウズ、おはよう」
「おはようおじさん」
「キサラくんだー! おはよー」
「うん、おはよー」
ノリのいいひとたちは、あいさつをしてくれる。おれを変に思ってるひとは目もくれない。はじめておれを見る人は、一度かならず見る。それからふしぎそうな顔をしたり、悲しそうな顔をしたり、すぐに見たことをなかったことにしたり、いろいろだ。
みんなが通るけど、誰もこない。
おれのとなりに人がすわってくることもある。電話をしながらメモだけとって、すぐどっか行っちゃったりするひととか、カップめんをすすってため息まじりにぼんやりしてゴミを置いてくひととか。おひるを食べにいちど帰るついでに、いっしょに捨てておいた。ちなみに朝とまったく同じだといやなので、おかかのふりかけをかけた。
このひとたちも、おれのことは見たり見なかったりする。こういうひとたちには、あまり声をかけられない。話しかける用もない。
やっぱりとなりには、だれもいない。
もうすぐ夕方のチャイムがなる時間だ。おばさんのシゴト終わりはいつも、あれが鳴った三十分後ぐらいだから、そのときにおうちに帰る。あのかねはよいこが帰る時間を知らせてくれるものらしい。あれで帰らなければ、わるいこになってしまう。
かぜはすずしくて、夕日があったかい。冬がちかづくのをかんじてると、またとなりに誰かが座ってきた。こんな時間にというのは、ちょっとめずらしい。
「退屈じゃないの?」
「ううん」
人がたくさんいておもしろいから。
「ふーん。やめちゃえよ、そんなこと」
「うーん」
はじめて言われた。心配そうにするばっかりのおばさんもおれに言わなかったことを、ぽんと言われた。やめたいのかな。楽しいからここにいるわけではないけど、そう言われてもじゃあいっか、とは思えなくて。
「やることないし」
「この頑固者め」
「おこった?」
「怒ってないさ、きみにはね」
おなじぐらいの子どもたちは、ともだちと手をふっておわかれを言いはじめた。もう少し大きいおねえさんらは、これから集まってどこかにむかうらしい。となりのおにいさんは、まだどこにも行きそうになかった。
「おにいさん、どうしてすわったの?」
「さあ、なんでだろう?」
「ええー。おれ、おにいさんのこと知らないよ」
すぐとなりにいるのはわかってるのに、実はおれはそのひとのすがたがよく見えてなかった。ずっとすわってるだけをくりかえして、たん生日を三回も祝ってもらったのに、まだ探す気になれないそのひとなのかもしれなかったのに。今はまだぜんぜん気にならなかった。
「俺だって知らないよ。大人に聞けばなんでもわかるなんて大間違いだ」
「なんだよそれー」
もやよりはっきりしてるのに、つかめない声は、ハッキリそばにあった。こわくない。でもわからない。聞けなかった。ちょっと、聞いてみたかったのに、勇気がなかった。
「考えるのはお前の方が得意だろ。わかったらいつか俺にも教えてよ」
となりを見る。よくわかんないおにいさんは、もういなくなっていた。でもたしかにそこにいてくれた。
きみょうなかんじにぼうっとしていると、おばさんがむかえにきた。はぐれないよう手をつないで帰った。今日はポテトサラダとなんとかのソテーだって。おなかがすいてきた。
おばさんはおうちとごはんをくれる、とても親切な人。こないだ一回会ったサーヤはおれのことがだいきらいだって言ってた。あいさつをしてくれるひとたちは、おれのことをおもしろがってる。それ以外のひとには、存在が見えてるだけのかわった子どもなんだろう。
おにいさんはおれのことをどう思っていたんだろうか。なんで知ってたんだろう。ちっともよくわからなかった。よくわからなかったから、なんだかたのしかった。
はじめてとなりにいてくれたひと。おれは、おれ以外のひとをはじめてへんな人と決めつけた。
それと、また会えたらいいな、とも思った。
「ケイちゃんってね、たまにふしんせつなの」
「そうだよー。俺にだってたまにそうだもん」
「おいおい、ふたりともひどいなぁ」
「わからないように言ってくるの、いじわるだもんねー」
「ねーっ」
「徒党を組まれちゃ勝てないな……やれやれ」