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    一番新刊の内容に近いかもしれないケイキサ

    ##52時

    わずかに、熱「それで、言い訳は?」
    「ある、あります……」
    「そう。聞いてあげる」
     あげるだけ。貼りつけた笑顔にもう書いてある。
     俺の恋人は、ちょっと怖い。



     ピタトスのビル風は意外と涼しい。夏は日差しが少しきついけど、爽やかな陽気で過ごしやすいのだ。頬を撫でる風と、すれ違うひとのおはようが気持ちよい。いい日だ。
     先々の予定はあまり入れない暮らしをしている。こっちにいる間も、ケイは毎日ウチに泊まってるわけじゃない。昨日がその日だった。
     事務所も構えてない俺だけど、定位置ならある。中央広場の端っこの植え込み。予定が思いつかないと足は勝手にそこへと向かう。今日もケイが来てくれたらごはんには一緒に行きたいけどそれ以内なんもない。
     夜のあいだじゅうヒマな分、何をするでもないのに俺の朝は早い。お仕事に出る人たちを見送れる程度には、無駄に朝早くからここにいる。朝の人の流れは面白い。皆して目的地に向かって一目散で、歩くルートが無意識で決まっているのに気づいてない感じとかが。
     午前はぼんやりしてると、寝坊して開き直ったやつらとか、学校サボったひとたちがなんか俺のところに報告にわらわら来る。やべーとかウケるとか行きたくねーとか、行く気あんなら早く行けよと送り出す。
     朝の懺悔室みたいな係をしていたら、あっという間に時計の針は上を向く。朝ごはんを消化しておなかエンプティを訴え始めたころに、ケイが顔を見せに来た。
    「キサラ、おはよう」
    「おはよーケイ!」
     誰と会っても嬉しいけど、ケイの顔を見ると格別に元気が出る。だって、そういうものだから。
    「おなかすいてたらごはん行こ!」
    「いいよ。今日どこ行くの?」
    「どこがいいかな〜、今日は木曜日だよね。どっか美味しい日替わりは……」
     思いつく店を右手で数えながら立ち上がる。ケイから一歩と半歩あいた距離、宙ぶらりんになった左手が空をふらり泳ぐ。
     そうだ、今日はウチからすぐのところにキッチンカーが来る日じゃないか。あそこワンコインで美味しいんだよな。
     ケイ、今日はそこにしない? 最後の問いかけはもう声に出した気でいた。
     しかし、誘いを発しかけた喉からは、ひゅっ、と空気だけが漏れた。──空いていた左の手首を、勢いよく掴まれたのだ。あまりに油断しきっていた完璧なタイミングの出来事に、悲鳴も出ない。
    「気が変わっちゃった」
     痛くはない。けれど断固として逃がさない意思をひしひしと感じる。なにがなんでも外せない手錠をかけられた気分だ。
     怖くて、隣にいるケイの顔が、見れなかった。
    「キサラ、お昼の前に家に寄るから」
     決定事項だった。中途半端な小細工をした自覚がある。イエスもノーも言えないまま、もはや引きずられるような形で俺たちは一度家に帰った。

    ◇◆◇

     無機質なアラームが鳴るまでの数分間が、地獄のように長く感じた。人生で一番長い数分だったと言っても、過言ではないね。
    「……七度五分」
    「……、……あは、はははー」
     体温計を持つ呆れ顔のケイの前で、俺は大人しく正座させられていた。
    「い、言い訳するとですね……俺だってちゃんと休む時は休んでるんだよ? だるいなとか体調悪い気がするなーとか、頭痛い日とか……あとお腹痛かったりしたら、ちゃんと大人しくしてるんだってほんと」
    「へぇ」
    「ただ顔色に出ない程度の微熱なら、別にいいかな〜……?って」
    「言いたいことはそれだけ?」
     ケイが超怒ってるというよりかは、俺が今めっちゃ怒られてる。胸のうちがどうこうではなく、圧がすごい。
     理由は考えずともわかる。熱があるのに出歩いたこと……ではない。ちょっと違う。ケイにその事実を誤魔化そうとしたからである。
     正直こんなに早くバレるとは思ってなかった。ひっついたら気づかれるし、時間の問題だとは思っていたけども、会って早々にバレるなんて。
     行きたい店を考えてる間、手を繋ごうとするケイの気配があったのをたしかに意図して避けた。でもそれだけだ。
     手を楽にしている弾みで、ぷらぷらしているように見せてたはずだし、手元へ視線はもちろん意識すら一切集中させなかった。自分で言うのもなんだけどそこそこ自然な動きだったはずだ。
     俺と隣を歩いてる時は少しぽんやりしてるようで、謎の目ざとさを突如として発揮してくる。
    「ケイ俺より探偵向いてるんじゃないかな……」
    「無理だよ。キサラにはかなわない」
     褒められる時は、まっすぐ断定されるのでいつもドキッとする。たまの嘘はあっても、偽りはいつだってない。素直にはしゃいでられるような状況ではないけど、誰に認められるより本当に誇らしくて嬉しい。
    「キサラにはキサラのやり方があるから、体調管理にとやかく言いたくないけど。一昨日もちょっと熱あるとか言って、でも寝れば治るしって仕事してた」
    「仕事って言っても大したことしてないし……一昨日はほぼ人の話聞くだけで終わったじゃん?」
    「で、昨日は大人しく寝たの?」
    「……大人しくはしてなかった、かも?」
    「寝たか寝てないかで聞いてるんだよ」
     寝る予定だったんです。嘘じゃなくて。ただ夕方の時点でもう予想より遥かに目が冴えてたもんだから、寝るのを早々に諦めたってだけで。昨日はもう熱下がってて治ったと本当に思ってたんです。下手な言い訳を並べても火に油な気がして口が開けない。
    「それは体調よくなったうちに入らないから」
     言わなかったはずの言い訳まで全部論破されてる。以心伝心もこうなるといささか不便であった。だって安静って退屈なんだよ。本音とは裏腹に後ろめたさによる冷や汗が止まらない。
    「キサラ。無理は後で絶対に返ってくるからしちゃだめだって、いつも言ってるよね」
    「う〜、あーもーその通りです! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜! 悪いのは俺なのでちゃんと今日こそ安静にするし、寝る努力もします! け、ど! 無理しないうんぬんはケイに言われたくないですうー」
    「今はキサラの話をしてるから俺は関係ない」
     そんなことはないだろ。くそ、今日は分が悪すぎる。口の上手いケイに屁理屈ではまだ勝てそうにない。
     ケイは呆れたかたちに眉をひそめると、俺の顔をじっと見つめ続けている。安堵と諦めがないまぜになったため息と共に、肩を落とした。
    「ほんとに」
     ゆっくり、けれど力なくケイは俺の前に膝をついた。肩にかかる頭の重みが、どうしようもなく優しかった。
    「俺が大事にしてあげられるのには限度があるから、お願い」
     目の前にいる俺が改めればいいものを、ずっと遠く遠くに頼むような声だった。重ねるだけの力で、手をやわく包み込まれる。
     家でじっとしてるのは苦手だけど、例外はある。彼の体温が近くにあるときは、ずっとこのままでいいな、なんて思う。頼りない物言わぬぬくもりに触れていると、心のうちに湧き上がるもので忙しなくなって、むしろ動けなくなる。
    「うん。わかった。ごめんね、気をつけるように頑張るから」
    「それ以上頑張らなくていい」
    「どっちだよ。ケイだっていっつも善処するからしか言わないくせに」
    「俺はいいの」
    「ちっともよくないよ、もう」
     互いの肩に吸い込まれるような言葉を交わししながら、今度こそまじめに反省した。俺があんまり誤魔化すと、どの程度本気で体調が悪いかどうか測りかねるのだろう。全部バレているようで、やはり他人のなにもかもを理解するのはどうしたって不可能なのだ。
     見逃してくれる優しさに甘えてずっと生きてきた。見逃してもらえない優しさに気づいてもらえるむずがゆさには、まだ慣れない。でもそれを与えてくれる人がいるのなら、こんなに嬉しいことはないと心の底から思うんだ。
    「とりあえず、食欲はちゃんとあるんだよね? よかった。適当にそのあたりで何か買ってくるから待ってて」
    「えっいいよ。一緒に行……」
    「…………」
    「ヒっ、スミマセンお待ちしておりマス……」
     すぐそこなら別にと反射で出た言葉に、立ち上がった人からのすごく冷ややかな気配を察知した。安静の意味がわからされる前に、大人しくしていよう。
    「下に停まってるキッチンカーのサンドイッチとかでいいからほんとに。なんでも食えるから遠くに行きすぎないでいいよ。迎え行けないし……」
     シラフなら大丈夫だと思うけど、ケイは酔っ払うと普通に帰って来れなくなることがある。帰巣本能にはあんまり期待できない。
    「わかったって。あとはそうだ、風邪と言えば首締める用のネギがあるといいんだろ、 こないだ聞いた。任せろ」
     善は急げ、と言わんばかりのスピードでケイはぱたぱたとウチを出て行った。
    「風邪って決まったわけじゃないし、なんかたぶん色々間違えてるけど……いっか」
     言いつけ通りに部屋着に着替えて布団にダイブした。こんな時間からごろごろするのは背徳感がある。もう飽きそうになりかけてはいるものの、今はまだケイの帰りを待つ楽しみがあるから大丈夫だ。
     あったかい。微熱とは別に、あったかくなる。誰かに面倒をかける発想がなかったけど、悪くないものだな。ふわふわとした心を預かったまま、昼ごはんをいい子に待った。

     数十分後。財布持ってくの忘れてた、と言いながらも、戻ってきた彼の両手には戦利品が握られている。俺の名前でツケたであろう店のリストだけメモして、俺たちはようやく昼飯にありついたのだった。
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