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    VAZZROCKとSolidS全員に台詞有り。あとはタイトルの通り。

    事務所の忘年会で一紗と歩がSolidSのAdonisを歌う話その日ツキプロ本社の大会議室にはVAZZROCKのメンバー全員が揃い、年を越した初夏に予定されているライブの打ち合わせをしていた。
    大枠は事前に決めてあったため、今回は細かい部分の意見調整がメインとなる。打ち合わせが終わる頃には、全員ライブへの期待が高まっていた。

    「よーし、予定通り少し巻きで終われたところで……」
    「あ? 孝明、まだなんかあんのかよ」
    「まあまあ兄さん、このタイミングってことはきっと……」
    「そう、忘年会の係を決めるよ」

    孝明が企みごとをする子どものような笑顔で笑いながら、スマートフォンを取り出した。
    翔が言葉を継いだ。

    「くじ引きのアプリに全員の名前が書いてあるから、それに当たった人がリーダーになって、そのリーダーが回したツキプロ曲名スロットで出た曲をやるよ。もちろん、VAZZROCKの曲は外してあるんだ」
    「翔、くじを引くのは誰になるんだ?」
    「マネージャーの二人がジャンケンして、勝った方に引いてもらうんだよ、岳」

    立ち上がった高月と上月に、メンバー全員の視線が向けられる。

    「あまり見られると、緊張するのですが……」

    言いながら高月が立ち上がり、上月とジャンケンをした。勝った上月は、はにかみながら髪を掻いた。

    「じゃあ引きますねー、リーダーは……、一紗くんです!」
    「まじかよ……」
    「じゃ一紗、曲名のスロット回してね」

    孝明が渡したスマホを、一紗は素直に受け取った。
    回されたスロットに表示されたのは、SolidSのAdonisだった。

    「里津花と大のデュエット曲か」

    凰香が画面を覗き込み、頷いた。
    続いて歩が言った。

    「酒がテーマになっている、リスタートシリーズの一曲だな。アドニスというカクテルがあって、それがモチーフになっているようだが……」
    「カクテル言葉、確か謙虚、だったか?」

    玲司の言葉に、悠人が反応した。

    「確かにアドニスという名のカクテルは存在しますが、歌詞の内容的にはギリシャ神話がベースになっているようですね。アドニスのエピソードは、絵画でもよくモチーフになっています」
    「どんな話だったっけ?」
    「アドニスは絶世の美青年として生まれるんだけど、彼のために豊穣の女神デメテルの娘で、冥府の神ハデスの妃になったペルセポネが、美の女神アフロディーテと争ったんだよ、ナオ。でも、アフロディーテの恋人だったアレスがそれを良く思わなかったばかりに、アドニスは狩りの最中猪に突かれて死んでしまうんだ。その血からアネモネが咲いた……というのが、ざっくりとしたエピソードかな」
    「てことはアドニスって、イケメンに生まれたのが罪でしたー、みたいな感じ? 話聞いてると何か悪いことしたわけじゃなさそうなのに、理不尽……」

    話を聞いていたルカが身を乗り出した。

    「ねえねえ、一紗くんはどっちのパートやるの?」
    「必然的に里津花の方だろ」
    「じゃあ、大くんのパートは誰に歌ってもらうの?」
    「ロクダンの中から、オーディションで決める」
    「毎年思うけど、この事務所忘年会に妥協を許さなすぎだろ」

    玲司が笑うのをよそに、高月が立ち上がる気配がした。

    「では、総譜を準備しておきます」
    「よろしくお願いします、高月さん。この時期はツキプロの音楽部門のマネージャーたちがこっそりスコアのやり取りをしていて、面白いですよね。あ、VAZZROCKの曲やりたいですーって言われたら、俺が用意しますんで」
    「ありがとうございます。上月さん」



    ***



    後日、ROCK DOWNのコミュニケーションルームにメンバー全員と一紗が集まった。
    悠人が口火を切る。

    「それでは開始します。ズバリ、『ペルセポネ役となる一紗さんの相手に相応しいアドニスは誰だ! 選手権』」
    「お婿さん選びみたいでなんだかドキドキするねー、悠人くん!」
    「……チッ、んじゃ一人ずつ、アカペラで歌っていけ」
    「よし、じゃあまず俺な」

    玲司が進み出て、大のパートを数小節歌った。
    軽やかに跳び回りながら捕まえてみせろと挑むような、幾多の人間を虜にしている声を一紗は無情にも遮った。

    「却下。こいつがアドニスじゃ、猪にぶつかられたくらいじゃ死なねえ」
    「待てよ一紗、もう少し具体的なダメ出しをしろって」
    「もう座ってろ玲司。次、悠人」
    「まあまあ玲司さん、素直に負けは認めましょう。では不肖久慈川、参ります」

    深呼吸をした悠人が、聴く者をはっとさせる若さ故の戸惑いを滲ませたひたむきさで歌い出した直後、一紗は止めこそしなかったものの、頭を抱えて沈黙した。
    歌い終えた悠人は困惑気味に尋ねた。

    「一紗さんが躊躇うほどのダメ出しがどのようなものなのか、お聞かせ願えませんでしょうか……」

    尚も渋い顔をしている一紗に、翔が助け舟を出した、

    「悠人ごめんね? すごく練習したんだろうし言いにくいんだけど……、聴いているときに広がる情景がギリシャ神話っていうより、古事記なんだよね……」

    一紗がソファに座り直し、深く息をついた。

    「翔の言う通りだ。んじゃ次、翔」

    翔はその身に宿った熱情が純真であろうが背徳であろうが等しく愛なのだと諭すかのように、高らかに歌った。
    一紗は先程と同じく、歌を止めることなく思案する仕草をしていた。
    今度は悠人が助け舟を出す番だった。

    「落とされた俺が言うのもなんですが……、翔の場合、アドニスというよりペルセポネがもう一人増えたようですね……」
    「そういうことだ、次は……」
    「俺もう歌いたーい!」
    「よし、じゃあルカいけ」

    ルカが爆発力を持ったチャーミングかつ芯の強さを覗かせる声で歌い上げたが、その場にいる全員が首を傾げた。

    「悪くはないが……」
    「この流れでいくと、伝令神ヘルメスって感じがするって言われそうだけど……、だよねー! 俺もそう思ってたところ!」
    「ルゥのポジティブさ、本気で見習うよ。よし、次は俺が行かせてもらおう」

    岳が陽気さと危うさとがないまぜになった力強い歌声を響かせる。序盤は彼こそが、という期待が渦巻いたが、やがて違和感に支配されるようになった。
    歩がおずおずと口を開いた。

    「岳の声も素晴らしいが……、この曲においてはヘラクレス、という感じだな。こう、突っ込んできた猪を組手で返り討ちにしそうな……」
    「さすがにそれは無理だぞー。……と、もしかして歩が最後か」
    「そうだ。俺が適役でなければ仕切り直し、だ。責任重大だな」

    そう前置いて、歩が歌い出した。
    夜の闇を照らす月光、あるいは灼熱の大気に吹き抜ける一条の風のように、静かに聴く者に寄り添い癒す響きの声だった。
    この声であれば──と誰もが感じ、目を見開いた。
    一紗が歩の歌を遮って立ち上がった。

    「音域、発声の繊細さ、完璧だ。歩、お前と歌う」
    「分かった。一紗、よろしく頼む」
    「ねえねえ、音源はどうするのかな?」

    翔が割って入り、一紗が眉間に皺を寄せた。

    「オフボーカルの音源以外、何があるんだよ」
    「僕ね、この曲のピアノ、本当に美しいと思うんだ。でも、ヴァイオリンだって負けていない。一緒に出せる音の数も音程の安定感もピアノと同じものを求めることは不可能だけど、ヴァイオリンにはヴァイオリンだけが引き出せる美しさもある」
    「……まさか」
    「伴奏、やらせてほしいな」



    それから三人は予定を合わせて翔の部屋で練習を重ね、忘年会当日となった。

    翔がヴァイオリンを携えて現れたのが見えるや、会場が騒然となった。
    三人で視線を合わせて合図をし、弓が弦に触れ滑り出すと同時に一紗も歌い出し、歩の声と入れ替わり、やがて二人の声が重なる。声が伸ばされている間、原曲にあるウィスパーヴォイスは翔が担った。
    この曲において夜空で幾千もの星々が一斉に瞬いているかのような情景を浮かび上がらせるのがピアノだとしたら、翔のヴァイオリンはどこまでも有機的にうねる得体の知れない暗闇から無数の流星が落ちて煌めいているかのような情景を描き出していた。
    それを背景として、一紗の情念溢れる高音と歩の真摯な響きの低音とが支え溶け合いながら、やがて悲劇的な結末を迎える歪んだ執着の物語を演じ切った。



    音が鳴り止んだ瞬間、聴衆が全員呼吸すらも忘れられたかのような静けさに包まれた。次の瞬間、割れんばかりの拍手が鳴らされる。
    全てのユニットが演奏を終え歓談の時間になるや、VAZZROCKの面々が三人めがけて駆け寄ってきた。

    「お疲れ様!」
    「ふふ、ありがとうタカちゃん」
    「ウィスパー、どうするんだろうと思ってたんだけど翔くんがやったんだね。弾きながら歌えるって、良いねえ」
    「ルカも、ありがとう」
    「ほら、三人ともなんか飲めー」

    玲司がどこから持ってきたのか、何種類ものグラスが載せられた大きなトレイをかざした。
    一紗は黙ってシャンパンの入れられたフルートグラスを取った。

    「じゃあ、僕も一紗に倣おうかな」

    翔も同じものを手にする。一紗が玲司に目配せして、発泡はしているものの中身が透明なフルートグラスを取って歩に渡した。
    翔が笑って言った。

    「さあ一紗、リーダーなんだから、このささやかな打ち上げの乾杯の音頭を頼むよ」
    「俺が? お疲れ、乾杯の二言で終わるぞ」
    「……」
    「歩が言いたいこと当ててやるよ、それじゃ味気ない、だろ?」
    「ああ」
    「だから、翔、頼んだ」
    「そう? じゃあ大役にあずかろうかな。そうだね、今年も無事に終わろうとしているし、僕たちはたった今素晴らしい音楽を味わったし、自分たちでも奏でた。来年も、これからもずっと、素敵な音楽との出会いを願って」
    「「乾杯」」

    みっつの同じ形のグラスが合わせられ、すぐに離された。
















    会場の片隅で、ひとつの影がワイングラスを煽った。

    ──あの3人もよくやっている。だがさすがにこの曲を完璧にモノにできるのは、うちのメンバーだけだ。あの二人の歌声に合わせるとしたら、コード進行は──

    「……志季。今、俺たち以外のための曲作りかけてなかった?」
    「さすが翼、俺もそうなんじゃないかなーと思ってたところ」
    「翼に里津花、お前ら目が笑ってないぞ……。大、お前は……、お前もか」
    「浮気は許さない的な台詞、翼の専売特許だと思うなよ志季」
    「ああわかっている、俺が悪かった。今はお前たちのことしか考えないから、そう睨むのをやめろ」
    「だよねー、来年もサイコーに俺たちがアガる曲、たくさん作ってよね、ダーリン♪」
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