志季のことが好きだ。どうしようもなく。
里津花のことも好きだ。どうしようもなく。
好きな人が同時に何人もできるって、最初は信じたくなかった。でも、これが事実だ。
それに、二人に対して半端な気持ちを向けているわけじゃないのは、俺が一番良く知っている。
だからこそ、苦しい。
俺の恋愛のポリシーは、相手の心の中のものは全て奪い取って、俺が与えたもので埋め尽くすこと。
志季からは音楽を。
里津花からは志季への気持ちを。
俺のために、捨てさせないと。
──そんなこと、できるわけないじゃん。
リッズのみんなを悲しませる以前に、俺が俺の人生を素直に誇れなくなる。そんなのは嫌だ。
だから、俺の志季への恋心は、里津花と俺だけの秘密。
俺の里津花への恋心は、俺だけの秘密。
里津花にとって、志季への気持ちを分け合える俺は、蜂蜜酒みたいな甘い夢で良いんだ。
志季とは一緒に音楽を作れる。
里津花とは同じ気持ちを分け合える。
他の誰にも譲れない場所で、二人にとっての一番近くにいられる。
それで十分、幸せなんだけど。
寂しくなるときだって、たまにはある。
志季から新曲のデモを渡されて、これは里津花の様子を見に行きたいなって思わざるを得なかった。
楽器はアコギとピアノと、どんな音に変わっても常に柔らかく調整されたシンセだけ。爽やかな春の朝を思わせるシンプルな音であるからこそ、最後に隣に居ることが叶わなかった想いを肯定する歌詞の言葉がより響いてくる。
「……翼が来てくれるんじゃないかなって、思ってたとこだったんだ」
ドアを閉めてすぐに、里津花が言った。
メッセを送ったらすぐに返事が来て、里津花の部屋で会うことになった。いつもだったら他愛無い話の種として何かしらの手土産は持っていくのだけど、今日はそんな余裕がなかったから、お互いすぐに本題に入らざるを得なかった感じがする。
「……志季、俺たちの気持ちに気が付いているのかなあ」
ソファに掛けた横で里津花が呟いた。
「気付いてたら、むしろこんな試すようなこと、しないと思うよ」
「駆け引きみたいなこと、現実ではできないもんね」
「そう恋愛音痴だから……、」
声が震えてしまうのを、抑えられなかった。
「やっぱり、翼も辛いよね」
里津花は優しく俺の髪を撫でてくれた。
「俺も、同じ。この曲をみんなの前で歌えなかったらどうしよう、声が出なかったらどうしようって、そればかり考えちゃった」
「……今、泣いたら……」
「うん」
「今一緒に泣いたら、大丈夫だと思う」
「翼は良いとして……、俺もう結構良いトシだから、恥ずかしいな」
「歳なんか関係ないよ」
「……」
「本当は泣きたかったら、今は泣いて良いんだよ、里津花。俺以外、誰も見ていないから」
「そう、だね……」
それから二人で抱き合って、大声で泣いた。
スタジオに入って、すれ違う誰もに笑って挨拶をしながら、目当ての部屋を目指す。
笑顔で出迎えてくれた文ちゃんと、作業が行き詰まっているのか鬼の形相をしている志季の凸凹っぷりに脱力しながら、少しだけ息を整え──収録ブースに入る。
大丈夫、今日録るのはあの曲だけど、里津花と泣いてスッキリしたから、ちゃんと歌える。
いつもの自信満々で有言実行の男・翼くんとして振る舞える。
〈……完璧だ〉
ファーストテイクを終えて、スピーカー越しに志季の声がした。
〈だからこそ……限界の先まで付き合わせても良いか、ハニー〉
「もちろん。いくらでも欲しがってよね、ダーリン」
志季のために秘密を綴じて、俺は歌うから。