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    節分2024の公式SSから着想した、2018年上半期の話。玲紗がデビュー前から付き合っていた想定で、それに勘付く柊羽。玲司は出てきません。

     真夜中、柊羽はピアノが置かれたレッスンルームの扉を開いた。
     偶に完璧な孤独の中で音楽に触れたいときがある。今日はそんな気分だった。
     壁のスイッチを指先で押す。部屋に灯りが灯された瞬間、ピアノの前にすでに誰かが座っていたことに気付いて飛び上がりそうになるのを、寸でで堪えた。
     あまり見慣れない長い黒髪。確か、ユニットでのデビューが決まり、最近寮に越してきた──

    「一紗……」

     向こうも人が入ってくるのは予想外だったようで、身体を強張らせながら紅い瞳をこちらに向けた。だが、相手が柊羽だと分かったからかすぐに目を逸らして立ち上がる。

    「驚かせて悪かった」

     詫びながら脇を通り抜けようとする一紗から漂った香りに覚えがあって、柊羽は再び目を見開いた。

    「……いや、こちらこそ邪魔して悪かった」

     それだけ言って黒い背中を見送り、柊羽はピアノの前に掛けた。

     鍵盤に触れることもなく、今し方一紗が纏っていた匂いに思いを馳せる。
     つい先日天羽玲司が使っていて、思わず銘柄を尋ねた香水と全く同じものだった。ふざけた名前でインパクトがあったから、よく覚えている。
     彼とは事務所内で顔を合わせたときに、向こうから他愛のない話振ってくる程度の間柄だったから、深いところまでを知っているわけではない。
     ただ、彼も最近ユニットでのデビューが決まったと話していたことを思い出す。確か玲司と、つい先刻までここに居た一紗の所属グループは別だったはずだ。
     謎だけが深まる。あの香りは偶然がもたらしたものなのだろうか。それにしても、一紗はピアノを鳴らすでもなく、なぜこんな場所に一人で……?
     ふと一紗の見ていた景色が気になって、柊羽は入り口まで戻り、再びスイッチを押した。
     部屋の中が闇に沈んだが、月明かりがレースのカーテン越しに強く差していたため、ピアノの輪郭がぼんやりと浮かび上がった。
     
     ──そういえば、今日は満月だったか。

     窓際まで歩きカーテンをそっと寄せて、ガラス越しに天高く煌々と光る月を見上げる。薄らとかかった雲が、その輪郭をぼやかせていた。
     その雲が指環のように見えて、柊羽は月に向かい手を伸ばした。

     もしもこれが月と雲でなく、月と太陽とで同じことが起きたとしたら。きっと、太陽の光で造られた指環になるのだろう。
     そういえば、月が太陽を覆い尽くす皆既月食の始まりと終わりにはダイヤモンドリングと呼ばれる、一部分だけがまるで指環の台座に置かれたストーンのように見える現象が起きるのだった。
     ダイヤモンドかと、柊羽は嘆息した。永遠の愛を誓う指環にあしらわれる宝石と、十数年に一度しか交われない月と太陽の出逢いによってもたらされる光の色が同じというのは、なんという皮肉だろう。
     それとも、これは永遠の愛を誓えない者たちのために天が授けた慰め、なのだろうか。

     そのとき、柊羽の中に旋律が浮かんだ。すぐにピアノの鍵盤で、その音の正体を確かめる。

     ──良い曲に、なりそうだ。

     柊羽はもう一度月明かりを見上げた。
     月が生み出す闇が在ってこその祝福が、一紗にも届くことを祈って。



    了.
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    mu____zi

    DONE課(特に付き合ってない)たざかみ、愛と地獄の新婚旅行編

    たざかみの日のプリズンなブレイクの続編です。
    ◾️◾️




    波間の揺れる一面のコバルトブルー。神永は海の真ん中、木製の小洒落た桟橋の上に立っている。頬を撫でる風に目を細めて、はて。──どうしてこうなった。と、隣で柔らかく微笑む田崎の顔面を見つめながら、答えのない疑問を脳裏に過らせた。


    さて、神永が水上飛行機から桟橋に降機したのは、ほんの1分ほど前の話である。桟橋の専用プラットホームに横付けされたその飛行機に乗り込んだのは、大凡1時間ほど前だっただろうか。因みに、小型水上飛行機へ乗り込むより前の、南国の国際空港に到着したのは3時間ほど前のことで、神永が日本で旅客機に乗り込んだのはそれより更に約15時間前だ。
    この土地に降り立つまでに既に半日以上が経過し、神永の凝り固まった背筋は慣れない疲労を訴えていた。しかし、神永の疲弊は肉体的よりも寧ろ精神的な部分にある。開放的な南国の土地に降り立った人間にしては些か場違いだろう。とはいえ、神永はそんな疲弊の断片を顔色に滲ませることなく、口角を緩めてながら極上の幸福に溢れたバスタブに浸かった顔をする。順風満帆で、今まさに世界が終わりを告げても尚、隣にこの男がいてくれるのなら後悔などない、という顔である。
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