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    @Clanker208

    水都百景録の一部だけ(🔥🐟🍠⛪🍶🍖🐿🔔🐉🕯)
    twitterにupした作品以外に落書きラフ進捗過程など。
    たまにカプ物描きますがワンクッション有。合わなかったらそっとしといてね。

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    ★水都史実二次。人を選ぶ要素含むので前書き確認PLZ
    ☆この回は要素なし。

    焦竑先生は本当は1620年没(天啓五年は1625)なので延命させてます。
    彼が袁・徐の交友を取り持ったのも史実(あと董其昌もかんでるらしい)

    ##文章

    「橄欖之苑」 第二幕「ご苦労だったね、袁君」
    「お久しぶりです、焦先生」
    旧知から夕食に誘われたのは、帰京して三日も立たぬ頃合いだった。瀟洒な料亭の小ぢんまりとした一室、料理の並んだ食卓を挟んで懐かしい顔が微笑んでいる。その人物――焦竑殿は自分、そして董其昌殿と同年の進士、それも状元で合格した人物だった。

    首席合格者とはいえ才を鼻にかけることもなく、出世欲も権力欲にも無頓着、恬淡として穏やかな人柄の持ち主である。今は高齢のため官界を退き、もっぱら学問と研究に従事している。書物をこよなく愛し、大蔵書家としても知られる彼のこと、出仕していた時より余程幸せそうに見える。今思えば、何故科挙を受けたのか不思議なくらいだ。
    そんな性格に加えて、髭を長く伸ばしたうえに白い上着など着ているものだから、まるで仙人とでも話しているような気分になってしまう。
    今日の料亭も、いかにも彼らしい趣のある店だった。繊細な透かし細工を施した窓は開け放たれ、下ろした簾の端からは、陶器の飾りを編み込んだ青い飾り紐が揺れている。
    小部屋の一角には、植えこまれた竹が品のよい彩りを添え、どこからか、遠く琴の音が聞こえていた。

    「さあさあ、食べてくれ。私はこの通りおいぼれだが、君はまだ食べ盛りだ」
    焦竑殿は骨ばった手を差し出すと、にこやかに促した。
    「食べ盛りって…もうそんな年ではありませんよ」
    同期とはいえ、焦竑殿とは親子ほど年が離れている。彼にとって、互いが幾つになっても年齢差は絶対らしい。俺は苦笑して、机上に並ぶ料理を改めて眺めた。量は多くないが、手の込んだ細工や品の良い盛り付けから上質なものだと分かる。せっかくだから箸をつけることにした。味の濃い京師(みやこ)流の料理も、随分と久しぶりだ。

    「董其昌殿とは最近も行き来を?」
    「残念ながら」
    俺は首を振って応じる。
    「あの人も今は応天府勤めですし、尚書の大任とくれば忙しいでしょう。俺の方も最近は登莱での任務につきっきりで書を交わす暇(いとま)もなく。それに…」
    一度言葉を切ったのは、少し気まずい気分になったからだ。
    「『あの事件』以来、あまり、声をかける雰囲気でもなくて」
    「そうか。私も久々に、彼と語り合いたいものだが」
    焦竑殿の顔に、寂しげな影が落ちる。それは俺も同感だった。登莱を離れる前にまた一首詩を作ったので、見てもらいたい気持ちもあった。
    しかし万暦年間に起こった焼き討ち事件によって、彼は膨大な所蔵品、そしてなにより最愛の伴侶を失った。その時の彼の嘆きようときたら、まるで世界の終わりでも来たかのようだった。俺に出来ることは、彼の気持ちが落ち着くまで見守ることしかなかった。残念ながら、今でもそうだ。

    「それにしても、この間はすごい歓迎のされようだったね」
    気まずい話を切り替えたまでは良かったが、焦竑殿はまたもせっかくの食事がまずくなるようなことを言う。しかしある意味有難い。顔なじみの前なのをいいことに、俺は思い切り悪態をついた。
    「お上の指示ですよ。凱旋式をやるから付き合えと。俺は一時的に敵を追い払っただけですし、山海関の戦線だってまだ片付いてない。辺境の危機がなくなったわけでもないのに、こんな大袈裟なことをする意味が分かりません。いや、理解はできますが同意などできかねます。派手な催しで民の気を引いて内外の危機から目を背けさせるか、もしくは朝廷の人気取りのためでしょう。そんなことに利用されるのはまっぴらですよ」
    「祭りごとは、色々隠すのに便利だからね。君も運が悪かった」
    白磁の小杯で茶をすすりながら、焦竑殿は淡々と言う。

    「ですが……俺にはこれが陛下の発案とは思えなくて。もしや、あの宦官の仕業でしょうか?」
    そうだ、俺はこのことが聞きたかったのだ。焦竑殿は一線を引いたとはいえ京師住まい、朝廷の動向を多少なりとも知っているはずだ。案の定、彼は難しげな顔をして顎鬚に手を当てた。
    「私もそう思うよ。あの男――魏忠賢は、君がいない間急に台頭してきてね。噂によればもとは卑賎なならず者、それが宮中に入ったかと思えば、帝の乳母をたらし込んで大きな顔をするようになった。帝は帝で趣味の木工に熱中してばかり。今の朝廷は、奴の天下になり果ててしまったよ」
    「それは…厄介ですね」
    帝の妃は子育てなどしない。だから宮中で生まれた子供は、乳母によって育てられる。とくに天啓帝は乳母の客氏に懐いており、彼女は帝に大きな影響力を持っていた。帝はまだ精神的に幼い。この両者がつながっているとすれば、たやすく彼らに操られてしまうだろう。
    「厄介なのはそれだけじゃない。先帝は東林党を重用しただろう?それに不満を持つ勢力が宦官達に加わって、大きな派閥が出来てしまったのだ。今の朝廷では、東林党と宦官党の争いがどんどん激化している。まるで蟲毒の箱みたいにね」
    焦竑殿は視線を伏せ、物憂げにため息をついた。東林党は政治の刷新を掲げる清流派の官僚集団だ。彼らは朝廷に大きな影響力を持ち、実際、自分にも東林党に属している知人が何人かいる。

    「袁君。英雄なんてものがいるとすれば、奴を討てる者のことだと私は思うよ」
    「そうでしょうね」
    「君に期待してもよいのかな?」
    焦竑殿はにやりと口の端を釣り上げて、いたずらっぽく微笑んだ。全くいい加減にしてくれ。腕を組んで、俺は口を尖らせた。
    「人が悪いことを。そうやって嫌味ばかり言うなら帰りますよ」
    「それは困るよ。まだ君には用事がある」
    「用事?」
    少しばかり、沈黙が流れた。会話にかき消されていた琴の音が、また静かに聞こえてきた。一口茶を飲んで喉を湿すと、焦竑殿はようやくその内容を明かした。

    「……実は、君に紹介したい者がいてね」
    「取り立ててやるつもりはありませんよ」
    「君の性格は知っているさ。単に、友人になれるのではないかと」
    「今更友人を世話してもらうほど、人脈に困ってもいません。それとも……紹介したいのは俺の方ですか」
    焦竑殿は二、三度続けて瞬きをする。やがて彼は眉を下げて苦笑すると、長い顎鬚を片手でしごいた。
    「……やはり君は鋭いね。実はその通りなのだよ。彼は私の教え子なのだが…とても才能がある人物だよ。科挙で彼の答案を見た時から今まで、裏切られたと感じたことはない。ただ、今は何かと難しい立場にいてな」
    「難しい?」
    「『天主教』については、聞いたことがあるかね」

    天主教。
    万暦年間頃からちょくちょく耳にするようになった名だ。西方から来た蕃人がもたらした教えであり、男女を一つの建物に集めて怪しげな儀式をしているだの、幼子をいけにえに捧げるだの、あまりよい噂は聞かない。如何にも好奇の眼に満ちたこれらの噂が眉唾であったとしても、国外の蕃人と結託して大明を侵略しようとしている、などと聞けば心中穏やかではない。
    「民心を惑わす邪教だと」
    「だが、彼はそう思っていないのだ」
    俺は怪訝に眉を寄せた。何やらきな臭くなってきた。この人ときたら、好々爺のふりをして、その実とんでもない厄介ごとを押し付けようとしているのではないか。
    「教えを捨てるよう何度か説得してみたのだが、都度はぐらかされてしまってな」
    「それは確かに、難儀なことですね。…しかし、何故俺に?」
    焦竑殿の行動は、純粋に教え子の身を案じてのものなのだろう。彼の語調や表情から、その気持ちは伝わってくる。しかし巻き込まれるのは面倒だ。だからその問いは、半分ほど…いや、七割ほどは逃げ道を探すためのものだった。

    「彼は軍事の造詣が深いし、兵器にも詳しい。きっと君の力になれる」
    「それは、答えになっていません。武官は俺だけじゃない」
    すると焦竑殿は目じりに深いしわを寄せ、意味ありげな笑みを浮かべる。次に彼が発したのは、全く予想もしなかった言葉だった。
    「嘉靖四十一年、四月二十四日」
    「?」
    それはよく知っている日付のようで、少しだけ違っていた。
    「彼の生まれた日付だよ。君はその一日後だろう?」
    「……そんなことで」
    俺は腕を組み、呆れたという風に首をかしげた。
    ……いや。
    ――「夢で仙人に告げられたのだ」
    なぜ自分に声をかけたのかと問うた際、董先生は確かそんなことを言っていた。その時も呆れてしまったが、人の縁なんてものは、案外そんなものなのかもしれない。
    ……天主教徒か。
    俺は深いため息をつく。また一つ、暗雲が増えてしまった。まあ、いざとなれば相性が悪かったと言って逃げればいい。ひとまずは、旧知の顔を立てることにした。
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