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    @Clanker208

    水都百景録の一部だけ(🔥🐟🍠⛪🍶🍖🐿🔔🐉🕯)
    twitterにupした作品以外に落書きラフ進捗過程など。
    たまにカプ物描きますがワンクッション有。合わなかったらそっとしといてね。

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    ★水都史実二次。人を選ぶ要素含むので前書き確認PLZ
    ☆この回は要素なし。

    天啓朝宮廷息苦しすぎて、自分で書いててウンザリしてきた

    党争に対して袁可立が中立を貫こうとしたのは本当。
    東林党に勧誘される場面をつくろうと思ったら高攀龍の存在を知って
    いよっしゃあ!と思ったはいいものの史実だと天啓四年に罷免されてた…
    なのでここも創作です

    ##文章

    橄欖之苑 第五幕茜色の交じりはじめた午後の大気を震わせて、太鼓の音が響きわたった。申の刻を告げるその音は、退朝の合図でもある。この瞬間からしばらくの間、外朝の広大な広場は、それぞれの部署から帰路につく官吏達で埋め尽くされることになる。赤、青、緑。色とりどりの官服を着た人の群れが、外朝の正門たる午門へと一斉に向かっていくさまは、まるで流民の移動のようだ。鶴を駆る仙人でも上空を通りがかれば、さぞかし愉快な光景が見られることだろう。

    「礼卿!」
    足早に歩を進めていると、どこからか俺を呼ぶ声がした。聞き覚えのある声に足を止めると、人波をすり抜けて、同じ赤い袍を着た官吏がこちらに歩いてくるのが見えた。雑踏の中だというのに、その足取りは儀礼の最中ででもあるかのように悠然と落ち着いている。果たしてそれは、見知った友人の姿だった。
    「存之か、久しいな」
    晴れやかな声で出迎えた俺に対して、三年ぶりの旧友は律儀に一礼した。
    高攀龍、字は存之。彼もまた同年の進士で、生まれた年も同じだ。そのよしみで親しくなったのだが、潔癖で正義感の強い――そして時に融通の利かない彼の性格は自分と似た所もあり、なにかと気が合う存在だった。

    「登莱での活躍は聞いているぞ。実に痛快だったよ」
    存之は愉快気に相好を崩し、切れ長の目を細める。黙っていると白皙の門神のように粛然とした顔つきをした彼だが、話してみれば存外感情豊かな人物だ。
    「……だが、君も大変だな。お上の都合に振り回されて」
    「そう言ってもらえると有難いな。お前は今でも光禄寺か?」
    官服の補子に目をやると、彼もまた三品の孔雀だった。自分の知っている限りでは、彼は五品の光禄寺少卿を務めていた。卿に昇進したのだろうか。存之は胸に手を当てると、口元をほころばせながら訂正した。
    「有難いことに、今は都察院左都御史の任をいただいている」
    都察院は官吏の監察、すなわち怠慢や不正がないかを調査し、必要とあらば弾劾を行う部署であり、左都御史はその主幹をつとめる大官だ。権貴におもねらず廉直な彼には適役と言えるだろう。
    「それはすごいな。だが、お前が目を光らせているんじゃあ、皆さぞ息苦しいことだろうな」
    「なに。君でなくてよかったと、皆きっと思っているさ」
    気楽な笑みを交わすと、俺と存之は連れ立って歩き出した。

    「兵部はどうだ?」
    「登莱にいた時の方が遥かにましだ。あそこには足を引っ張る輩もいないしな」
    「……君にとって、ここはあまり居心地がよくなさそうだな」
    「お前もそう思ってるんじゃあないか?」
    問い返すと、存之の表情が少しばかり硬くなる。彼は東林党の一員、それも、その母体となる東林書院の再建にかかわった重鎮だ。南直隷の無錫にある東林書院は、もともと理学を教える書院として宋代に創建された、経年により荒廃したのを、存之や顧憲成をはじめとする無錫の名士たちが復活させたものだ。彼らはそこで学を講じるほか政局を論じ、書院はとくに政権に批判的な世論の中心地となっていった。その出身者は朝廷による富の収奪を嫌う江南の士大夫らの支持を得て、「東林党」として官界に大きな影響力を持つに至った。
    「場所を変えよう」
    存之は声を潜めてそういうと、退朝の人波から外れる。立ち聞きできる範囲に人がいないことを確認し、広場を仕切る屋根付きの塀の下に身を寄せた。

    「留守にしているうちに、ここも随分息苦しくなったな」
    横目で友人を窺いながら、俺は会話を再開させる。あまり深刻そうな表情はせず、何気ない世間話をしている風を装う。
    「奴の台頭は防げなかったのか?」
    「なにぶん内廷のこと、我々にはどうにもできんよ。せめて先帝陛下がご健在であれば、奴を信用などなさらなかったろうに」
    先帝、すなわち泰昌帝は今上帝の父に当たる。東林党を起用して政の引き締めを図ったが、即位後わずか一月で病に倒れ急死した。その原因は、怪しげな薬を服用したためと言われている。
    「先帝陛下は確かに、英明な方であられたそうだな。不運だったと俺も思う」
    「……奴はそれも、東林党(われわれ)の仕業と吹聴しているのだがな」
    低い声でそういうと、存之は形の良い眉を寄せた。
    後継者問題をめぐる確執から、万暦末年から天啓初年にかけて、宮中では幾つかの陰謀事件が発生した。その時は俺もまだ順天府にいたため経緯は知っている。魏忠賢は政権を握った後、それら全てを東林党の陰謀として、政敵の排除に利用し始めたのだ。

    「いや、最早言っても仕方のないことだ。だが今は、幸い左都御史の地位をいただいた。これで奴らと戦うことが出来る」
    その言葉を聞いて、俺は心中に墨を一滴たらされたような気分になった。旧友との再会で晴れやかだった胸の内、その隅に、今や不穏な影が広がりつつあった。
    「なあ存之。お前が都察院の職務を執行するのは、正義のためか?」
    「当たり前だ。他に何がある?」
    存之はこともなげに答える。俺を見返す瞳もまた、己を信じて疑わない、そんな強い光に満ちている。しかし俺はそこに危うさを感じ取っていた。彼にすら無自覚なうちに、それは正義を為すのではなく、党争のための武器になり替わっているように思えた。
    ……しかし、責めるべきは彼ではないのだろう。政争の絶えない宮中の現状が、すべてを見失わせているのだ。職権、上奏、国境の情勢、帝の死ですら、今やあらゆるものが政敵を蹴落とすための手段になり果てている。党争。それは満州族など比べ物にもならない、我が国を蝕む最も深刻で性質(たち)の悪い病根だ。

    「礼卿。正直なところを言えば――君のような人が仲間にいてくれれば私は随分助かるよ。君は武名もあるし、帝にも近しい」
    「悪いが俺は、どちらにもつくつもりはない」
    「……君は私たちと近い考えを持っていると思っていたんだがな」
    存之はかるく腕を組み、いかにも残念そうに眉を下げる。彼の言葉は間違いではない。しかし不用意に政争に巻き込まれて立場を失うのは避けたかった。遼東戦線を維持するためにも、今の俺には地位が必要だった。
    「だが、中立でいる事こそ危険だと私は思う。ただでさえ君は……いや」
    「くだらない疑惑の件なら知っている」
    あまり触れられたい話題ではない。俺は前を向いたまま、やや早口で言い切った。対する存之は聞かん気の強い学生をなだめる教師のような口ぶりで、なおも説得にかかる。
    「承知の通り、今の君は、ここではあまり有利な立場にはない。だから我々が力になれると思うんだ。我々が勝利すれば、不当な悪評など撤回できる。むろん君を、登莱に戻すことだって」
    俺は口元に手を運ぶ。登莱に戻る。そうできればどんなに良いだろうか。しかし今は警戒心の方が勝っていた。

    「もし、負けたらどうする?」
    「そんな仮定は必要ない。いかに勝つか、考えるべきはそれだけだ」
    「だったら、どうやって奴に勝つつもりなんだ?」
    「まずは宦官党の官僚を調べ上げ、不正があれば弾劾して排除する。奴の勢力を削ったあとは――帝に訴えるしかない。今は目を曇らされているかもしれないが、あの方は本来愚かな方ではないと思っている。君もそう思うだろう?」
    「そうだな」
    確かに、登莱に発つ前の記憶ではそうだった。しかし一度楽な方に流れてしまうと、元に戻るのは難しいだろう。太和殿で会った時の様子を思い返すと、今の帝にそれができるかは疑わしかった。
    消極的な反応に煮え切らなくなったのか、存之はこちらに体を向けると、両手を広げて声を高める。
    「礼卿、何故戦わないんだ。君らしくない。以前の君なら、不正義を見過ごすことなどなかった」
    その言い方に、俺はわずかに顔をしかめた。友人とはいえ、何が分かると反論してやりたくなった。以前の俺?確かに監察御史だった時には帝の威を借りた権臣を処断したこともある。だがその頃とは朝廷の状況も自分の立場も違う。らしくない?今も昔も、俺は俺として判断を下しているだけだ。

    沈黙を守っていると、存之はやがてすまなそうに首を振った。
    「……いや、君のことは君が決めるべきだな。これ以上はなにも言わん。だがもし君があくまで中立でいるというのなら‥‥友人である以上のことは出来ない」
    「それ以外に、何が要るんだ?」
    「……それもそうだな」
    存之は恥じ入るように苦笑した。望むところだ。もし東林党政権が出来たとして、彼との縁で引き立てられるのなんてまっぴらだった。存之はまだ何か言いたげな様子だったが、現状、どれだけ言葉を交わしても平行線にしかならない気がした。だから会話を打ち切ることにした。
    「いつどこで、奴の手先が話を聞いているか分からない。今度、改めてまた話をしよう」
    またの機会。そんなものが、本当にあるのかは疑わしかった。

    存之は別れの言葉を告げると、一足早く人並みの中に戻っていった。気を遣ってのことだろう。
    腕を組み、俺は深いため息をついた。何に対する嘆息だろうか。趙尚書との会話、不当な弾劾。党争と、それにともなう友人の変化。全てに対する抗議のようなものかもしれない。
    おかしいのは時勢なのか、それとも時勢についていけない自分なのだろうか。

    重い足取りで、壁沿いに歩き始める。外朝の周辺をめぐる城壁。この壁の内側では、呼吸するごとに五臓に毒が入り込んでくるようで居心地が悪かった。
    先帝が服用したという怪しげな薬。太和殿で見かけた奴の衣装。
    ……そういえば、どちらも同じ色をしていたな。
    俺は顔を上げ、傍らに聳える紅い城壁を見つめる。強くなり始めた西日を受けてより深い色を湛えたそれは、どこか禍々しく見えた。
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