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    @Clanker208

    水都百景録の一部だけ(🔥🐟🍠⛪🍶🍖🐿🔔🐉🕯)
    twitterにupした作品以外に落書きラフ進捗過程など。
    たまにカプ物描きますがワンクッション有。合わなかったらそっとしといてね。

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    ★水都史実二次。人を選ぶ要素含むので前書き確認PLZ
    ☆ENJ度4/5

    なお袁可立が本気出して魏忠賢に逆らい始めたのは本当は天啓6年の高攀龍の死がきっかけらしい 今回の彼の口ぶりは五幕の高攀龍と結構被らせてます。皮肉の意味で。
    弱いから中立でしかいられない徐光啓と強いから中立でも平気な袁可立の対比が好き
    歴史上でもこんな感じ

    ##文章

    橄欖之苑 第十一幕「元気がないな」
    そんな何気ない声かけに応じるのにも、今は気力が必要だった。
    「こんな時に、お前は元気でいられるか?」
    ようやく返事をすれば、今度は相手の方が口をつぐむ番だった。
    「中立のお前には関係のないことか」
    「嫌な言い方をするな。君だって、同じ立場じゃなかったのか?」
    交わす言葉に棘が混じる。
    朝廷の政変は恐れと焦燥を呼び起こし、俺たち二人も含め多くの者から心の余裕を奪ってしまっていた。

    目の前には、広い湖面が横たわっている。
    順天府の西門である阜城門を抜けて二、三里ほど行くと、玉淵潭という古くからの景勝地がある。玉淵潭はいわゆる大運河の水から生まれた湖で、湖畔には花木が生い茂って天然の園林となり、文人たちが霊感を求めて訪れるほか、清明節や上巳節の折には踏青に出かける市民たちで賑わう場所だ。城壁外と言っても街から遠すぎず、今は特に見頃の花もないため人出もない。「密談」には良い場所だろうと思ったのだった。
    湖畔には柳木の合間を縫うようにして、石の腰掛けが並んでいる。俺と子先は湖の方を向き、隣り合った二つの椅子に、それぞれ腰を下ろしていた。

    子先の言葉については、確かにそのつもりだった。
    しかし正直、魏忠賢がここまでやるとは思っていなかった。追放ならまだしも、楊漣殿の死は党争の結果ですらなく個人的な報復に過ぎない。今や奴は、以前よりはるかに容易く死の刃を振るうのではないか。
    趙尚書や存之も罷免され、頼れる人物、いや、まともな臣が朝廷から急激にいなくなってしまった。気が付けば、官職は魏忠賢に媚を売る者と奴の一族で占められているだろう。その割合が増えるにつれ、自分の立場も苦しくなる。それこそ、ただ飼殺されているだけのような状況になるのではないか。今や危機感が目に見える形を取って、俺の前に立ちふさがっていた。
    官僚として生き残るなら、一番簡単なのは宦官党に媚びを売ることだ。魏忠賢の言葉を信じるなら、奴は俺を歓迎する気があるらしい。奴の外套の陰に隠れて、俺は何の心配もせず辺境防衛に専念することが出来るだろう。だがそんな手段は論外だ。今となっては決して奴の存在を許すことは出来なかった。

    「そのつもりだったんだがな」
    膝の間で指を組み合わせ、俺は目を閉じて息をつく。瞼を上げると、迷いなく決意を形にした。
    「俺は、奴と戦う」
    会話の相手がどんな顔をしているのかわからない。湿った風が柳の枝を揺らし、さわさわと音が立つ。その音が静まりきった頃、子先は平坦な声で呟いた。
    「そうか」
    そこに何かの感情を読み取ろうとしたが、俺には彼の真意は測れなかった。横を向いて、相手の表情を探る。子先はただまっすぐに、西日を照り返す湖面を見つめていた。
    「こんな状況になっても、お前はまだ日和見を続けるのか」
    「日和見をしているつもりはないんだけどな」
    子先は少し顔をうつむけると、苦笑しながらそう言った。

    「僕は方針を変えるつもりはない。党争にはかかわらない」
    彼の結論は変わらなかった。その横顔は、相変わらず揺るぎない意志を伝えている。しかし義憤にかられた今の俺には、彼の態度は無慈悲に思えてつい苛立ってしまった。
    「そんなことに何の意味がある」
    その感情を吐き出してしまうように、俺は声を荒げる。
    「朝廷をあの男が掌握している限り、改革の道など開けるわけがない。叶えたいことがあるんだろう?だったら結局戦うか、媚びるかしかない」
    「……」
    相手が反論しないのをいいことに、俺は湧き出てくる感情を次々と言葉にしていった。それがどんな意味を持つかを考えもせずに。
    「身を引くのは結構だ。だが落ち着いたころに顔を出して、上澄みだけせしめるつもりか?」
    「礼卿。君は怒りで取り乱してる。もう一度…」
    「俺は冷静だ。お前こそ正気なのか?奴の蛮行を何とも思わないのか!?」
    「そんなわけないだろう!」
    鞭を振るような声が、俺の耳を打ち据えた。

    「僕だってあの男は憎い。官職を奪われた。教会も焼かれた。あいつの一派には、何度も痛い目に遭わされた。楊漣殿のような人がむざむざ犠牲になっていくことだって、見過ごせるはずがない。だけど、だからといって何が出来るんだ!?」
    子先は首を垂れ、血を吐くような叫びを上げる。
    「日和見だって?君と一緒にしないでくれ。選択の余地すら僕にはないんだ。力も後ろ盾もなければ、おとなしく身を引くしかないだろう」
    それは悲しい嗤笑だった。
    「伝教士たちも、迫害から守れなかった。上奏しても音沙汰がない。練兵も邪魔されて越権行為と責められる。誰もやらないから、僕がやるしかなかったのに。正しいことをしてるはずなのに。どうして……どうして何も出来ないんだ!!」
    子先は拳で膝を強く打った。まるで自分を罰するかのように。
    最早彼の言葉は、党争とは何も関係がなくなっていた。彼はただ気の高ぶるままに、今まで抑圧してきた感情をぶつけていた。彼の抱えていたものの一端が、ようやく垣間見えたと思った。やがて子先は呼吸を整え、行き場を失ったように両掌で目元を覆った。

    正しいことをしているはずなのに。
    子先の悲痛な叫びを、俺は頭の中で反芻していた。
    治世であれば、それは報われるかもしれないが、今の世はそうではない。
    奸臣の跋扈。外敵の侵入。それを乗り切るために必要なのはもっと別のものだ。
    その事実は、認めて乗り越えなければならない。――俺とお前が、生き残るために。
    だから、冷たいとは思ったが、俺はあえてそれを口にした。

    「……お前の正しさは、所詮お前の正しさでしかないってことだ」
    言い終わるやいなや、矢のように反論が飛んでくる。
    「民の生活をよくする、外敵を防ぐ、正確な暦を作る。いったい何が間違ってるんだ」
    「いくらそれが道理の上で正しくても、道義の上で正しくても、それをどう解釈するかは結局、そいつの価値観でしかないってことだ。形はどうあれ、誰もがそれぞれの『正義』を掲げて動いている。だから、正しさで他人は動かない」
    子先はぐっと唇を結ぶ。何か言いたげに、紫檀色の瞳が揺らいでいる。

    「人を動かすのは、結局力だ」
    魏忠賢との対話。東林党の粛清。そこから得た答えだった。子先の眼差しには抗議の色がありありと浮かんでいるが、それをしり目に、俺は淡々と続ける。
    「それは権力でも、武力でも、数でもなんでもいい。そして、そうして成し遂げられたものこそが正しいんだ。少なくとも、今の世においてはな」
    俺は顔を横に向ける。
    「分かるか?あくまで望みをかなえたいなら、あの男の「正しさ」を上回る力が必要だってことだ」
    「…………」
    渋々と言った態で、子先は頷く。納得はしたくないが理解はした、そんな顔だ。
    「だけど、もうどうすることも出来ない。陛下だって、今は頼りにならないんだ。それなら雌伏してやりすごすしか…」
    「いいや、まだ使えるものはある。楊殿にはなかったが、俺はそれを持っている」
    子先の目が丸くなる。彼はすぐに意図を理解したようだった。

    「奴を、討つのか?」
    低い声が返ってくる。俺は頷くと、湖面に目を向けたまま言葉を継いだ。
    「巡撫時代に連携を進めたおかげで、各地の軍には伝手がある。前線を当たれば動かせる味方はいるはずだ。事が済んだ後、帝を説得できる可能性も人よりはあるだろうしな」
    「でも、前線の兵を割いたらまた土地が奪われる」
    「だったら、取り戻せばいいだけの話だ」
    俺にとっては、満州族との戦に勝つのは、朝廷で魏忠賢を相手に立ちまわるよりよほど容易いことだった。

    「だけど、もし失敗したらどうする?叛臣として永劫汚名を被り続けるんだぞ」
    「そんな仮定は必要ない。奴を除くことが出来るのなら、叛臣の烙印など知ったことか。後の世に、名など残らなくても構わない」
    子先はしばらく黙っていた。やがて彼の口から出てきたのは、勝利を期待する言葉ではなかった。
    「……君は強いな。だけど、僕は…」
    「子先」
    その先を封じ込め、俺は卑屈に身を縮めている友人の名を呼んだ。
    不安げな瞳がこちらを向く。それを確かめて、俺はようやく、ずっと言いたかった言葉を口にした。 
    「俺はお前の力になりたい」

    先程より冷たさを増した風が頬をかすめ、水面を騒がせる。それは音をも運び去ってしまったのだろうか。その場には長い間静寂が満ちていた。
    子先は驚いたように目を見開いていた。何かを言おうと、口が何度か開閉する。
    「……どうして」
    やがて彼は、ぽつりと呟いた。
    「僕のことなんか、君には関係ないだろう」
    逃げるように、子先は顔を少し傾ける。
    「俺はそうは思っていない。兵器。軍略。俺はずっと、お前の持っているものを評価している。だから共に戦って欲しい。そうすれば、お前の望みだって叶えられる」
    「だけど」
    歯切れ悪くそう言って、子先は袖を握りしめた。そのしぐさには迷いが感じられた。
    「僕は、生き残らないといけない」
    「そうだ。生き残るために戦うんだ」
    俺は思わず身を乗り出す。威圧的に感じたのか、子先は少し身を引いた。

    何も言わず、彼は今度は胸元で手を握りしめる。縫い取られた竹の模様――高潔な意志の象徴が歪む。
    「……それでも、危険は冒せない」
    煮え切らない彼の態度に、俺はまた苛立ってしまう。
    「伝教士どもの面倒を見るためか?そんなことのために、なぜお前が一人でそんなに苦しむ必要がある」
    その発言は思考を通さぬ、ほとんど本能的なものだった。彼らの名を出した途端、子先の顔色が変わる。消えかけていた灯火に、急に油が注がれたようだった。

    「これは僕の意思でやっていることだ。彼らの技術は先進的で正確だ。国を強く、豊かにするために必ず役に立つ」
    「違う。お前は彼らが中華に居つくのに利用されてるだけだ」
    「君に何が分かる!」
    子先は再び声を荒げた。水面にさざ波でも立ちそうな勢いだった。
    「彼らのことも…あの人のことだって、何も…何も知らないくせに!!」
    子先は立ち上がり、眉を逆立てて俺を見下ろしていた。
    強くなり始めた光が、彼の半身を縁どっている。その姿は、あの時――牌坊のたもとで初めて彼の姿を見た時を思い出させた。
    そう、これはあの時と同じ――愛する物を脅かす存在に立ち向かう姿だ。
    それは俺と彼の間の、決定的な断絶を示していた。

    「もういい」
    突き放すようにそういうと、子先は話は以上というように、くるりと背を向けた。
    「政争に利用されるのはまっぴらだ。申し訳ないけど、君の助力は必要ないし、僕も君の力になれない……だけど」
    肩をすくめ、彼は続ける。
    「気にかけてくれて、感謝はしている。……どうか、無事でいてくれ。君には、楊殿のようになってほしくはない」
    「心配するな。命の危機くらい、何度も切り抜けてきた。いざとなれば呂仙人が守ってくれる」
    「馬鹿か君は。そんなもの…」
    子先は顔をさらに俯け、両掌を握りしめる。消え入りそうな語尾は、かすかに震えていたように思えた。
    「子先」
    寄る辺ない背中に向かい、俺はいつかと同じ言葉をかける。
    「無理はするなよ」
    「……」
    今度は答えは帰ってこなかった。決して振り向くことはなく、子先はそのまま逃げるように去っていった。

    ……馬鹿なことを。本当に馬鹿なことをしたと思う。
    痛みをこらえるように、俺は額に手を当てて俯いた。
    大体、矛盾している。
    わが身を犠牲にして孤独に戦い続ける彼を、支えたいと思うのは確かだ。
    だが、天主教、伝教士、西洋の技と学問。彼を彼たらしめている聖域。今やどうしても、俺は「それ」を受け入れることが出来なかった。
    それを措いて、彼の望みなど叶うはずがないというのに。彼の力になどなれるはずもないのに。

    だいいち、そう思っていたとしても、わざわざ彼にそれを言う必要などなかったはずだ。そうすれば、少なくともあんなことにはならずに済んだ。
    おそらく、俺は焦っているのだ。
    魏忠賢と戦う決意をするということは、彼と道を分かつことでもあった。だから、無理に彼を自分に同調させようとしたのだ。
    彼の意志など考えもせずに。
    だから結局、そうして得られたものと言えば、俺とあいつが生きる世界は違う、その事実が明白になったことだけだ。そしてこの違いは、おそらく決して埋まることはないだろう。

    ……いいや、これでよかったんだ。
    一つ、大きなため息をつく。
    頑なで、どこまでも理想に忠実。あれが徐子先という男なのだ。
    それに……友人を一人失ったところで、国難には及ばない。
    戦うと決めたのなら、後顧の憂いなどない方がいい。せめて彼には、生き残ってほしかった。

    軍略。兵器。才能。知識。そんなものはどうでもよかった。
    彼の持つ光はそんなものではない。
    俺はただ、それを絶やしたくなかったんだ。

    だが。
    ――「お友達は、ちゃんと選んだ方がいいぜ」
    魏忠賢のその言葉を、俺はもう少し深刻に考えるべきだったのかもしれない。

    ――「十字架に掛けられる直前、最後の夜に、『救い主』はただ一人神に祈りマシタ」
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