翌日、彼は大きなリボンを着けてやってきた「ヒバリさん、何か欲しいものとかありますか?」
アポの一つもなく、けれど手土産のケーキを一つ持って雲雀恭弥の執務室へと現れた沢田綱吉は、開口一番にそう言った。
「特にないね。そもそも、君にプレゼントできるようなものは自分で用意できるんだけど」
「それはそうですけど…こういうのってほら、気持ちが大切っていうか」
沢田は少し困ったように眉を下げて笑っている。十年経っていろいろなものが変わったけれど、そこは変わらないままだったと雲雀は思う。
失礼します、という声掛けと共にカタン、と最小限の音を立てて目の間に置かれたケーキはひとり分だけ。
けれど客人をもてなさないわけにはいかない真面目な側近は、二人分のティーカップを用意したあと、沢田の前にはクッキーを一皿置いて早々に退出していった。
そんな様子を横目に、雲雀は真っ白な生クリームを掬い上げて口にする。ふわりと溶けていく触感は舌触りもよく、程よい甘さが好みだった。
「一応、ボンゴレ構成員の誕生日には、なにか一つプレゼントを贈ることにしているので。もし、ヒバリさんがご所望のものがあればって思ったんですけど」
「僕はボンゴレに所属したつもりはこれっぽちもないんだけど?」
「でも、ヒバリさんには守護者としての役割は受け持ってもらってますし…」
このやり取りも、すでに何年も続いていてるので、雲雀は正直飽き飽きしている。いい加減、学習してほしいところだった。
「君も、よく毎年同じ話ができるよね。どうせ、財団の国外支部の拠点用意して、って言ったって無理なくせに」
めいっぱいの皮肉を込めて言ってやれば、沢田の顔はわかりやすく青ざめる。
「いや…はい、それは、その…全額ボンゴレ負担はちょっと無理なので…。可能な範囲での協力程度であれば…」
「はぁ…冗談だよ。別に、今すぐ欲しいものでもないし」
ため息混じりに答えれば、沢田の表情にも安堵の色が浮かんだ。こうもわかりやすくて、よくマフィアのトップが務まっているものだと雲雀は常々思っている。
「まあ、無くもないけどね。別に、君に用意できるとも思ってないし、特に何もいらない。あと、僕も暇じゃないんだ。それ食べたらさっさと帰りな」
十年、ずっと用意される気配もないのに今更言ったところで、と思う。
ぱくり、と最後にイチゴを一口。
そうして、雲雀は応接スペースから立ち上がり、外で待機しているであろう側近を呼び出す。
「哲…」
「あっ、待ってください、ヒバリさん!」
くい、と唐突に袖が引かれた。
「なに?」
「あの、たとえば…例えば、の話なんですけど」
「だから、なに?」
袖を引いたまま見上げるその表情は、一体なんだというのか。わずかに瞳が潤んでいるように見えるのがまた腹立たしい。
この小動物め。
「今年のプレゼント、オレ…とか、どうですか?」
コテン、とわずかに首を傾げたのが内心トドメになった。
「痛いっ!?」
何にもわかってないゆるふわの脳天を目がけて、雲雀は反射的にトンファーを振り降ろした。
ガンッ、という鈍い音を立てた頭を押さえた沢田はごろごろと悶えているが、そんなことは雲雀の知ったことではない。
「それ、誰の入れ知恵?」
「りっ…リボーンです。もし、ヒバリさんが今年も『何にもいらない』って言ったら、こうしてみろって言われて」
「そんなことだろうと思った」
脳裏に、ボルサリーノの子供の、意地の悪い笑顔が横ぎった。
「ちなみに…君、それがどういう意味かわかってる?」
「え? 手合せするんですよね?」
沢田はきょとんと雲雀を見上げている。
本人がこの様子で、外野の方がしびれを切らしたこの現状に、雲雀はすっかり頭を抱えた。
「…ちがうよ」
「それじゃあ、どういう…うぁっ!?」
いかにも言葉の意味に考えが及ばない様子で、間抜けな顔をしている後輩のネクタイを無言のまま掴んで引き寄せる。わからないなら、わからせるまでだった。
そのまま、唇にがぶりと噛みつく。
「ん“っ!! んぅ~!?」
ドン、ドンと胸を叩かれるのを抑えつけて、薄く開いた口の中に舌をねじこんで。そして、わざとらしくぐちぐちと濡れた音を立てて絡ませる。
テーブルの上に乗り上げた拍子に、ティーカップが転がって絨毯を濡らしたけれど、そんなことにかまっている暇はない。
沢田の抵抗も徐々に弱っていって、最後には二人でソファーの上に倒れ込んだ。
散々に蹂躙し尽くした口内を開放すれば、どちらのものともわからない唾液が糸を引いて、お互いの顎を伝っていく。
酸欠でぐったりとソファーに身体を預けている沢田は、ぼんやりとした目で雲雀を見ている。
「ひ、ば…さん……なんで…」
「君が欲しいのは、正解。でも、欲しいっていうのはこういう事なんだけど」
今や、ボンゴレ内でも気づいていないのは沢田ただ一人なのだろう、と思う。
それくらい、雲雀自身がこの後輩に甘かったという自覚はあった。
「僕がどれだけ辛抱強く待ってたと思ってるの? この鈍ちんめ」
雲雀は、唾液で濡れたままの沢田の顔を拭って、乱れた服を多少整えてやる。
その間も沢田は、何か言おうとして、言えずに口をパクパクとさせていた。
「哲っ!」
「へい」
今度こそ外へ向かって側近の名前を呼べば、扉の傍に控えていた草壁が扉を開けたので、そのまま沢田を放り出した。
「この子のこと、外まで送っていって」
そのまま、足取りのおぼつかない沢田を押し付ける。
「君…その言葉、本気で実行する気があるなら、次はリボンでも巻いてから来るんだね」
「え、あっ、ちょ…ヒバリさんっ!?」
何か言おうとした沢田の声を遮って、ぴしゃりと扉をしめてやると、まるで見ていたかのようなタイミングで雲雀のケータイがメッセージの受信を告げた。
『今年のプレゼントは、ボンゴレの自信作だゾ』
再び、雲雀の脳裏にあの赤ん坊の顔が過る。
『悪趣味。余計なお世話だよ』
あまりにもムカついたので、返信を打ち込んで、雲雀はそのままケータイの電源を落とした。
唇に軽く触れると、しっとりと濡れている。
舌先には、口内の柔らかさと、彼が直前まで食べていたクッキーの甘さがわずかに残っている。
次に会う時には、彼はどんな顔をして現れるのだろうか。
それを考えると、腹立たしさはほんの少しだけ和らいだのだった。