「あの、さ。遊園地行かない?」
あくまでも、声が弾まないようにさりげなく。指の間に挟んで存在を見せつけるようにひらりとチケットを揺らして見せる。長方形の柔らかな紙はへにゃりと二人の間で倒れた。
「遊園地?」
「そう。草薙さんから優待券もらったんだ」
尊の説明に鳩が豆鉄砲を食ったような、そんな顔をして、漆喰の瞳を瞬かせる。長い睫毛を何度も震わせるように双眸の開閉を繰り返した後、了見は苦虫を噛み潰したような微妙な顔をした。どう見ても、その表情はどう見ても歓喜に沸いているとは言い難い。
誘ったことが煩わしかったのだろうか。ああ、考えてみれば落ち着き払っているこの男がテーマパークが好きそうな性分だとも思えない。
「ごめん。興味がないんだったら別にいいんだけど」
「お前は誘う相手を間違えていないか?」
諦めるようにチケットを持った手を下げる途中で鼓膜を震わせた、冷気のこもる声に、尊は固まった。すかさず振り仰ぐように顎を上げれば、僅かに眉間に皺を寄せている。苛立ちでもなく、躊躇いがちにすら見える遠慮じみたその表情は紛うことなく訝しんでいるようだ。
その態度に尊の中には泡立てられた石鹸液のように沢山の疑問符が溢れ出す。純粋なる疑念に目を瞬かせながら尊は睨むように見つめ返した。
「は? 僕はお前のこと誘ってるんだけど」
「何故?」
「はあ?」
逆に問い返されて、尊は素っ頓狂な声を上げて、顔を顰めた。目の前の男が口にする言葉がまるで同じ言語とは思えないほどに、疎通が捗らない。
一方で、心底不可解だと言わんばかりに了見は色素の薄い瞳で尊を直視していた。そこには一切の淀みもなく、ただ純粋な疑念ばかりを湛えている。本当に、理解が出来ないと言わんばかりの態度はあまりに大きな価値観の差異だ。
「僕とお前は恋人じゃん。恋人を誘うことに理由って必要?」
呆れと共に徒労感にも似た思いに取り憑かれながら小首を傾げて見せてやる。この男の考える恋人関係とは一体何なのだろう。
と胸を突かれた様子で、ほんの僅か目を見開いた了見はほうっと小さく息を吐いた。
「そう、か」
まるで今初めて気づいたとでも言うように、了見はどこか人ごとのように声を転がす。その態度がひどく癪に触るのだ。唇をへの字に折り曲げる尊のチケットを掴む指に自然と力が籠る。
なんだか、自分ばかりが期待しているみたいで嫌な気持ちになる。腹の奥に澱のような淀んだ何かが沈み、むっと顔を顰めた。
「嫌ならお前の言うように別の人誘うけど」
「嫌、ではないが」
不機嫌さを微塵も隠そうとしない低い声で言い放てば、了見はぎこちなくではあるが、左右に首を振った。依然として、その表情は戸惑いに満ちているが、拒絶の色を瞳には宿していない。
「なら、決定。来週の土曜日、予定ある?」
「いや」
「それなら、土曜日の朝8時に駅で間に合わせだから!」
怒声にも近いその声を放ったのは、半ば意地に近い。けれど、このまま引くのはこの男の考えに負けたような気がして、尊はチケットの一枚を突きつけるように了見の胸に押し付けた。