巳の刻も終わろうとしている時分。
執務を補佐していた門弟達に早めの昼休憩を指示し、彼等に恭しく見送られ藍忘機は一室をあとにした。
風と水の音以外しない静かな長い廊下を渡り、静室を目指す途中で厨房に寄る。忙しなく昼餉の準備を進めている家僕達は藍忘機のような身分の高い者が本来寄り付きもしない場所へ現れたことに対し微塵も驚かず、温かい笑顔で出迎えた。ここ数年、藍忘機の訪問はおろか彼自身が調理する様をはらはらと見守り続けた家僕達は、この場においては異質な存在へすっかり慣れてしまっているのだ。
厨房で一番の年嵩の者が進み出て顔の皺を深くしながら拱手し、用意してあった漆黒の箱を丁寧に手渡す。
「本日は良い林檎が手に入りましたので、多めに剥いてあります」
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