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    つづき

    ##ミラプト

    酒のやつ 02レイスはクリプトにどうやって交渉したのか。
    酒場での話から2日と経たずにミラージュのスケジュールに日程が記載され、いつの間にか往復路のチケットがポストにねじ込まれ、ご丁寧にルートから離発着の時間からまとめられた資料が捨てアドレスから届いていたんだから、感心を通り越して不気味である。資料には集合時間が記載されていることからして、クリプトはどうやら同行にOKを出したらしい。
    恋人のお願いは聞いてくれないのに、同僚の依頼は引き受けるのか。ミラージュはますます面白くない気分を大きく膨らませながらクリプトと落ち合い、道を間違えたりしながら何とか現地へと向かったのであった。
    予想通り、道中の雰囲気はいいものではなかった。レイスの顔を立てるべく、努めて明るく振る舞い話題も投げかけてはいるのだが、クリプトはと言えば一向にこちらを見ない。返事も上の空だったり、詰まっていたりで散々だ。おまけに少しでも目が合えばすぐに逸らされる。そんなにそばにいたくないのかとつまらない気持ちで何となく距離を取れば、ほんの少し離れただけで睨みつけられ、姿が見えなくなろうものならすぐさまドローンの羽音が聞こえ、人混みの向こうから鬼の形相のクリプトが現れるときた。全くもって真意が読めす、ミラージュは困惑するしかなかった。
    「なあ、おい、クリプちゃん?おっさんからしたら確かに俺はヤングだが、常にお目付けしてなきゃいけないほどベイビーでもないぜ」
    「………」
    自分とは違う、艶とコシのある、ほんのり痛んだ髪質。知識として知ってはいたものの、実際に指通りを試してみて、その毛質の違いに驚いたのはどれくらい昔のことだったか。あれだけしつこく言っても、ミラージュが用意したクリプト用のコンディショナーを数回しか試していないようだ。つぶさに観察して逡巡できるほどの時間、ミラージュはクリプトの横顔を見つめていた。前髪越しの瞳がこちらを見るまで粘り強く返答を待っていると、不意に胸元の端末がメッセージの着信を知らせる。この遠征中にたびたび起こることだ。しばらく無視してクリプトを見つめ続けていると、再び端末が震える。憮然とした表情でミラージュはメッセージを開いてみると、案の定目の前の男からだった。
    「『知ってる』、それから『見過ぎだ』、ね……。」
    ちらとクリプトを見やるも、当の本人はシラッとした様子で前だけを見つめている。
    「人と話すときは目を見ながらっていうのが一般的なマナーだぜ。知ってたか?物知り爺さん」
    はぁ、とため息をついて、道ゆく人々へ目を向けた。どうやらこの辺りはそれなりのリゾートなのか、楽しそうな笑顔や笑い声に溢れていた。それなのに、自分は恋人と2人、目も合わせずにそこそこの速度で街道を爆進している(クリプトは歩くのが早くて、のんびりしたいミラージュは少し苦労していた)。余計、自分達の状況が悲しいものに思えてきた。すると、ポツリとクリプトが「知ってる」とこぼすのが聞こえた。目を見て話すがマナーと知っているのに、どうやらミラージュとは目を合わせて喋るつもりがないようだった。
    こうなると、ミラージュは今すぐ地球が自転を早めるか、急遽目的地が地面から生えてくるか、何でもいいからとにかく今2人きりでいるこの時間が一刻も早く終わることを祈ることしかできなくなった。進路変更があるときなど、要所要所でチラリとクリプトがこちらを見てくることに気が付いてはいたが、意趣返しにミラージュは努めて前だけを見つめるようにした。これくらい許されるだろうと思った。すると、クリプトは幾許かホッとした様子を見せるので、ミラージュはクリプトが実は中身まで機械化していて、今はコミュニケーションツールにバグが起きてるからつれない態度が親愛の証になっているのだとか、そもクリプトはこういう強い当たりをこそ愛情表現だと思ってるのかもしれないな、いやそうするとあのファーストコンタクトの当たりは逸そ露出狂じみた意味合いを持ってくるな、など、取り止めのないことを考えることで、暴れ出しそうになる黒い気持ちを何とかやり過ごし、目的の店に辿り着いたのだった。

    希少な酒にもかかわらず、まずまずの量を手に入れることができた。荷物を仮宿に運びこみ、液体の重さに痺れる腕を伸ばしながら、同伴がクリプトでよかったと荷物の量を見て改めて思った。腐ってもレジェンドのクリプトは、ミラージュと比較して細い腕をしているものの、さして重たがる様子もなく同じくらいの荷物を一緒に運んでくれた。おかげで帰り道に露天で珍しい食材を買うこともでき、ミラージュの機嫌は上々と言ったところだった。玄関に置き去りにした荷物をクリプトが運び込んでいるのを眺めつつ、ミラージュは今回の依頼人に電話をかけた。数コールもせぬうち、わかっていたかのように応答するレイスの言葉を待つまでもなく、ミラージュはすぐさま口火を切った。
    「よぉ、占い師さん。喜べよ?ミラージュ様がやってのけたんだからな」
    「よかった。無事に手に入ったのね?」
    「ああ!他にもいい店があったんだ。店の通りを少し抜けた先に露天が出ててさ、そこでいくらか食材も買えたぜ。宿にキッチンもついてるとくれば、ミラージュキッチンの開業ってわけさ」
    「そう。それは素敵ね。ところでミラージュ、テイスティングはした?」
    「テイスティング?」
    「お願いしたお酒、希少だから粗悪な複製品もあるみたいなの。悪いんだけど、空けてみてくれないかしら」
    「おいおい……俺が飲んだってわかんないと思うぜ。なんせ元も知らないしな」
    「言ったでしょう、粗悪なの。いくらか飲めばすぐにわかるわ。悪いんだけれど、よろしくね」
    それだけいうと、電話は切れてしまった。わがままな奴が多くて嫌になっちまうぜ、と独りごちながら、ミラージュは一番近くにあった酒の封を切り、ぐいと中身を煽った。
    ミラージュは目を見張ると、なぜこの酒が希少なのかがよくわかった。飲みやすく、香りが良く、主張はするが、後に引かない。それなりのアルコール数はあったはずだが、それを感じさせることもない。あまりの美味しさに、ミラージュは思わず笑いと驚きが溢れてしまった。再度一口煽れば、まろやかな口当たりと共に、ふわりとした香りがさっと鼻を抜けていく。再び思わず笑いを浮かべていると、荷物を運んでいたクリプトが訝しげに様子を伺っているのに気が付いた。目を合わせない口実に食材を広げながら、ミラージュはクリプトに声をかけた。
    「おい、クリプト。すごいぞ。お前も飲めよ」
    「……いいのか?」
    「テイスティングはオーナーのご命令だからな、気にするな。粗悪品があるだかで絶対チェックしてほしいんだってよ。で、俺は言ったわけだ。ちゃんとした味なんてわかんねぇって。するとレイスはこう返す。飲んでみたらわかるわよって。それでグイッ。俺はこれが正規品だと知った。わかるか?それぐらいすごいんだよ。いいから飲めって」
    クリプトはなおもしばらく渋っていたが、やはり好奇心には勝てなかったようで、ついにはちろりと酒を舐めた。衝撃を受けた顔、何が起きたかわからない顔、そしてじっと酒を見つめ、明かりに透かし(何を疑ってるんだ)、そしてさらにもう一口……。相変わらずの難しい顔をしてはいるが、口元はすっかり綻んでいた。
    「何だこれは」
    「な?な?すごいだろ?!」
    「いや……確かにすごい。希少と言われる割に生産量が多いなと思ってはいたんだが……」
    「きっと皆すぐ飲んじまうから市場に出回らないんだ。ああ、本当にうまいな。んん、いい酒だ」
    「こうなると、むしろ粗悪品がどんな味をしているのか気になってくる」
    「おぉーっ。ひねくれ爺さんここに極まれり、だな」
    話をしている間にも、すいすいと酒が進んでしまう。気付けばクリプトも作業を中断することにしたようで、キッチンの縁に尻を預け、勝手にナッツ類を開けてはちまちまと口に運んでいた。
    今封を切った酒は全部開けてしまうこととして、ミラージュは腕まくりをしながら調理器具を手に取った。
    「なあ、おい、どんなつまみが合うと思う?」
    「肉」
    「お前はすぐそれだな。順序ってもんがだなぁ」
    「いやでも……なんでも合いそうだな。お前の手に持っている食材はなんだ?変にグロテスクだ」
    「だろ?俺も何だかわかんないんだよな。フルーツにも見えるが、トロピカルな魚にも見える。フ〜ン。カラフルでかっこいいから買ったんだ」
    「うまそうだからじゃないのか」
    「エンターテイメントには、時に変わり種が必要なのさ」
    「お前はいつでも変わっているんだから、かえって普通が変わり種だろ」
    かつてのように軽快な応酬を重ねながらも、相変わらずクリプトと視線が交わることはなかった。ふと心に靄がかかることに気が付きながら、ミラージュは専属占い師の言いつけを思い出し、ぐっと言葉にするのを堪えた。何や言いたげなうめき声は漏れてしまったものの、丁度手に持ったカラフルな物に包丁を突き立てたのと時を同じくしていたため、運良くそちらへの感想と思われたようだった。実際、カラフルな物も中から蛍光色のドロドロしたものを出したので、今回のことがなかったとしても同じような声は漏れたことだろう。
    「なんだ……本当に食べ物か?」
    「海が近いし、気候は温暖だし、まあ多少はこう言うもんなんじゃないのか?俺は何より、ここまできても果物か魚か判断がつかないところが恐ろしいぜ。
     なぁ、爺さんよ。お前は噂によっちゃちいと機械に詳しいみたいだが、調べてみるなんてことはしてくれるなよ。こういう出会いは驚きが大切なんだ。何事もな」
    クリプトは呆れたような笑いをひとつこぼすと、再び酒を手に取った。この瓶を空ける予定と決まってからは、遠慮など捨てたようだった。これでも瓶ごと持っていかないのだから、チャンスはまだある。ミラージュはひとまず調理に集中することにして、気まぐれな恋人が急に我に返って離席するなど言い出さないよう、努めて現状目の前にあるものだけに話題を絞った。最近の不審な態度を問い正すには、まだもう少しクリプトの壁を壊さなければならないと、直近数日間の手痛い失敗により身を持って知っていたからだ。
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