過去も想い出も一緒に食っちまおうぜ「さざなみ、この赤いひとよく見るのですけどクリスマスと何か関係あるんですか」
これを言われたとき、オレは古典的にずっこけそうになった。
季節はすっかり冬で、気温は一桁台が日常化していき、吐いた息がすっかり白くなった12月。
リハビリがてら散歩というか。気取った、少しの期待を込めた言い方を許してもらえるのなら、デートしていたときのことだった。
街中はいつのまにか赤や白、または緑に彩られ、あたりには軽快なクリスマスソングのイントロが流れている。夢みたいに平和そのものの世界だった。
そんななか、デフォルメされたサンタクロースを指しながら要は不思議そうな顔をしていた。
「嘘だろ……」
「今すごく失礼なこと考えましたね。さざなみの考えることくらいぼくにはお見通しなのですよ」
えっへんと胸を張って得意げな要をまじまじと見てしまう。
忘れがちだけどオレと要は同級生であり、同い年だ。ならあとひとつで二十歳を迎える人間の言動なのだ、これは。
嘘だろ……と呟いてしまうのも無理はない。こんなことあるか?と誰にともなく問いただしたくなってしまう。
「言っとくけど、見たことくらいはあるのですよ」
「はぁ」
「この季節によく見るのです。それくらいはわかります」
「逆に言うとそれ以外わからない、と」
「ぼくにわからないことはありません。……と以前のぼくなら言っていたかもしれません。そのせいでずっと聞けずにいました」
「あんたのプライドの高さもそこまでいけば難儀だろもう」
「で、でも。さざなみなら馬鹿にしないでしょう?」
オレより高い要が、視線を少し下に向ける。オレに向ける。
純粋な期待。そして信頼。どこまでもまっすぐなあんたはいつになっても健在らしい。
「えっとだな……。その赤いひとはサンタクロースって言って……いい子にプレゼントを配る……なんだ?えっと……じいさんだ」
「さざなみ」
「なんだよ」
「さざなみももしかしてよく知らないんじゃないんですか」
そんなわけがない。何年アイドルやってると思ってるんだ。
そんな言葉が脳裏をよぎる。強がりでもない軽口。
かわそうと思えばいくらでもかわせる。適当な説明をして、エンターティナーとしてファンを楽しませることだけに徹することだってできる。
だけど、それはなんとなく不誠実だと思った。初めて、思った。まっすぐにオレに聞くあんたに適当な答えを返したくはなかった。
だけど、要がわからないことを、きっとオレもわからない。オレは答えを明確には持っていない。
クリスマスにサンタクロースとやらにもらったゲームやら漫画やら玩具やらを見せびらかすクラスメイトを、オレはどこか遠くの世界のものとして見ていた。
サンタクロースだか、親だか、なんてどうでもいい。誰から貰ったかなんて知ったこっちゃない。
オレの家には来なかった。朝見たらプレゼントが置かれていたことなんて、なかった。
普段与えられない周りの言う『楽しいもの』が、クリスマスだからと言ってオレのもとにくるはずなんてない。ただただアイドルにさせるために、それ以外のものは排除されてきた。
だけど、それだけでオレは『わるいこ』になってしまう。『いいこ』なら貰えたプレゼント。それを貰えない『わるいこ』。居ることが許されない子。クリスマスの浮かれた空気にひとり取り残されていく、子。
「さざなみ。怖い顔をしているのです。眉間にすごいシワが寄っているのです。こわいのですよ?アイドルならそんな顔はしないほうがいいのです。目付きの鋭さも相俟って結構ひどい顔です」
「そんなにか?」
「はい」
「即答かよ」
「ほんとにひどい顔してますから。……もしかしてさざなみにとって赤いひとのことは嫌なことでしたか」
「嫌なことっつーか。まぁ……オレが『いいこ』じゃなかった。だから『いいこ』にプレゼントを配る存在が来たことないんだよ。ごめんな。満足いく説明ができなくて」
街中に溢れるクリスマスソングのイントロも、もみの木も、はしゃぐガキの声も、全部「あたたかいもの」なはずなのに、妙に冷たくて避けたくなる。
目に入れるのもやめて、ここから抜け出したくなる。
クリスマスの説明だったらいくらでもできたのに、よりにもよってサンタクロースの説明を求められた。動揺していた。オレはこんなことじゃ動揺しなかったのに、要のまっすぐな丸い瞳にあてられる。
どこまでも愚直で、ごまかしを知らない目。不器用で、誠実な金色の瞳。
「さざなみ」
「なんだよ」
「ぼくは『わるいこ』ですか」
「えっ……?あ、違うんじゃね?全体的にいい子だと思うけど」
「さんたくろーすとやらは『いいこ』にプレゼントをくれるのですよね」
「まあ……」
「ぼくは貰ったことなどないのです。赤いひとから『いいこ』だねと言ってもらったこともなければ、プレゼントも貰ってないのです」
「……」
「ねぇ、さざなみ。ぼくはまだ知らないことがいっぱいあります。だけどこの赤いひとがぼくたちの価値を決められるとも思えないのですよ。ぼくもさざなみもこの赤いひとに面識はありません」
サンタクロースなんてものは概念で、実在すらよくわからなくて、なのに子どもを選別して回っている。
『よいこ』にはプレゼントをふるまい、『わるいこ』には何も与えられない。
残酷的な行為を、している。
オレには要のように言い切ることはできなかった。ただ、落胆を抱えながら諦めているだけだった。
恨んでなどはいないけれど、どこか寂しかった。
「要って変なところ強いよな」
「ぼくはいつでも強いのです。来年こそ腕相撲で勝ちます」
「それは無理だろ」
「なんでですか」
「いや……、まぁいいんだけど。目標は高くても」
単純な力比べでもなく、要は今でもリハビリをしている。そんな日常生活すら危ういやつがオレに腕相撲で勝つのはちょっとした夢物語ではある。
「負けるつもりはないからな」
だけど、勝負を受けたなら真摯に返す。それがスポーツマンシップというものかもしれない。フェアでいたい。
「要。ケーキ買って帰ろ」
歩いて行った先の適当なケーキ屋を指差す。予約とかしてないけど買えっかな。
「好きなの選んでいいですか」
「そんな種類あるかわかんねぇけどな」
目を輝かせ、何にしようかと要はディスプレイに張り付いた。
大きな苺のうえに、サンタクロースのマジパンが乗ってる、4号のホールケーキが目に入る。
『だけどこの赤いひとがぼくたちの価値を決められるとも思えないのですよ。ぼくもさざなみもこの赤いひとに面識はありません』
要の言葉が反響する。
オレは小さくデコレーションされているサンタクロースのマジパンに目をやった。
あんたのこと、サンタクロースのことはよく知らねぇけどあんたにオレたちの評価をさせるなんてまっぴらごめんだね。
何も知らない、話したこともない、幼稚園に先生が読み聞かせた絵本でしか見たこともないあんたに。ただの赤い服を着ているだけの何も関係がないじいさんに。
要がくれた言葉は不思議とオレに勇気とあたたかいものを与えてくれた。
初めてだった。そう思えたのは。
「さざなみ、これがいいです。いちごもいっぱい乗ってるのです」
「いいな」
「でしょう!ぼくの選択に間違いはないのです」
ケーキを店員さんに言って箱詰めしてもらう。
ポピュラーなタイプのショートケーキ。生クリームと、いちごと、サンタクロース。
それを見てオレは全部食べてしまおうと思ったね。
『いいこ』も『わるいこ』もいない。勝手に評価するやつなんてごめんだ。
「要。サンタクロースはな、食べるものなんだ」
ケーキに乗せられた、クリスマスを象徴する赤いじいさん。
食っちまおうぜ。全部。
「これ、食べられるのですか?」
「ああ」
馬鹿みたいだと思うなら笑えばいい。
噛み砕いて、味わって、ただの砂糖菓子になった赤い塊にしよう。
誰かの評価に縛られて生きるのなんてまっぴらごめんですからねぇ。
そして、噛み砕いたクリスマスを、あんたとおいしいねと笑えるならそれ以上のものはないから。
だから。要。Merry Xmas。今夜はいい夜になるかもな。