蝋梅と白檀がお酒飲む話 いつも通りの晩酌に変わった品を持ち込んだのは、白檀だった。
「ウイスキー?」
「そう。舶来品ですぜ」
「こんなもの、どこから」
「あーしが今日現世にちょっと出かけて、そこの酒屋で見つけてきたんですぜ」
「ふーん。美味しいの? これ」
透明の瓶に入った琥珀色の液体を揺らす。瓶の蓋を開けると、瑞香町では嗅ぎ慣れない不思議な匂いがした。
「オレはいいかな」
「えー、なんでですかい。もったいない」
「だって……」
ここに香る匂いではないものを受け入れるには、自分たちは少し歳を取りすぎている。新しいものなんて目下この街にはない。
「いいじゃないですか、まあ、一杯」
白檀は既に切子のグラスにそれを注ぎ、ぺろりと舐めてみせた。
「おお、辛い。ね、ね、お前も少し」
そう言ってグラスに注がれては、もう逃げ場は残されていなかった。仕方なくそれに手を伸ばし、恐る恐る口をつけてみる。外つ国の匂いだ、と思った。少し辛口なのだろうか、ウイスキーの味にはとんと詳しくないが、じんわりと舌に染み込む感覚はアルコールの辛さを訴えた。
「……ふうん」
「悪くはない味でしょう? たまにはこうして違う味を楽しむのも」
白檀はそう言って手の中のグラスを見つめた。
「このウイスキーがここに来るまで、どんな人の手を渡ったんすかねえ」
「……」
「お前はどうやって造られてきたんだろうねえ」
その目はどこか過去を懐かしむようだった。過ぎたことに目を向けるのは、彼の役目だ。オレがすべきは行先を見つめることだった。
新しいものは怖い。未来にどんな影響を及ぼすかわからない。オレが願うのはこの街が末長く続くこと。誰も夫々に願う未来を見せること。
でも、たまには……。
「悪くないかもな。わからないことを楽しむのも」
「え? 何か言いました?」
「何も。ウイスキー、ありがとう」
そう言うと白檀はいたずらが成功した子供のように笑った。
その後、慣れないウイスキーを一瓶も空けて二人とも酔い潰れたのは、言うまでもない。