明日は午後からで。「誠司さんがこんな時間まで起きないなんて珍しいですね…」
微睡む意識の中聞こえてきた声に少し意識が浮上する。
「プロデューサーも言ってただろ、最近仕事詰め過ぎたって。」
昨日も起きて待ってようと思ったんだけどよ…と少しばつが悪そうな声でそう答える姿に、気にせずともいいんだがと心の中で返事をする。
ここ数日ソロでの仕事が立て込んでしまい、プロデューサーさんには土下座しそうな勢いで謝られたが、それに問題ないと答えたのは自分だ。疲労感はあったがその分達成感や充足感も得られた。ただ、2人とすれ違い生活になってしまったことに寂しい気持ちを覚えたくらいで。
そんな中てっぺんをとうに越えて帰宅すると、ベッドのなぜかそれぞれ端で寝ていた2人に喧嘩でもしたのか?と首を傾げつつ、空いているならとそっと真ん中に滑り込んだのだが。
「今日はプロデューサーさんのおかげで3人でオフですし、もう少しゆっくり寝ません?」
「うーん…でも洗濯物とか溜まってんだよな…」
「いい天気ですし後でもいいですって!」
「龍!声でけえって!」
両側から聞こえるだんだん大きくなる声に意識はとうにはっきりしていて。ハッと息をのむ声が聞こえたところで笑い声が漏れてしまう。
「朝から元気だな、2人とも。」
「ほら、起きちゃったじゃねえか。」
「うっ…すいません、誠司さん…」
大分近くから声が聞こえるなと思っていたが、2人に隙間なく挟まれていて納得する。
垂れ下がった耳が見えるような気がする龍の頭を気にするなとポンポンと叩き、英雄の方を向く。
「こんなにいい天気なんだ、あとでみんなでやればすぐ終わるだろう。」
「それはそうだけどよ…」
そういうと頬に添えられた手に不思議に思っていると目元を親指でなぞられる。
「隈、あんま消えてねえし…信玄には今日はゆっくりして欲しかったんだ。」
「英雄…」
あんま無理すんなと抱き込まれた頭に温かい気持ちになりながら、腰に腕を回す。
すると勢いよく腰に抱きつかれ、その衝撃が英雄まで伝わったのかうおっと声が漏れる。
「今日は俺と英雄さんでめいっぱい誠司さんを甘やかしますから!」
「それは頑張ったかいがあったな?」
「覚悟しろよ?」
言葉と共に額に感じた温かい熱に少し照れくさくなりながら顔を上げると、楽しそうに笑う姿があった。
それからというと、結局いつまで経っても起きる気配のない龍を英雄が叩き起こし、信玄は寝てていいからなと龍を引っ張っていき朝食を作ってくれた。
「朝から英雄さんには怒られるし、昨日セットしておいた米は炊けてないし…ついてない…でもパンもおいしい…」
「まったく…ほら、口の横ついてるぞ。」
もそもそと目玉焼きの乗った食パンを食べる龍の口元を拭っている姿はまさに兄といった感じだ。久々に見る2人のそんな姿に癒されつつ自身も食べ進める。
「今日は俺と英雄さんで全部家事やるので、誠司さんは手出し無用ですからね!」
「ん?全部?」
「はい!全部です。」
「さすがにそれは…」
いくら休んでろと言われても、2人は働いているのに自分だけゆっくりするのも居心地が悪い。
「そう言うだろうと思ったけど…信玄、少しは俺達を頼ってくれよな。」
そう眉を下げる英雄に首を振る。
「2人を頼りにしていないわけじゃないんだ。体を休めることも大事だが、自分は2人と一緒にすることなら何も苦にはならない。」
「誠司さん…」
「仲間外れにせず、一緒にやらせてはくれないだろうか。」
そう問い掛けると言い方がずるいんだよなと笑われる。
「じゃあ信玄は俺らの補佐!それでいいだろ?」
「もちろんだ。ありがとう英雄。」
「そうと決まれば早く食べて取り掛かりましょ!正直俺らも最近手を抜きがちだったので、だいぶ溜まってます!」
「言わなくていいそれは!」
~*~*~*~
「誠司さーん!お待たせしました!」
「洗濯物は干し終わったのか?」
「ばっちりです!」
そう敬礼をビシッと決めると、昨日までの洗濯物を畳んでいた俺の隣に座り、同様に洗濯物に手を伸ばす。
「英雄は?」
「買い出しに行きました。手伝うって言ったんですけど、ちょっとだから任せろって言ってました。」
「そうか…ではその間に残りは片付けておいてしまおう。」
「了解です!」
と2人で他愛のない会話をしながら山のような洗濯物を畳んでいく。2人は自分の事ばかり言ってくるが、それなりにそちらも忙しかったのではないだろうか。
「なんか、洗濯物畳むのって一緒に暮らしてる実感があっていいですよね~」
これは英雄さんのパンツ、と呟いて畳み、それぞれの山に分けておいていく。
「最初は結構恥ずかしかったんですよ、洗濯するのもされるのも。」
「それはもちろん自分もそうだ。」
「今でこそ普通に畳めますけど、2人のパンツとか畳むの毎回決死の覚悟でやってました。」
「そこまで恥ずかしがられると複雑だな。」
苦笑しつつそう言うと、作業する手を止めてこちらを見つめてくる。
「…好きな人の、ですから。フクザツな気分にも、なります!」
「っ、」
言ってて恥ずかしくなったのか真っ赤になっていく顔に笑みを零していると、腕を掴まれそのまま横に体を倒される。龍の上に覆いかぶさる前に咄嗟に手をついて自分の体を支える。
「別にそのまま倒れてくれても大丈夫ですよ。」
「万が一ってことがあるだろう。自分の図体の大きさは自覚しているつもりだ。」
覆いかぶさった下でちょっと不満そうにこちらを見つめる姿にそう言うが、伸ばされた腕に仕方ないなとゆっくり体を預けると、向かい合うように寝転がった。
「今はもう洗濯物くらいじゃ何ともないですけど、今でも変わらず、隣にいればドキドキします。」
背中に回された腕でギュッと抱き締められつつ、そう耳元で囁かれる。それはこちらのセリフである。
「洗濯物、いいのか?」
「もうちょっとだけ…朝、誠司さんと英雄さんばっかりずるいじゃないですか。俺の胸も貸します!」
お疲れ様です、とポンポンと撫でられる頭にたまには悪くないと目を閉じる。
「それなら、少しだけ。」
「どーんとどうぞ!」
そう笑うと、抱き締める力が強くなった。
~*~*~*~
「あれ、龍寝ちまったのか…これ、信玄の分。」
「ありがとう。今日は大分働いてもらったからな。」
英雄からマグを受け取り、クッションを置いた膝の上で気持ちよさそうに寝る龍に目を向ける。
「夕飯の米に大喜びだし、食ったらすぐ寝るし…本人はすぐ子ども扱いするなって言うけどよ…」
「素直なのはいいことだな。」
「そういうことか?」
そうは言いながらも隣から龍を見つめる英雄の顔はとても優しいものだった。
「今日はありがとう。2人だって忙しかったんじゃないか?」
「あ~…まあ、いつもよりは。でもこんなきっかけがないとお前、俺達のことばっかりになるから。」
先手を打っとかないと、信玄の方が手際がいいから…と拗ねたように呟く。それは2人の手際が悪いという事ではなく、経験値の差という奴だろう。そう思ったものの、それは口には出さずにマグに口を付ける。
「…はちみつ?」
「そう。やっぱ疲れてる時には甘いもの、だろ?」
「さすが英雄だな。」
ほのかな甘さが体に染み渡る。ほっと一息ついていると、テーブルにある英雄のスマホが鳴る。
「ん…?プロデューサーだな…」
そう呟きながらスマホを手に取って操作をすると、ピシリと固まる。
「英雄?何か急ぎか?」
「…はぁー…いや、明日は午後からユニットでの打ち合わせだけでいいってよ。3人とも。」
「?そうか、そういえばあとで連絡すると言っていたな…で、なんでそんなに渋い顔なんだ?」
「…ん。」
そう見せられた画面には今言われた明日の連絡と、もう一文。
『だから明日の事はお気になさらず!夜は長いよ!ごゆっくり!』
「…これは…はは…」
「あの人、デリカシーって言葉知らないのか?」
「んー…?あれ、俺寝ちゃってました…?いてっ!」
目を覚まし龍の上げた頭に、丁度あった俺の持っていたスマホの角が当たる。
「す、すまない龍。大丈夫か?」
「大丈夫です…目が覚めました…」
特に傷はないようだなとぶつけた箇所を撫でていると、手放したスマホが龍の目にも入ったようだった。
「…プロデューサーさんって、一言余計ですよね。」
「まったくだな…まあでも、気を遣ってくれてるのは確かだからな。」
そう言うと、なぜか2人で頷き合っている。
「ね、誠司さん!」
「まだ甘え足りないだろ?」
と笑う2人に、この後どうなったかはお察しの通りってやつだ。
翌日元気な俺達と誰かに告げ口されたのかデリカシーなくてすいません!と土下座するプロデューサーさんがいたとかいないとか。