両手剣が大きく振り下ろされて、男の体重も乗ったそれをぎりぎりで受け止めずにいなす。真正面から受け止めたわけでもないのに重みで腕がしびれるほど、相手の一撃は重い。大きな動作のわりに隙がないため何度界しても距離は保たれたままであり、出血するような傷は受けていないものの形勢としては押されていると言えるだろう。実直な積み重ねを感じさせる堅実な剣捌きと同様に、当人も集中力を欠くことなく着実に体力を削り長期戦の上で勝ち取るつもりのようだ。
正直マユミにとってやりづらい相手だが、ひとつ勝機があるとすれば"その隙のなさ”だろう。また一歩後ずさると、「マユミくん」と場に似つかわしくないやわらかな声が名前を呼んだ。
反射的に相手の正面から体をずらすと同時に、ひゅ、と風を裂く音と共に目に前を何かが横切る。遅れて電流が流れるような鋭い痛みが頬に起こり、さらに一拍遅れて飛来した二つ目が案外と軽い音を立てて相手の肩に突き刺さった。状況を掴めていない男が目を見開くが、この時点で勝負は決している。崩れた重心のまま体をひねって腹を切りつけると、生暖かい液体が自らの腕にも降りかかった。
「もう、遅いよマユミくん。次の報酬四割くれるよね」「俺の類も切れてる。なしだ」
「あのままずっとやってたら頬だけじゃ済まなかったでしょ」
「……一割」
「三割五分」
「…………二割だ。軟代は除かせてもらう」
提示額の半分になったわりには満足げに口角を上げるモモヒトを睨むと、なにも響いた様子はないままにこやかに小首をかしげてみせる。そのまま自い指が伸びてきて頬に触れると、無遠慮に傷口を広げるように皮膚が伸ばされ鈍い痛みが走った。
「あれ、案外浅いね。もっといくかと思った」
「まず避けなきゃならないコースで投げるのをやめろ」
「うーん、考えとくね」
細い手首をつかもうとするとそれをひらりとすり抜けて、もう腕の届かないところに立っている。結局、ああいった型にはまった相手にはモモヒトのようなイレギュラーな動きをぶつけるのが一番なのだ。そうわかってはいつつもマユミにも教え込まれてきた型や理論があって、それを下手に変えると自らに隙を作るだけになってしまう。知っているルールの中で対応すると先ほども一進一退、どころか二退のままじりじりと体力と集中力を削られていただろう。不本意ながら様々な武術や文化を天性のセンスで入り混ぜた動きをするモモヒトの急襲に助けられたことは認めざるを得ない。
腱を切ったことで動けずいる男の肩、突き刺さったチャクラムのすぐ横をモモヒトが蹴り飛ばして地面に転がす。肩を片足で踏みつけると、そのままチャクラムの内輪に手をかけ無造作に引き抜いた。抜くときに新しく肉を裂かれたことで喉をつぶしたような堪えきれなかった悲鳴が男から滑れるが、それには興味がないといったふうに背を向けチャクラムを軽く回して付着した血をとばしている。
傷口を塞いでいたものが抜けたせいで男は衣類を染める出血を起こしており、男の服を裂くと傷口に押し当てきつく縛ることで簡易な止血を行う。確かな腕とそれなりの装備品を見るとあっさり殺してしまうよりも、情報収集と買収とを行う価値があると見て生かして連れ帰りたい。男も自害するほど自軍への執着はないのか、おとなしくされるがままになっている。
「変なのに当たるなんて運が悪かったな。お前の剣捌きは良いものだった」
「ちょっとマユミくん、変なのは失礼でしょ。殺し合いに流儀も礼儀もないんだし」
「あるやつもいるんだ。……シュウに連絡は取ったか」「ううん、してない」
自らこまめに連絡をしているとは思わないながらに一応聞いてみたが、想定通りの答えで嘆息しつつ無線機に手を伸ばす。ざらついた音になって聞こえる青さの残る声に端的に報告した。
「マユミだ、2時方向にて敵兵を確保。そっちはどうだ」「4時方向会敵なし。今から向かうんで待機しててください」
「承知した」
後ろ手に縛った男から目を離さないまま、しばしの暇に息をつく。一部が崩れた廃屋の壁にもたれかかると、寄ってきた来た百々人が自くしなやかな腕を首に絡めて指の背でのどぼとけをくすぐる。吐息を含んだ無邪気な声音が耳元でささやいた。
「ね、戦り合えるやついなかったから物足りないんだよね。待ってる間にしちゃおうよ」
「しない。あいつから目を離すつもりはないぞ」
「じゃあ手だけでいいよ。貸して」
そのまま立っているだけで応じないマユミの足に自らの足も絡めて、その腿で股座を擦り上げられる。身をよじって逃れるが頭は腕に絡めとられており、頬の肉を甘噛みの前歯が掠める。
「どうせそれだけで終わるつもりはないだろう。するなら戻ってからだ」
「えー。つれないなあ、戻ってからって何時になるの」
不機嫌に口を尖らせた百々人はそれでも仕方なく腕を離すと、ぐりぐりと肩を頭で押してくる。甘えるというよりは力が強くて骨が痛いが、とりあえずは諦めてくれたようだ。
鬱陶しい絡みととらえた男からのなんともいえない視線を受け流していると、低く震えるエンジン音が遠くに聞こえた。高台から合図をするかと壁から離れると、ぐいと腕を引かれて再び壁に戻される。
「帰ったらたくさんしょーね」
とろけるような甘い声が耳元でささやくと、べろりと耳界の中を舐められる。
思わず耳を押さえるマユミにモモヒトがしたり顔で「約束ね」と念を押した。どこまでも想定できないことばかりのこの男に、マユミもずっと翻弄されている。