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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【春夏】撮影中に体調を崩す夏来

    支部の再掲です。Pがしゃべります。

    まどろみと熱 静寂を断ち切るようカットの声がかかると、みな堰を切ったようにざわめきだす。ディレクターが映像のチェックを行う短い間にも、春名達は連れだって日陰に避難した。空気自体が熱を持ち、歩くのもしんどいくらいの気温の中、体中から吹き出た汗を吸ったTシャツがぐっしょりと重いのに大きく息をつく。シキはすっかりばててしまい、まつげを伏せて座り込んでいた。
     チェックの結果、どうやら今のシーンは問題なかったようだ。監督のよく通る休憩のひと声でスタッフが暑さに愚痴を言いながら一斉に散っていき、流れに逆らいながらも控えのテントから飛んできたプロデューサーから、タオルと冷え切った飲み物を受け取った。
    「う~、生き返るっす……」
    「さすがにこんだけ暑いと死にそうだよな……」
     ペットボトルに頬ずりをする四季と隼人に、旬とふたり、笑いをこぼす。
     今朝の天気予報では、危険な真夏日になると告げていた。屋外での活動は避けるようアナウンサーも念入りに述べていたが、日程も場所も人員も1回勝負のメディアの現場ではそうはいかない。うんざりだという顔をしながらも集まったスタッフ一同は、なるべく無理なく早く終わらせる、を目標に早朝から気合を入れていた。決起に混ざった春名達も、やる気にあふれていたのだが、そのやる気さえも上回る暑さである。
     ちらりと撮影の輪の外側を見遣と、気が付いたプロデューサーが、眉を下げ目を伏せた。
    「夏来なら今は寝てるよ。まだしんどそうだし、熱も上がってるのかもしれないな……。すぐにでも病院とか、せめて横になれるところに連れて行ってあげたいんだけど……」
    「しゃーないって。プロデューサーがこのあと隼人たちを送っていかなきゃ、今日の2件目遅刻になっちゃうしさ。夏来だってわかってるって」
     嘆息するプロデューサーに、飲み物で多少回復したらしい四季が明るく声をかける。
    「そうッスよ!むしろオレと隼人っちが迷惑かけて申し訳ないっス……オレに運転免許があればバビュンって現場行けたのに!今からでも免許取った方がいいっスね」
    「いやいや、うちの高校免許はダメだからさ……」
     免許について盛り上がる二人を横目に、プロデューサーにそっと目くばせをする。気付いてうなずいたのを確認すると、すり抜けるようにしてスタッフの輪を出た。
     人と機材の影をいくつもすり抜け、駐車場にたどり着く。目玉焼きでも作れそうなコンクリートからの熱気を浴びながら、貴重な木陰に止められたワゴン車に近づいた。火傷しそうなドアをスライドさせると、一転、冷たい空気があふれ出る。それらを逃がさないよう急いで閉めると、暗がりの中、一番後ろの席へと向かう。
    「なつきー……」
     囁くように名前を呼ぶと、こんもりとしたブランケットの塊がもぞもぞと動く。塊は顔だけを出して春名を確認すると、頭を振ってうなだれる。
    「夏来? だいじょうぶかー。寝てた?」
    「ん……ねて、た……」
     小声で話しかければ、いつも以上にゆっくりと返事が返ってくる。まだ覚醒しないのか、目は半分閉じかけたままだ。何度も目をぎゅっとつむり、少しずつ覚醒してきたのか、頭を窓枠にもたれさせたまま春名に問いかける。
    「撮影、終わった……?」
    「まだ。映像チェックで一旦休憩になったから、抜けてきた」
    「じゃあ……休憩明け、俺も出る、よ。どこからか教えて……?」
    「だーめ。体調悪いまんまだろ?」
     立ち上がろうとする夏来を押し戻すと、力の入らない熱い体は簡単に座席に沈んでしまう。物言いたげな視線を受け流し、その隣に座りこんだ。
    「監督もなんとかするって言ってくれてたじゃん。必要なシーンは撮れたし、もう休んでていいんだぜ?」
    「うん……でも、ここにひとりでいるの、いやだ……」
     撮影への参加は聞き分けよく諦めてくれたものの。ひそめられた眉はもどらない。
     外からはスタッフなど大勢のざわめきが聞こえてくる。少し離れているとはいえ、撮影の掛け声など、もしかしたら聞こえるかもしれない。外気からも遮断された薄暗い車内で、冷えた空気に身を縮めながらひとりきりでそれを聞くのは、きっとさみしい。
     毛布の中に手を差し込み、肩を抱き寄せる。こんなに冷えた車内でも毛布の中は熱気がこもっており、背中は熱を持ち汗でぐっしょりと濡れている。それが嫌なのか押し返そうとする手をもう片手で握って、ぴったりと体をくっつけた。
    「……あついよ、ハルナ」
    「でも落ち着かねえ? オレしばらく出番ないからさ、ここにいさせて。外あちいし、誰か呼びに来るまで」
    「風邪、うつるよ……?」
    「ちゃんとうがいするって」
     そういう問題じゃない、と口を尖らせる夏来の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。変な体勢で寝ていたせいか、触れる前から後頭部には寝癖がついていた。
     ガラス越しのざわめきと蝉のわめき声はくぐもって聞こえる。冷えた車内には空調の低く唸る音と、自分のより少し荒い夏来の呼吸と、たまに身じろぎして生まれる衣擦れの音だけがあった。熱い体を二人くっつけたまま、遠くの喧噪に、隣の息遣いに耳を傾けて目を閉じる。少し冷房が効きすぎているのだろうか。毛布をずりあげて身を摺り寄せてくる夏来がかわいくて、離れがたくて調節になんて動けなかった。
     どれくらいそうしていたのか、携帯が静かなままだったのもあり、時間を見ていなかったが、静かに、気を遣うようにワゴンのスライドドアが開く。そうっと覗いた丸い頭がこちらを捉えると、一度引っ込んで少しにぎやかになって戻ってきた。
    「ハルナさん、おつかれさまです。……ナツキ、寝てます?」
    「うん。撮影終わった?」
    「いえ、暑すぎるので一回長めの休憩を、ということになりました。体調不良者もでてしまったので」
    「まあこんだけ暑いとなあ」
    「ハルナっちは涼しいとこにいたじゃないっすかー!」
     会話に飛び込んできたシキに、おつかれ、と声をかける。一応は夏来に気を遣ったのだろう小声ではあったが、にわかににぎやかになった気配に夏来が薄く目を開けた。ぼうっとしたまま、おつかれさまとつぶやく。嘆息したジュンが眉間を押えて四季に厳しい目を向けた。
    「シキくん……君はこういう場くらい静かにできないんですか」
    「う、静かにしてようとはしたんすよ……? ごめん、ナツキっち……」
     目に見えてしゅんとするシキに、ナツキがゆるく首を振ってから座りなおす。ずっと触れていて熱かった部分にかいた汗に冷房にあたり、一気に冷えあがってふるりと身震いをした。同じように身震いをした夏来が、これもハルナと同じような問いを投げかける。
    「撮影、おわり……?」
    「いや、一旦中断だって。今が一番暑い時間だし」
    「おつかれさま……ちゃんと、休んでね」
    「ナツキっちこそ、しっかり休めてるっすか?」
    「うん。……ちょっとすっきりした、かも?」
     首をかしげる夏来の顔色は、確かに先ほどよりも良くなった気がする。熱っぽい息も触れた肌の体温もまだ平常時には程遠いが、本人が少しでも楽になったのならそれに越したことはない。みなが安心し頬を緩めたところで、スライドドアが控えめに開きプロデューサーが身を滑らせて車内に乗り込んできた。5人の視線が一斉にそちらを向いたところで、したり顔でコンビニの袋を掲げてみせる。
    「差し入れにアイス、買ってきた。みんなで食べな」
     わっと湧くメンバーを、夏来がうれしそうに眺める。真っ先に取りに行った四季が袋を覗いたところではっとして、袋ごと夏来に駆け寄り、中を広げて見せ首をかしげた。
    「ナツキっち、アイス食べられそう? 好きなのえらんでいーよ」
    「いいの……? ありがとう。シキ、いい子……」
     シキの頭を撫で、バニラのアイスキャンデーを取り出す。満面の笑みを浮かべた四季はそのまま振り向くと、「みんなも選んでいいっすよ!」と袋を広げた。褒められてうれしがる様子を犬みたいだなとほほえましく思いながら、四季が好きそうなアイスを避けて選ぶ。
     夏来はアイスを選んだものの、肩まできっちり引き上げた毛布の上に置いてしまっている。じっとアイスを眺める夏来に身を寄せると、ぴとりとくっついてきた。
    「さむい? アイスやめとくか?」
    「ううん……寒いけど、せっかくだし、食べたい……けど……どうしようかなって」
     アイスを見つめたまま答える夏来にそっかと返し、四季を呼ぶ。
    「シキー、いっこオシゴトしてくんない?」
    「はいはい! なにっすか?」
    「ナツキ、アイス食べたいけど寒いみたいだから、反対側からあっためたげて。こうやって」
     体の側面全部を押しつけるみたいにすると、強いよと夏来が笑う。するとシキもアイスを咥えたままばたばたと夏来の隣に座りこむ。危ないでしょうとの旬の制止に軽い口調で謝ると、アイスを手に持ち替えて夏来に抱きつくように密着した。両側から押されて苦しそうな夏来は、それでも嬉しそうに眉を下げて見せた。
    「ナツキっち、いっぱいあっためてあげるから任せてほしいっす! さっきまで焦げそうなくらい暑いとこにいたから、オレっちあっつあつっすよ!」
    「うん……あったかい。でもちょっと、苦しい……かも?」
    「だーいじょうぶだって。ほら、アイス食べさせてやろうか~?」
    「ふたりとも、病人で遊ばないでください」
    「まあまあ、ナツキは嬉しそうだし、な?」
     騒ぎ出す後ろでそっと空調を緩めたプロデューサーと目が合い、ありがと、と声に出さず口を動かすとひらりと手を振って応じた。
     赤い舌を出してちいさくアイスを舐める夏来を見ながら、自分のアイスも袋を開けかぶりつく。鋭く広がる冷たさに全身の体温が下がるような感覚になるが、夏来とくっついたままの腕は熱い。同じことを感じていたのか、視線を合わせた夏来は目を細め、まだ赤い顔で微笑んだ。
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