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    nikonemu515

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    nikonemu515

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    巳波の作るインスタントラーメンがバカ美味い話

    巳波のラーメン 巳波はラーメンを作るのがうまい。
     悠がそのことを知ったのは、あるツアーの最中、地方のホテルに宿泊したときだった。

     ライブで味わった熱狂が体から抜けなくて、0時をまわっても寝付けなかった。
     そんなとき、悠が甘えにいく相手といえば巳波だった。
     備え付けの寝巻きの上にカーディガンを羽織って、スリッパのままで、隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。
    「亥清さん?」
     真夜中の訪問者を、巳波は彼なりに驚いた様子で迎えた。
     寝巻きを着て、髪を簡単にまとめている。入浴は済ませている様子だった。
    「なんかテンション上がって寝付けなくて。……もう寝るところだった?」

    「いえ、構いませんよ。でも、ふふ、見つかっちゃったな」
     悠がおずおずと訊ねると、巳波は口元に手を添えてころころと笑った。
    「何が?」
     と言いながら室内を見渡し、すぐに気づく。
     部屋の片隅にあるIHヒーターの上で、鍋が温められている。
    「え、料理してんの?」

     今回の宿泊先は、各部屋にミニキッチンがついているタイプのホテルだった。
     悠の部屋にも同じ設備があったが、電気ケトル以外は使ってみようという発想もなかった。
    「私も亥清さんと同じですよ。まだ体の中で、ライブの余韻が渦を巻いていて、とても眠れなくて……そうしたら、お腹空いてきちゃったんですよね。亥清さんも食べます? ラーメン」
     巳波はうきうきとした仕草で、有名なインスタントラーメンの袋を見せてくる。
    「じゃーん。塩味です」
     ──ラーメン。こんな時間に。しかも巳波、ライブの後、仕出し弁当2個食べてたのに。
     彼の健啖家ぶりに気圧されるものの、同時に心惹かれる誘いでもあった。
     空腹ではなかったけれど、何か温かいものをお腹に入れてリラックスしたくはある。
    「……じゃあ、食べようかな」
     悠が頷くと、巳波は慣れた手つきで2袋分のインスタントラーメンを茹でてくれた。

     そのときのラーメンの美味しさと言ったらなかった。
     日本全国どこでも買えるような、何の変哲もない袋麺なのだ。
     おそらく、国民の大半が一度は食べたことがあるだろう。食べる前から味を想像できる。
     なのに、巳波のラーメンはその想像をはるかに超えてきた。
     ほんのり黄色い麺は、生麺のように瑞々しく、ぷりぷりとした食感で、喉越しが良い。
     塩味のスープは薄すぎず濃すぎず、絶妙な旨味があった。

     空腹を感じていなかった悠が、二口、三口と次々に啜るほど美味しかった。
     まるで魔法のようだ。
     結局、悠が半袋ぶん食べ、巳波は1.5袋ぶんを胃におさめた。
     悠にとって、それは忘れられない味になった。



    「ねえ、オレ巳波のラーメン食べたい」
     その日、悠がそう口にしたのには、そんなわけがあった。

     元社長室にて、ŹOOĻの4人と士郎はミーティングを終えたところだった。
     ちょうど夕飯の時刻を迎えていて、腹減ったな、何か注文するか? なんて会話になった。
     だから、言うなら今だ、と思った。

    「ラーメン?」
    「巳波の?」
     トウマと虎於がきょとんとした顔をする。
     巳波も意外そうな表情だった。

     彼らからすれば突拍子もない申し出かも知れないが、悠はあの夜からずっと、もう一度食べたいと思って機会を伺っていたのだ。
    「前にホテルで巳波が作ってくれた。めっちゃ美味しかった」
    「ええ、お前ら二人でそんなことしてたの?呼べよ、そういうのは」
     トウマが彼にしかできない嫌味のなさで言う。

    「私が一人で食べようと思っていたところに、亥清さんがたまたまいらっしゃったんですよ。亥清さん、そんなに気に入ってくださったんですか?」
    「うん。ねえ、作ってよ。巳波」
     母におやつをせがむ子どものように、悠は巳波の服の袖を掴んで揺らした。

    「インスタント麺だったら、僕も結構美味しく作れる自信ありますよ」
     話を黙って聞いていた士郎が参戦する。

    「宇都木さん、ラーメンなんて作るのか?」
     虎於が訊ねた。
    「サラリーマンですからね。即席系の料理はいやでも得意になります」
     独身貴族の誇りを示すように、士郎は胸を逸らした。

    「あら、じゃあ勝負します?」
     それまでおっとりしていた巳波が、途端に好戦的に笑う。
     つまらないものですけど、みたいな態度だった割に、即席麺には一家言あるようだった。

     かくして、インスタントラーメン対決が開幕した。

     ルールはふたつ。
     同じ種類の袋麺を使うこと。
     具材は卵だけOK。アレンジ無用。

     瀟洒でだだっ広い元社長室に、IHヒーターだの、鍋だの、食材だのが持ち込まれる。
     この部屋を残した了も、まさかここでそんな対決が行われるとは思っていなかっただろう。

     巳波と士郎が並んで片手鍋の前に立ち、麺を茹でていく。
     その背中に音もなく燃える炎が見えるかのようだ。静かな闘志が滲み出ている。
     二人とも同じくらい、手際は良かった。
     傍目からは、そこに差異は見つけられない。

     トウマは「まあラーメンだよな、知ってる」という顔をして、虎於はちょっと物珍しそうに、対決を見守っていた。

     悠はというと、
     ──早く巳波のラーメン食べたいなあ。宇都木さんのもちょっとは食べてあげよう。
     と思っていた。

     十分もかからず調理が終わった。
     テーブルに紙のお椀がわちゃわちゃと置かれ、いざ実食の時を迎える。

     いただきます、を言うや否や、真っ先に食べ始めたのはトウマだった。
     最初に士郎の鍋から麺をよそって、豪快な音を立て、二口ぶんくらいの量を一気に啜る。
    「あ、うまいじゃん。宇都木さん」
     と士郎に向かってグッドサインをしてみせると、次は巳波のラーメンに行った。
    「え?!うま!」
     食べた瞬間、トウマの目がぱっと輝いた。これまでとは目に見えて態度が違う。
    「マジでうまい。何これ」
     独り言のように呟いて、巳波の鍋からばかり麺をよそって食べている。

    「そんなに違います?ショック……。」
     彼の様子を目の当たりにした士郎が、本当にショックそうに言った。
    「いや、宇都木さんのも美味いよ。なんていうか、宇都木さんのラーメンは『ああ、これこれ!やっぱこの味だよなあ』って美味さで、巳波のは『え、なんでこんな美味いの?!』って美味さ」

     力説するトウマの横で、虎於が髪をかきあげるようにして耳にかけた。
     れんげの上に一口ぶんの麺をのせている。
     すする気がないようだ。
     口笛を吹くみたいに、あるいはキスを贈るように、唇をすぼめて息を吹きかけてから、ぱくりと口の中に麺を入れた。
     そんな仕草も、虎於がやるとどこか気品があってチャーミングだった。
     ファンが見たら、ステージでのワイルドさとのギャップに堪らなくなってしまうかもしれない。
    「俺はあまりこういうものを食べたことがないが、確かにミナのやつのほうが美味いかもな」
     しっかり咀嚼してから、シェフを褒めるように巳波に向かって片手をあげて言った。

    「えー、何が違うんでしょうか……」
     士郎は眉を曇らせながら、巳波の鍋の麺を引っ張った。

     そして、その士郎までも、巳波のラーメンを一口食べると、感動に目を見張った。
    「嘘、インスタント麺ってこんな美味しくなります?なんで?」

    「ほら、言ったじゃん。めっちゃ美味しいんだって、巳波のラーメン」
     巳波本人より自慢げにそう言い、悠もちゅるちゅると夢中で麺をすすった。
     二度目でもやはり感動的な美味しさだった。
     しかもなんと、今回は卵まである。
     きれいに丸く膨らんだぷるぷるの白身を割ると、中からオレンジがかった黄色の、半熟の黄身が溢れてくる。最高だ。

    「ふふ、単純に執念の差だと思いますよ。宇都木さんが慣れているから上手いんだとしたら、私はどうせなら少しでも美味しく食べてやろうという執念があるから上手いんです」
    「そんなもんかなあ……」
     士郎が首をかしげる。
     皆の反応を伺っていた巳波も、髪留めで手早く髪をまとめ、実食の体勢に入った。
     勝利を確信してから動き出すのが、なんとも彼らしい。

    「あら、宇都木さんのラーメンも美味しいじゃないですか。私、好きです。また作ってくださいな」
     士郎のラーメンを食べ、素直な声色で、巳波が明るく言う。
    「そうですか?じゃあ次は、もうちょっと執念深く作ってみます」
     勝者からの賞賛を、士郎はこころよく受け取った。グッドルーザーだった。

     トウマが焦った様子で、士郎の鍋にも手を伸ばす。
    「やべ、のんびりしてるとミナに全部食われる」
     5人から笑い声が上がった。
     トウマの言う通り、巳波は5人のうちの誰よりも食べるペースが早かった。
     特に急いでいるようにも、がっついているようにも見えない。むしろ優雅といえる仕草でするすると麺を啜っているのに、誰も追いつけない。

     しばらく無言で食べ進め、ふたつの鍋が空に近づいた頃、悠がぽつりと言った。
    「オレん家では、ラーメンってご馳走だったんだよね」
     ほっそりした鼻の先が赤くなっている。体質なのか、悠は寒いときや温かいものを食べたとき、こうしてすぐに鼻を赤くする。
     その姿を見慣れたものに感じる程度には、ŹOOĻの付き合いも長くなってきていた。

    「そうなのか?どうして?」
     虎於が不思議そうに話の続きを促す。
    「ばーちゃん味の濃いもの好きじゃないからさ。でも、オレのためにたまに作ってくれて……たまにしか食べないからこそ、特別だった。今日、みんなで食べれてよかったかも。」

     袋麺を茹でるとき、悠の祖母はよく言っていた。
     ──はるちゃんは若いから、こういうの好きでしょう。
     実は、彼女が言うほどに好きな食べ物ではなかったけれど、自分を思って作ってくれることが嬉しくて、特別な気がした。
     振り返ってみると、たぶん、初めて巳波のラーメンを食べた夜は、祖母とつむいでいた過去が、今に続いていることを感じられた夜だったのだと思う。

    「……また食べましょう。夜中でも、朝でも。もっと特別な味になるように」
     巳波が柔らかく頬笑む。
    「うん」
     頷く悠の脳裏に、ふと、ある人物がよぎった。

     黒いスーツを着た悪魔だ。
     彼からは、いつも微かにミントの香りがした。どこか神経質そうな涼しい匂い。
     だから、悠にとって、悪魔といえばミントの香りだった。
     彼のことが好きかと言われると分からない。けれども悔しいことに、嫌いではないのは確かだった。
     彼のいざなうままに悪事にも手を染めた。自分の行いを悔いているけれど、だからと言って、そそのかした彼を憎んではいない。
     もしも九条が死んでしまったら悲しいように、彼が死んでも悠は悲しむだろう。
     ミントの香りがする悪魔。子供のようなわがままな隣人。そしてŹOOĻを見つけた人。

    「なあ、いつかさ」
     トウマが改まった声を出す。
    「待って、今おんなじこと考えちゃってたかも」
     照れた悠が止めようとすると、トウマは余計、破顔した。尖った犬歯を覗かせて、堂々と宣言する。
    「いつか了さんとも一緒に、このラーメン食いたいな」
     気恥ずかしくて隠しておきたいような気持ちを、こうしてちゃんと言葉にしてくれるのは、いつも彼だ。
    「まあ、そうですね。仕方ないから、作ってあげてもいいかな」
     巳波が髪留めを外して、手櫛で髪を整えながら、さりげないふうを装って同意した。
    「了さん、ラーメン食べようなんて言った日にはめちゃくちゃ嫌味言ってきそうだな」
     と、虎於は肩をすくめて苦笑する。
     士郎も、「あー」と過去を振り返るような声を出して笑った。

    『僕がラーメン? 君たちと? どうして。』
     居心地が悪そうに口を歪める了を、その場にいる誰もが思い浮かべることができた。
     クラシカルな整髪料できっちりと整えられた黒い短髪に、糸くずひとつ付いていない清潔なスーツ。
     黙っていれば大人に見えるのに、喋り始めると、途端に仕草が大げさで子どもっぽくなる。
     まるで、自分の手足の長さが分からず持て余しているみたいに。

     その姿を思い出すと懐かしかった。
     今は静かに暮らしていると聞くけれど、あの異常なほどに皺のないスーツ以外の服を着ている了の姿は想像しづらかった。
     再び会うときも、やっぱり彼はスーツを着ている気がする。

     一緒にラーメンを食べるとしたら──なかなか首を縦に振らない了を、5人がかりで説得するところから始めなければいけない。
    『いいじゃん、食べようよ』
    『たしかに、あんたにラーメンは似合わないけどさ。でも一緒に食べたいんだ』
     だとか何とか言って、何度も宥めすかすと、きっと彼はまず、気取ったように足を組む。
     スーツの裾から、漂白したてのような、真っ白なソックスが覗くだろう。
     それから、「僕が君たちと一緒にラーメンを食べてあげる理由」についてしばらく喋り続けるかもしれない。
     5人はそれを呆れながら、少しうんざりしながら、懐かしく思いながら聞き流す。
     そうして、そのあと了は、まんざらでもない顔をして、一緒にラーメンを食べてくれるはずだ。

     もしもこの道の先に、そんな未来があるとしたら心強い。

     束の間、あたたかいような、寂しいような沈黙が流れた。
     しんみりしかけた空気を、明るく切り替えたのは士郎だった。
    「よし。じゃあ僕はその時のためにも、もっと上手く作れるようになっときます」
     敢えてなのだろう、軽い調子で話を締めくくる。
     了が託したバトンは、彼がしっかりと握り続けてくれている。

     いつの間にか、鍋の中身は綺麗に空になっていた。
     5人は視線をあわせてかすかに笑い合うと、祈るように両手を合わせた。
    「ごちそうさまでした。」


    fin.
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