王城付きキャラバンの護衛任務。ひとつの拠点に数日、あるいは数週間滞在することも珍しくなかった。
その一環でベルナ村に滞在していたときのこと。ベルナ村観光大使――もといベルナ村の受付嬢にぜひ持ち帰って宣伝してくれないか、と頼み込まれたものがあった。
――あったのだが。
「……さすがに、これを王城へ持ち込むのは、少し、」
少しどころか大いに気が引けるところである。
* * *
エルガドに久方ぶりに帰還し、懐かしい顔ぶれに挨拶して周り、自室に戻ったこたつ。遅くなると見越してオトモの2匹は広場に預けてあるため、今夜は1人でゆっくり休める。
しかし座って寛ぐでもなく、ため息とともに部屋の真ん中に突っ立っている。その手にはふわふわの布地に可愛らしい刺繍。留め具は鈴がモチーフになっているのだろうか。極めつけはフードからぴょんと主張する小さな耳だ。
――ムーファのふわもこパジャマ!です!
満面の笑みとともに浮ついた声が蘇る。予てから村の名物になるようなものが欲しいと言っていたベルナ村の受付嬢に、半ば押し付けられるようにして渡されたものだ。
このまま箪笥の肥やしにするのも勿体ない。徐に袖を通してみるとなかなかどうして、村の名物にしたいという程のことはある。心地いい温もりに包まれたこたつがベッドに腰掛けてから眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。
「サチナ、まだ起きてる?」
控えめなノックの音とともにリンカが訪ねてきた。が、当の部屋の主からの返答はない。ノブを回すと抵抗もなくするりとドアが開いた。
「寝るなら鍵くらいかけて――」
ベッドに目を向けたリンカの声が途切れる。
すやすやと寝息をたてる恋人は、思わず抱きつきたくなるような魅惑のふわふわに身を包んでいる。
――触ってもいいかな。
ふとそんな考えが過る。恋人が久しぶりに目の前にいて、抱きしめてくださいと言わんばかりの格好で寝ている。
「……いや、駄目駄目。我慢だ」
ただでさえ寝付きの悪いサチナが部屋に人が入ってきたことにも気づかずに寝ているのはそうあることではない。
安らかで、愛おしくて、可愛い寝顔。
「おやすみ、サチナ。良い夢を」
しばらく彼の寝顔を堪能したリンカは、そう言って部屋を後にした。
悪戯っぽい笑みを残して。
額に落とされた口付けにサチナが気付くのは、もっとずっと後のお話。