あ、と二つの口が同じかたちを作る。
今まさに宿屋を出ようとスイングドアに手を掛けた俺の手に重なった温度は、よく知ったものだった。
驚いて顔を上げた目に飛び込むのは海色の髪と、顔の中心で目を惹く赤い鼻。
大きく目を見開いて、またもや重なるように零れた声は一年近く聞いていなかったためか記憶より低くなっていた。
バギー、と俺が名前を呼ぶ前に逃げようとドアから手を離すのを見て、一気に体温が上がった。
行くなよ!
フックのように曲げた腕を首に掛けると、今まさに走り出そうとしていたバギーは一瞬息が止まり、そのまま動きが緩んだ。焦ると右に逃げる癖は変わっていないようでなによりだ。
そのまま自分の腕を引き寄せるようにしてバギーの身体を俺の胸へと持って来る。あまり身長の変わらない相手をこの体勢から持ち上げることは流石に難しいが、明日のことを思えばバギーだってこの場で騒ぎをおこしたくはないだろう。
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