コーヒーが冷めるまで アラバキ戦が終わり、しばらくシンカリオンは整備のため各研究所にて交替で全般検査を行う予定だ。
アブトくんも帰ってきてシンカリオンの顔もなんだかホッとしているように見える…なんて夢を見過ぎだし油断は禁物かな?なんて思うけど。
僕こと本庄アカギは総司令本部まで出張で会議に来たついでに大宮支部へと足を伸ばす。この感じ懐かしいな。ハヤトくんやアキタくん、ツラヌキくんは今何をしているんだろうか。
ぼんやりとそんなことを思いながら控え室に向かっていれば、腰のあたりに衝撃を受ける。
「!!」
「ほんじょーのにーちゃん!」
後ろからロックな声がして、にゅっと細い腕がお腹に回ってぎゅっと抱きついてくる。
何か左の脇腹にモゾモゾと擦り寄ってくるモノの暖かさにギョッとして見れば、ハナビくんが僕の腰に抱きついて顔を横から出しているではないか。
「ハナビくん?」
小狐みたいな顔が僕を見上げてくしゃりと笑顔になる。かと思えば、
「ほんじょーのにーちゃん!」
と今度は右から楽しそうなシンくんが、
「ほんじょーのおにーさん」
とハナビくんのさらに左からタイジュくんはちょっと恥ずかしそうに言いながら顔を見せる。
3人とも楽しそうにニコニコしている。
「な、なんだい?びっくりした」
子どもっていうのは距離が近い。だとしても違う支部で活動している僕にも心を許して貰えているのか、と思ってムズムズと嬉しくなる。
きっと色んな決着がついて、一気に肩の荷がおりたんだろう。3人ともなんとなくふわふわしている。
「オレたちも学校帰りに呼ばれてさ、ついでに今日は金曜日だからこっちの独身寮にお泊まり会するんです。」
シンくんが右から言う。
「アレ?アブトくんは?」
シンくんの相棒の姿が見えないことに気がついて尋ねる。
「控え室」
そう言って、シンくんは廊下の先を見る。
「今日はこっち来てたんですね。」
タイジュくんが左から話しかけてくる。
「会議だったんだ。でもそろそろ帰るよ。」
答えれば、ハナビ君が抱きつくのをやめて、隣にくっつくいてくると、僕の左腕を取って自分の肩に乗せる。その細くて小さな肩にちょっと戸惑う。このまだ小さな身体であの大きな機体を動かしていたのか、と改めて思うと少し恐ろしくも感じる。
一瞬思考が飛んでいると、不思議そうな顔でハナビくんが見上げて尋ねてくる。
「今日はこっちに泊まんの?」
「あぁそうだけど…」
「ふーーん、フタバのねーちゃんもそろそろ帰るんだってね」
とハナビくんが言って意味深に3人は顔を見合わせる。
3人がニコニコしていた真の意味を悟って顔が熱くなる。
「っっ!!ちょっ!!どこまで!!」
思わず焦って声を上げれば、
「別に何にも知りませーん」
シンくんがそう言って、笑いながら3人は僕から逃げるように控え室に向かって軽く駆け出していく。
あぁもうこれだから男子は…。
とはいえ恥ずかしくなって僕は額を抑えながらも控え室に向かう。
控え室に入ればアブトくんも交えて立ちながら4人が何やらワイワイと話している。
「アカギさんって…」
「ここで待ち合わせ?」
「フタバさん?」
漏れ聞こえる単語にふつふつと羞恥が込み上げるが僕は大人なんで!!気にもしていない素ぶりでコーヒーを淹れに行く。
そんな僕を4人はチラリと見る。目が合えば、シンくんが少し笑って僕に向かって手を軽く振る。そしてまた4人で何か喋っているようだ。聞き慣れない妖怪めいた言葉が聞こえたので、どうも話題は他のことに移っているらしい。
僕は淹れたコーヒーを持ってソファに座る。鼻をくすぐる甘いような香ばしいような匂いにホッとするが、まだ熱くて飲めそうにない。フーフーと息をかけて口をつけてみるが、あち、とろくに飲めずにすぐ口を離す。しかたなく冷めるのを待つ間に子どもたちの様子をぼんやり見つめる。
何だか4人は楽しそうだ。住んでいた所も好きなものも性格も全く違うのに…むしろそれが上手く合うんだろうか。コーヒーの黒い揺蕩いに視線を落として、昔の大宮の子どもたちを思い出す。彼らも色んなことを経験して理解し合っていった。今は離れ離れでもあの強烈な経験をした彼らの繋がりはきっと永遠に消えないんだろう。
そしてそろそろお別れの近い彼らも。特にシンくんとアブトくんは……。
今日の会議でアラバキおよびテオティからの脅威は終結したとして、シンカリオンZ体制に関して保管及び開発は続行するが、段階的に縮小するとの方針が決まった。
それぞれの道を歩む子どもたちを留め続けてはおけない。親御さんの元に戻し、危険に晒さないで済むのならそちらの方がいいに決まってる。でもやっぱり今あるコミュニティが解散してしまうのは寂しい、と感じてしまうのは仕方がない。
今日呼ばれたってことは4人も知らされたんだろうか…。
そんなことを考えながら視線を子どもたちの方へなんとなく向ければ、シンくんとアブトくんが向かい合って何か話している。しかもシンくんがアブトくんの両手首を軽く握って弄んでいる。
……なんだろう距離が近いな。しばらく見ていれば、
「ホンジョーのにいちゃんよ」
ハナビくんとタイジュくんがお菓子をたくさん抱えてきて、僕の隣に2人並んで座ってきた。
「んー?」
何となく目が2人から離せずに気のない返事をしてしまう。
「コーヒーって上手いか?」
「うーーん、苦い。でもそれが癖になるっていうか…」
そう言いながらもシンくんとアブトくんを見つめる。
何やら真剣な顔で2人が見つめ合っている。シンくんが何か一生懸命な様子で話しているのをアブトくんが聞いているようだ。
「コーヒーの匂いは好きなんだよな。good smellだ。あ、タイジュ、これ食おうぜ!CMでやってたやつ!」
ハナビくんがお菓子の箱を見てテンションを上げているのを意識の半分で認識する。
シンくんとアブトくんの会話が止まったようだ。シンくんが困ったように眉を下げながらも少し背の高いアブトくんを見上げている。一方でアブトくんは、じっと無表情でシンくんの顔を食い入るように見つめている。
………えっ……なんか距離近くないか?なんだか少しずつ顔が近づいている気がする。なんだかソワソワしてコーヒーを持つ手に力が入ってしまう。しかもいつのまにか2人が絡めていた両手も身体も、もっとくっついているではないか。なんだか顔まで触れそうなのでは…??
その雰囲気にドキドキしてきた瞬間に、どっちからともなく笑いが起こる。
「っふ、あっははっ!」
ちょっとの間笑っていたが、その後にアブトくんが笑いながらポン、とシンくんの肩を叩けば2人して駆け出し、控え室を出て行く。
僕は思わず2人を目で追うが、2人が出て行った後の自動ドアは閉じてしまう。
「ハナビくんそっちの味自分も食べてみてぇです」
呑気な会話をしているハナビくんとタイジュくんに視線を移す。
「…あの2人あんな感じなの?」
余韻でドキドキしながら呟くように尋ねればハナビくんとタイジュくんがキョトンとした顔で僕を見てくる。
『あんな感じ?』
はもっている2人もなかなかに息があっている。
「………いや、いいや。」
小さくため息をついてコーヒーをひと口すする。
ちょっと冷めてようやく飲めるようになってきた。
自動ドアが開いて、さっき出て行ったかと思ったシンくんとアブトくんがひょっこり顔を出す。
「ごめん、色々買いたいから先行ってる!」
シンくんが2人に言えば、
「OK」
と短くハナビくんが返事をする。
「あとで」
アブトくんも声をかけて、2人はまた姿を消す。
小学生ってよくわからん…まぁ仲が良い…どころじゃなく何かの引力が2人の間で働いている、というのは何となくわかってしまった。
ちょうど良い温度のコーヒーを口に含んで、苦味を喉に流し込む。いつの間にかこの味を好むようになった自分は、いつから大人になったのかに僕は思いを馳せるのだった。