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    ナナ氏

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    ナナ氏

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    【世界樹Ⅲリマスター】人語を喋るドリアンの恋物語

    十五センチ代の恋 アリアドネの糸を使えば次に見える光景は世界樹の迷宮の入り口。空は明るくとっても快晴。
     キャンバス一行は全員が無事に戻ってきていることを確認し終えた後、深い安堵感に包まれていました。
    「疲れた〜! 今日も無事に生還! よかったよかった! 天気は良いし空気がうまい!」
     最初に声を上げたのはもちろんサクラ。いつ魔物が飛び出してくるか分からない危険な樹海から解放され、大きく体を伸ばしてリラックス。
    「ぼくまものだけどぶじでホッとした」
     頭の上には全長十五センチほどの小さなお化けドリアンこと、どりぴがちょこんと乗っかっており、サクラの真似をして軽く伸びをしていました。
     その横で直立不動になっているワカバはぼそりと、
    「おなかすいた」 
     なんてぼやいて振り返り、コキを見ます。
    「宿に帰ってからご飯にするからもうちょっと我慢して。おやつはもう無いんだから」
    「うい」
     一応は返事をして納得の意を表しますが、腹減りは限界に近いのかヨダレが出ています。どう見ても目の前の生き物を捕食対象にしているようにしか見えない。
    「ステイワカバ、ステイ」
     とは言っても空腹による生理現象たるヨダレは止まりません。今のワカバの頭の中は「ごはんを食べる」の一色に包まれつつあるため、宿への帰還が急がれますが、
    「気分良く探索を終えられたことですし、入り口付近で見張りをしている衛兵(男)をひとりぐらい殺しても良い日ですわね!」
     ひとり足を止め、正気を疑う発言をするのは男嫌いのクレイジーことクレナイ。樹海の外というにも関わらず刀を抜こうとするではありませんか。
     その視線の先には茂みに隠れた衛兵がいます。
     彼は今朝、探索開始前にクレナイと遭遇し危うく首を斬り落とされそうになった恐怖がまだ拭えていません。
     しかし、衛兵として世界樹の迷宮に一般人が入り込まないように見張りをしなければならない使命を捨てることもできず……結果、ここから逃げられずガタガタと震えて様子を伺うことしかできなくなってしまいました。
     男ひとりを殺すことに何も躊躇のないクレナイは、それに向かって歩こうとして。
    「よくありませんから! 早く帰って魔物の返り血を拭きましょう!」
     間に割り込んできたカヤが大声で制止。今朝もこのようにクレナイを止めました。ほとんどデジャブです。
     大好きなカヤちゃんの声を聞き、クレナイは刀を抜く手を下ろします。
    「仕方ありませんわ……血まみれのままは衛生的に良くありませんし、今日のところは己の健康状態を優先することにしましょう」
     少し物足りなさそうにしつつも諦めてくれたので、カヤと衛兵は同時に安堵の息を吐いたのでした。
     異常な光景に見えますがキャンバスにとっては日常風景。それを横目に、サクラは後頭部で腕を組んで。
    「今日の晩御飯はどうしよっかなー」
     なんてのんびりぼやけばワカバがすかさず。
    「からあげ」
    「おっ! いいねえ! わかが唐揚げならウチはー」
     サクラが願望を続けようとした次の瞬間。
    「からあげたつたあげ天ぷらすあげエビフライアジフライカキフライかきあげトンカツヒレカツメンチカツかつ丼天丼コロッケフライドポテトイカリングドーナツ」
     息継ぎもなく淡々と食べ物の名前を並べました。瞬きすらしておらずヨダレは流れたままで顎から水滴になって地面に落下しています。
     食べ物に関しては真剣なワカバの横顔にサクラもつい真顔になって。
    「揚げ物を食べたいっちゅーのはメチャわかった」
     大きく頷きました。どりぴは落ちませんでした。
    「ワカバ、お腹すいたのはわかったけど体と武器の汚れを落としてから晩御飯しないといけないからもうちょっと我慢してくれる?」
     コキが優しく問いかけますがワカバからの返事はありません。ずっと正面を見続けています。
    「…………」
     いつもと異なる雰囲気のワカバにコキは真顔になり、カヤとクレナイは顔を見合わせてから。
    「ワカバさんは恐らく待てないかと……」
    「見境なく食べる寸前ではなくって?」
     と言いつつそっと距離を取ります。極限状態まで空腹になったワカバの恐ろしさを身に染みているからこその撤退。
    「ちょ、ちょっとワカバ? 今日はそんなにお腹が空いて……」
     コキが声をかけたと同時にワカバの目の色が変わり、コキに左手に噛みつきました。
    「ギャああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ‼︎」
     一般プリンスプリンセスの号令よりも通る声量で発生した悲鳴。それは大灯台まで届いたとか届かなかったとか。
     仲間たちが慌てふためく始めた中、どりぴだけは冷静でした。
    「…………」
     サクラの頭の上に乗ったまま、静かに地上を見つめていました。



     その日、キャンバスの古株兼ゾディアックのスオウは占い業の仕事に行くために準備をしていました。
    「たまには昼に仕事するのも良いわね」
     アーマンの宿の一室、鞄の中に折りたたみ式のテーブルと椅子を詰めて準備は万全。今日も未来を見通せる力を使って知らない人の未来を言い当て、右往左往する様を見て楽しんでやろうとほくそ笑み。
    「すーちん‼︎」
     大声を出して部屋に入ってきた同居人……サクラの帰宅により笑みが一瞬で消えました。
    「何よ。ただいまぐらい言いなさいよ」
    「ただいま‼︎ それですーちん! ちょっと聞いてちょっと聞いて!」
    「宿から出るまでのちょっとの間よ」
     サクラを一切見ようとせず、カバンを持ち上げるとサクラの横を通り過ぎてさっさと部屋から出てしまいます。
     それに続くようにサクラも追いかけまして。
    「最近どりぴが変なんだ! 変なんだって!」
     スオウの後ろから騒ぎ立てるように言いますが、声をかけられている本人は振り返ろうともしません。
    「人語を話す魔物なんて十分に変でしょうが」
    「そーなんだけどさあ、最近さあ、どりぴってウチに黙ってどっかにお出かけとかもしてるんだぞ? おかしくね? こんなこと今までなかったし!」
    「ちゃんと管理しておきなさいよ。飼い主でしょアンタ」
    「どりぴはペットじゃなくて親友だし!」
     スオウが階段を降り始め、サクラも当然のように続きます。
    「で? その親友が黙って出かけていくから変だーって騒いでると」
    「そうそう! それだけじゃなくってさあ! ずーっとぽけーってしてるっちゅーか、なんか上の空で考え事してるーみたいな感じでさあ、聞いても“なんでもないよ”の一点張り! 変じゃね?」
    「ふーん」
     興味のない素振りを通り越して本当に興味のないスオウが階段を降り切って、アーマンの宿のロビーに辿り着きました。残り二十歩以内で玄関に到着しますね。
     するとサクラが駆け出し、スオウの前に立ち塞がります。
    「すーちん頼む! 一生のお願いじゃないけど頼む! お金も払うからどりぴが何をしてるのか見て欲しい! ウチすっごい心配なんだよ! 人の未来を覗くことは悪いことだってのは分かるけどさあ!」
     と、他人の未来を見ることができる占い師に対し、手を合わせながら頭を下げました。
     行手を塞がれたことで眉間に皺が少しだけ寄ったスオウはここで怒鳴ろうとしましたが、その前に大きな呆れの感覚に襲われて、ため息を吐きます。
    「前に言ったでしょ? アタシが他人の未来を見ることができる天才的な占い師でも、魔物とか動物とか人外の未来は見れないわ。そこまでの未来の面倒なんて見きれないんだから」
    「あ、そだった」
     すぐさま頭を上げたサクラの唖然とした顔をが面白かったのか、スオウは吹き出しながら。
    「アタシの“未来が見えるが故に隠し事がほぼ不可能である”っていう力を理解した上で頼ったところは評価してあげる。でも、無理なものは無理よ。知りたかったらこそこそしないで本人に問いただしなさい」
     相手を心底バカにするように嘲笑って言えば、サクラは悔しそうに下唇を噛み締めます。
    「ぐぐぐ……それができたら苦労はしねえ……」
     己の無力さに打ちのめされ気分はやや絶望気味。
     話は終わったと言わんばかりに、スオウは黙ってその横を通り過ぎようとしますが、
    「あらあら! 何のお話をしてますの? ワタクシも混ぜてくださいまし!」
     ロビーの奥、宿唯一のキッチンからクレナイが飛び出してきて、それはそれは楽しげに二人に近付いて来るではありませんか。
     視界にクレナイを入れた途端、スオウは部屋に虫が入って来たような怪訝な顔になり。
    「うわ出た。悪霊退散よ退散、あるべき場所に帰れ」
    「悪霊ではなく女の子を守る守護霊とかにしてもらいたいですわ」
    「どう見積もってもお祓い必須かつ特盛の塩を用意して徹底的に対策しないと即座に呪い殺しに来そうなレベルの邪悪な背後霊でしょアンタ。クレイジーサイコレズが善良ぶってんじゃないわよ」
     吐き捨てるように言い、さっさと宿の外に出ようと踏み出そうとして、
    「待ちなすーちん!」
     サクラに腕を掴まれました。
    「くれっちだったら何かわかるかもしんない! ウチよりも視野が広くて周りのことをよく見てて人生経験豊富なくれっちなら!」
    「ただの男嫌いの狂人をそこまで過大評価すんな目ぇ膝に付いてんの⁉︎ てかアタシには関係ないでしょそれ! 勝手に巻き込んでんじゃないわよ!」
    「まあ! サクラちゃんってば褒め上手なんですから!」
     スオウの怒声を完璧に無視して有頂天のクレナイに、サクラは問いかけます。
    「あのなくれっち、どりぴが変なんだ」
    「喋る以外に?」
    「うん。上の空でぼんやりしてて、ウチにも内緒でお出かけして、帰ってきたと思ったらすっげーご機嫌なんだよ、それに鏡を見る時間が急に増えたりとかしてるなあ」
     説明を終えた途端に「アンタさっきアタシにそこまで言ってなかったじゃないの!」とクレームが飛んできましたが、サクラは肝っ玉が太いので無視できます。
     それはクレナイも同じこと、話を聞き終えた彼女は大きく頷いて。
    「なるほど。では、どりぴちゃんは恋をしているということになりますね」
     淡々と決着を付けたことでサクラとスオウの双方の視線を受けることになります。
    「へ⁉︎ どりぴが⁉︎ マジで⁉︎」
    「はあ⁉︎ 魔物が恋⁉︎ 冗談でしょ⁉︎」
     一斉に尋ねられましたがクレナイは笑顔かつ、冷静でした。
    「冗談でこのようなデリケートな問題に触れるなどしませんわ。ワタクシは常日頃から真剣です、真剣に男を滅ぼすつもりです」
     そう言いつつ刀を抜こうとしたので。
    「いいから続けろ」
     スオウに一喝され、刀の柄に触れようとした手を下ろしました。
    「ぼんやり上の空になってしまうのは、恋をすれば好きな方のことで頭がいっぱいになってしまい、他のことが疎かになってしまうから。こっそりお出かけするのは、好きな方と二人だけの時間を確保したくて……あるいは、恋をしたことを誰かに打ち明ける勇気がまだ出ないから、大好きなサクラちゃんに内緒で会いに行っていたのでしょう」
    「ふんふん」
    「好きな方と甘いひと時を過ごした後は有頂天になるのも当然、帰って来た後のご機嫌はそれが理由でしょう。鏡をよく見るようになったのも、より美しく魅力的な自身を見せたいから見た目に気を使っていると考えるのが自然かと」
    「おお! 説得力ある!」
     サクラ納得。スオウはすごく納得がいってない顔を浮かべていますが否定する材料が見つからないため、言葉を発することができません。
    「垂水ノ樹海でめちゃんこ可愛いドリアンとかめちゃんこイケメンなドリアンとかでもいたんかな」
    「しかし、最近は垂水ノ樹海に足を踏み入れていませんわ」
    「んじゃあ白亜ノ森にいたバッドフルーツとか? ビジュアルは似てるし、どりぴはそっちに心ときめいたんじゃね?」
    「似ているとはいえ完全に別種ですが……三毛猫とシャム猫が子供を作ることだってありますし、あり得ない話ではないかもしれませんわ」
    「魔物の常識と哺乳類の常識が合致してたまるか」
     とうとうスオウが口を挟んだ時、玄関のドアが開いて、
    「ただ今戻りました」
    「ただいま」
     カヤとワカバが一緒に帰宅。カヤはファランクスの鎧は脱いでワイシャツとズボンだけのラフな格好です、ワカバはいつも通り。
     そして、サクラが目を丸くします。
     二人を見て……ではなく、ワカバの腕に抱っこされているどりぴを見て。
    「あれ、どりぴ?」
    「サクラただいま」
     サクラに向けて軽く手を振るどりぴ。ワカバが近くまで寄ってくれるとサクラはスオウからようやく手を離します。
     それを見計らい、どりぴはワカバの腕の中から飛び出してサクラの腕の中にぴったり収まりました。
    「おかえりどりぴ。どこ行ってたんだー? ウチにナイショで」
    「……えっと」
     いつもなら、微妙に感情がこもっていない口調で淡々と答えてくれるのですが、どりぴはサクラから目を逸らし、居心地が悪そうに手をわたわたと動かして何かを誤魔化そうとしています。
     おまけに目の周りがほんのり赤く、人間に例えるなら赤面しているようでした。
    「まさか」
    「そのまさか……ですわ」
     スオウとクレナイが顔を見合わせ、話が見えてないカヤが首を傾げていると、サクラから直球の言葉。
    「どりぴ、好きな子いるん?」
    「えぇっ⁉︎」
     ストレートに切り込んでいけばカヤから驚きの声が飛び出しましたがさておき、どりぴの答えを待ちます。
    「……」
     短い沈黙の末、
    「……うん」
     どりぴは答えました。サクラの顔を見ないまま。
    「うん⁉︎ やっぱりそーなんだ⁉︎」
    「アンタの観察眼どうなってんのよ!」
    「鍛錬の賜物ですわ〜」
     確信を得られたことで騒ぎ始めるサクラたちですが、話の流れが分からず置いてけぼりになったカヤとワカバは頭にクエスチョンマークを浮かべるばかり。
    「あの、あのあの? どういうことですか⁉︎ どりぴさんに好きな子とは一体⁉︎」
    「言葉通りの意味よ。それぐらい考えなさいよね」
    「スオウ、どりぴのすきなこ、って?」
    「どりぴは恋をしているのよ。相手は誰だか知らないけど」
    「おー」
     カヤには厳しくワカバには甘く、明らかに贔屓しているようにしか見えない対応の差にカヤは無言で反論することしかできませんでした。
     すると、ワカバはどりぴに語りかけます。
    「ねえ、どりぴ」
    「なに?」
     どりぴがワカバを見上げた時、
    「ただいま〜。ねえ、ちょっと悪いけど今日のバイトにどうしても付き添いが」
     丁度よくコキが帰ってきましたがワカバは続けます。
    「どりぴの好きな子ってどんな子? 知りたい、会ってみたい」
     と、純粋な疑問だけで尋ねてみればどりぴからの答えは当然。
    「いいよ」
    「いいの⁉︎」
     サクラとスオウとカヤとクレナイが驚きのあまり復唱して。
    「……なにが?」
     本当に何も知らないコキは立ち尽くすのでした。



     先頭にどりぴを抱えたサクラを立たせ、キャンバス一行はアーモロードの街を進みます。
    「どりぴの好きな子ってどんな子なんだろ!」
    「ないしょ」
    「楽しみ楽しみ」
     ウッキウキのサクラにいつも通りのどりぴ、鼻歌混じりで楽しそうなワカバに続き、
    「どりぴちゃんと恋バナができる日が来るなんて夢にも思っていませんでしたわ! 人生何が起こるか本当に分からないものですわね!」
    「本当にそうですよね……」
     期待に満ちたクレナイと状況に心からついて行けてないカヤに続き、
    「アンタ、バイトは良かったわけ?」
    「すんごい気になってバイトどころじゃなくなった」
     状況を冷めた目で見ていたスオウと、自己の興味関心を優先させたコキが続いていました。
     一行はそれぞれ言葉を交わしながら、どりぴの道案内に耳を傾け足を進めます。
     坂を下って通りに出て、赤い看板の店を左に曲がり、遠くに聞こえる海の音を聞き、街道を通り……。
     たどり着いたのは世界樹の迷宮の入り口に続く道。
     キャンバスたちだけでなく、冒険者であれば嫌でも覚えてしまういつもの光景がいつも通りそこにありました。
     誰もが思ったことでしょう。今から、どりぴの好きな子に会うために樹海に入ることになると。
     今は完全に休日モードでろくに装備も整えておらず、クレナイとコキ以外は武器も持ってない状態。とてもではありませんが樹海に入ることなどできません。
     樹海に行くなら一旦引き返して準備を……と、誰かが口に出す前に、どりぴはサクラの腕から飛び降りました。
    「よいしょ」
     大地にしっかり着地したどりぴは駆け出し、世界樹の迷宮の入り口……。
     には行かずに九十度直角に曲がって道から外れ、緑色に広がる草の絨毯の上を駆けて行きます。
     草を踏み締めながら進み、すぐに足を止めました。
     茎を長く伸ばし、太陽に向けて開いている赤色の花の前で。
     辺りに群生してる花たちとは異なる種類なのか、赤色の花の周りには似たような花は存在せず、まるで孤独に、だけど気高く咲いているような、そんな印象を受けます。
    「またきたよ」
     その花の前、自身よりも少し高い場所で咲いている花を見上げているどりぴは。
    「うっとり」
     恍惚の言葉を口にしながら、眺めていました。
    「………………」
     人間たちが言葉を失っている最中、ワカバだけはいつも通りの表情をしたまま草地に足を踏み入れます。
     「うっとり」しているどりぴの横にしゃがみ、声をかけます。
    「このお花が、どりぴの好きな子?」
     返事はありません。代わりに短い手を目の近くに当てて身悶えするだけ。
     明らかな行為に確信を得たワカバは小さく頷いて、
    「そっか、じゃあ、はじめま」
     花に向けて頭を下げようとした時。
     急いでワカバの背後まで駆けてきたコキがタンクトップの襟を掴むと、有無を言わさず引っ張りました。
    「う?」
     されるがままに引っ張られたワカバが、どりぴから十メートルほど離れた場所まで連れてこられたところで、人間たちは全員でどりぴに背を向けまして。
    「あれって花……花よね⁉︎ どうしてドリアンが花に恋をしているの⁉︎ ドリアン同士じゃないの⁉︎」
    「どりぴは植物型の魔物だから植物に惚れることは何も間違ってねえ、むしろ自然なことだとウチは思う!」
    「そうですけど、その理論は何もおかしくありません……けど? 納得ができないのは、どうして……?」
    「このお相手はワタクシの想定を超えていましたわ」
    「なんか期待して損した気分だわ。もっと刺激的で面白い恋でもすれば楽しめたのに……アタシが」
    「すーちんが楽しんでどうするん⁉︎」
     それぞれが小声で言い合っていましたがワカバはよくわかりません。首を傾げることしかできません。
    「うーん」
     自分なりに少しだけ考えてから離れていき、どりぴの隣に戻ります。
     今度はしっかり腰を下ろしてあぐらをかき、どりぴを見て。
    「きれいなお花だね」
    「……うん」
     照れながらもハッキリと答えてくれたと思ったら、また嬉しそうに身悶えを始めました。
    「えへへ、えへへ」
    「どりぴはお花のこと、好き?」
    「うん」
    「お花はどりぴのこと、好き?」
    「……うん」
    「じゃあ、どりぴはお花とつがいになるの?」
    「え」
     熱の入れようはどこへやら、どりぴがワカバを見上げて唖然としたと同時に、小声で話し合っていたキャンバスの面々も一斉にワカバを二度見しまして。
    「えっ」
     全員が同じ言葉を口に出しました。
     ワカバは続けます。
    「どりぴもお花も好きなら、つがいになって、おいしくなればいい」
     つまりは「両想いだと分かっているなら正式に交際すれば良いんじゃない?」という意味です。これを一発で理解できるのは洗礼された人間だけ……つまりはキャンバスのメンバーだけなので。
    「番は早くありませんか⁉︎ もう少し段階を踏んでから婚約に進むべきでしょう⁉︎」
     真っ先に否定の言葉を上げたのは一番真面目なカヤ。ワカバの突拍子のない発言に驚きつつもちゃんと意見を伝えました。
     それに応えたのはどりぴでもワカバでもなく、横で話を聞いていたスオウです。
    「魔物というか動物の世界なんて、交際と婚姻と繁殖が全部イコールで繋がってるんだから段階もクソもないでしょ。そんな面倒くさいことをするのは人間だけなんだから」
     至って冷静かつ明らかな罵倒も含めて吐き捨てました。
    「い、言い方……」
     顔を引きつらせるカヤ。言い返そうにも、この横暴の擬人化のような人間に対して十の言葉で返せば千の罵倒になって返還されてしまうため、迂闊に口を開けません。
     すると、黙っていたどりぴがようやく口を開きます。
    「ぼくまものだけどつがいにはならない」
     と。
     目を丸くして驚くキャンバスの人間たちの内、唯一表情を一切変えていないワカバは首を傾げます。
    「どうして? 好きなのに? どうして?」
     純粋に疑問を投げかけただけですがどりぴは答えません。
    「う?」
     ワカバが更に首を傾げると同時に、どりぴは花に背を向けると一直線に駆け出してしまいます。
     草むらを抜けて舗装された地面に乗り、道に沿ってアーモロードの街に戻って行くではありませんか。
    「ああっ⁉︎ どこに行くんだよどりぴー!」
     真っ先にサクラが追いかけ始め、それにコキとスオウも顔を見合わせて首を傾げつつも続く中、
    「どりぴちゃん! おひとりで街中を歩き回ると狩られてしまうかもしれませんわよ! 男を殺す口実が作れて丁度良いので積極的に絡まれてくださいまし! 救出率は百パーセントを保障するのでそこはご心配なく!」
     クレナイがそこまで口走ったところでカヤに肩を掴まれて止まります。
    「カヤちゃんなんですか?」
     嬉しそうに振り向いて。
    「どりぴさんを! 口実に‼︎ しない!!!!!!」
     鬼の形相で叱られました。子供でも伝わるようなシンプルな言葉で。
    「ご、ごめんなさい……」

     ***

     どりぴはアーマンの宿に戻ってきていました。
     サクラとスオウが共同で使っている部屋に飛び込み。サクラのベッドにある枕の下に潜り込んで動かなくなっていました。
     キャンバスのメンバー全員が追いついたのは、どりぴが枕の下にこもって五分もしない頃で。
    「どりぴー、どうしたんだよ〜」
     約十五センチ高くなった枕を見下ろしながらサクラは声をかけますが、どりぴは答えません。
    「わたし、イヤなこと、言った?」
     自身を指しながらワカバが問いかけてみると、
    「ううん」
     枕越しに、今にも消えてしまいそうなか細い声が発せられました。
     ただし、どりぴから次の言葉はありません。逃げ出した原因が全くもって分かりません。
     スオウがわざとらしく大きなため息を吐きます。
    「じゃあなんで逃げたのよ。あの花が既に受粉された後ってことに気付いて、信じていた子に裏切られた気分にでもなった?」
     心底呆れた様子で言いましたがカヤとコキは真顔でして。
    「受粉された後の花を人間に例えると、想い人には既に恋人がいたという話になるのでしょうか」
    「私人間だからわかんない」
     正解のない話はさておき。
    「ぼく」
     どりぴは再び声を出し、皆の視線が高くなった枕に向きました。
    「ぼくドリアンだから、あのことつがいになれない、しゅぞくがちがうから、なれない」
     今にも泣き出してしまいそうなほどに声を振るわせて、答えてくれました。
     人間たちはそれぞれ、顔を見合わせてから、
    「なるへそ……ドリアンと花は異種間ってっことになっちまうから子供は望めねーってことか……」
    「ワタクシにはわかりますわ。魔物と花……植物という括りでしか共通点がなく、生態系も全く異なることから、生物が命を煌めかせている期間における最大目標である子孫繁栄は絶対に望めません。だから、どりぴちゃんは絶望してしまっているのでしょう」
     理解力の高いサクラとクレナイが声を出すと枕が小刻みに震え始めました。
    「お、落ち込むなってどりぴ! そんなの気にしなくってもいいじゃねーか! 種族が違うことなんて! 好き同士なんだったらさ! ずっと好きだって言いながら面白おかしくすごせばいいんだからよ!」
     と、励ますサクラが枕を掴み、
    「しそんをのこせないのにつがいになっていみはあるの?」
     魔物からの疑問の言葉により手が止まりました。
    「つがいになるならしそんをのこしていのちをつなげないといけない、でもぼくとあのこはそれができない、すきだけでつがいになれない、むり」
    「そ、それはそうかもしれねーけどさ⁉︎ 子孫を残すことが全部じゃねーじゃん⁉︎ 世の中には色々な奴がいるんだから付き合っても子供作らないとか不思議なことでもねーっしょ! ほら、最近流行りの選択子なしってやつ!」
    「それはにんげんのかんがえかた、ぼくまものだからちがうよ」
    「……」
    「ぼくまものだからにんげんのつがいのかんがえかたわからない、でもぼくまものだからつがいになるならこどものこしたいよ、それいがいはないよ」
    「…………」
     サクラは言い返せず、枕から手を離し、下唇を噛み締めてとても悔しそうです。
     言葉は通じると言えども人間と魔物という徹底的が違いがあることは変わらない。それを理解していたつもりだったというのに、結局は表面上しか理解していなかったのだと思い知り、言葉のない悔しさを表情だけで表してくれました。
     気まずい沈黙が流れ、ワカバとクレナイが心配そうに見守るしかできなくなる中、
    「アンタは本当に分かりやすいわねえ」
     いつも通り、心底呆れたトーンでスオウが言葉を発しました。
    「すーちん……」
    「あのねどりぴ。結ばれない未来だとしても、その花の側にいたらダメなんて誰も言ってないし、決めてもないでしょ?」
    「あ」
     サクラだけでなく、どりぴも一緒に声を上げました。
     スオウは続けます。
    「あの花だっていつまでそこに咲いているかなんて分からないでしょ? 花の命は短いって言うんだし、仲良く過ごせる時間はアタシたちが考えているよりもずっと短いに決まってる。アンタは子供が残せないからって好きな子と距離とって、最後の一時までその花をひとりぼっちにさせるつもり?」
    「う、ううん」
    「じゃあ、その時が来るまであの花に寄り添えばいいじゃないの。両想いなんでしょ? 惚れた相手に寂しい想いをさせるんじゃないわよ」
    「う、うん」
     動揺しつつも答え、どりぴは枕の下から姿を現しました。
     すると、ワカバはどりぴの頭を撫でて、
    「好きだからいっしょにいるのがフツー、つがいになるならないかんけいないよ、いっしょにいるだけで楽しくておいしいもん」
    「ええ。楽しい時間は今しかないのですから、それを謳歌することだけを考えましょう? あのお花ちゃんだってそれを望んでいるはずですわ」
     クレナイも優しく声をかけると、どりぴは仲間たちの顔を見回して、
    「うん……うん、そうだね。ぼくまものだけどなっとく」
     もう震えていません。ハッキリ答えました。
    「じゃあ! あのお花とどりぴがおもしろ楽しく過ごせるようにウチらも応援するっしょ! どりぴラブラブ生活期間をここに宣言するし!」
    「おー」
    「ワタクシにも是非とも協力させてくださいまし!」
     なんて盛り上がる外で、スオウは静かに振り返り、
    「で、話はまとまったけど? アンタたちはいつまでそうしてるのよ」
     見下す先にいるのは床に崩れ落ちているカヤとコキ。
    「いえ……ちょっと、色々と心にくることがありまして……少しすれば回復するのでお気遣いなく……」
    「子孫を残せない交際に意味がない……ってところに自分の人生に意味と意義を考えてしまっただけよ……」
    「バカレズ女ども」



     その後。
     キャンバス一行はアーモロードから樹海入り口までの道を通る度に、どりぴと赤い花が楽しく過ごせる時間を作りました。
     探索がある日はわずかな時間、探索がない日は日が登ってから日が落ちるまでの長い時間をお互い過ごしました。
     人間の言葉を話し、理解することができるどりぴと異なり、物言わぬ植物である赤い花がこの日々について何を想い、どう過ごしているのかキャンバスの人間たちには全く理解できませんでしたが……日々を楽しげに過ごすどりぴを見ていると、喜びと幸せに包まれている穏やかな日々を過ごせていることは想像に難くありません。
     しかし、咲いた花の寿命は恐ろしく短いもの。
    「うーむ、やっぱ昨日に比べると元気ないよなあ」
     いつもの樹海探索前、どりぴの穏やかな時間は終わり、サクラの頭の上に戻っていました。
     その指摘に心当たりがあるのかどりぴは視線を落とします。
    「ぼくまものだけどげんきないのわかった」
    「だよなあ。昨日は曇ってて日当たりも良くなかったし、それもあっちまうのかなあ」
    「お花ちゃんに栄養剤とかあげてみましょうか?」
     クレナイの提案にどりぴは「だめ」と答え。
    「あのこはしぜんのちからでさくことにほこりをもってる、ひとのてがくわえられたらじぶんのうつくしさじゃないからっていってた、そんなことしちゃダメ」
    「まあ……お花ちゃんの信念であるならそれを否定してはいけませんわね」
     少し残念そうにぼやきつつもどりぴと花の意向を受け止めたのでした。
     すると、コキが軽く手を叩き、
    「花を摘んで持ち帰って部屋に飾っておくのはどう? それなら今みたいにわずかな時間じゃなくてお互いに好きな時に話が」
     そこまで言った次の瞬間、どりぴは瞬時にコキを見て、
    「ぼくまものだけどはなをつむことはにくたいのいちぶをひきちぎるこういにひとしいにんげんにたとえるならてあしをもぎとるようなものではなのじゅみょうをさらにちぢめることにもなるしあのこはここがすきでさいているからむりやりつれだすのはさいていでざんこくなこういでぎゃくたいにもなるとおもう」
     一息もつかずに淡々と詰めました。声のトーンも一定でしたが、その言葉の中には確かに「怒り」がありました。
     百戦錬磨のギルマスも魔物に静かで大きな怒りを向けられるのは生まれて初めてで、すぐさま顔を青くして、
    「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」
     何度も謝るしかありません。
    「いいよ」
     どりぴは寛大なのですぐに許してくれました。
    「おー、どりぴこわいね」
    「どりぴちゃんがブチギレている様を初めて見ましたわ」
    「私もです。しかし、あの花がこのまま弱っていくのを黙って見守るだけで本当に良いのでしょうか……」
     話したところで花の命が尽きる運命は変えられません。
     途方に暮れながら、彼女たちは樹海に入るのでした。



     翌日、雲ひとつない晴天の最中で行った探索はいつもより早く終わりました。
     アリアドネの糸で戻った先は樹海の入り口、今日も全員が無事に樹海から戻ってくることができたのを確認した後、宿に向かって帰路に着くのです。
     戦闘を歩くコキは、大きなため息を吐きます。
    「メディカの減りが早いな……って思ったら単純に買い足すのを忘れていただけだったなんて……」
    「んまーギリ足りたんだし結果オーライっしょ! みんなちゃんと帰ってこれたんだし!」
    「おなかすいた、イノシシ、食べたかった」
    「大イノシシが現れる度にコキが瞬時に石化させていましたものね」
    「放置しておいたらどうなってしまうかは私とクレナイが身を持って分からせられているでしょうが」
    「それもそうですわ」
    「イノシシのおにく……」
    「あらあらワカバちゃん、石化させずにイノシシを倒せたらそれで牡丹鍋を作ってあげますから、落ち込まないでくださいまし」
    「たべるたべる、たのしみ」
    「牡丹鍋……それって美味しいんですか? あまり馴染みがないのですが」
    「とっても美味しいですわよ! 少しクセがあって独特な風味はしますが、そこがまた良いのです」
    「へ、へえ……?」
    「カヤちゃんのためにも絶対に作りますわ! 楽しみに待っていてくださいまし!」
    「いやそんな、気を回さなくても……」
    「あっ‼︎」
     突然大声を上げたコキが立ち止まりました。他のメンバーと少しだけ距離が空いていたのでぶつかる人はいませんでした。
    「どしたんリーダー! 白亜ノ森に忘れもんでもした⁉︎ だとしたら手遅れだと思うっしょ!」
    「ぼくまものだけどそうおもう」
    「ち、違う! あれ……例の赤い、花……」
     コキが指す先はどりぴの好きな子、赤い花が根を下ろし、大地に咲き誇っている草地。
     赤色の花は無くなっていました。跡形もなく、綺麗に消え去っていました。
    「えっ⁉︎」
     全員で驚きの声を上げて花が咲いていた草地に集まります。そこには草の絨毯しかありません。
    「そ、そんな……どうして……?」
     カヤはすぐに膝をついて花が咲いていた場所に触れてみます。実は隠されていた……なんてこともなく、柔らかい草が手をくすぐるだけでした。
    「なんで⁉︎ なんでなんで⁉︎ 今朝はちゃんとあったじゃん! どゆこと⁉︎ なんで消されてんの⁉︎」
    「野生動物に食べられてしまったような形跡もありませんわ……」
    「今日は天気もいいし風もあまり吹いてないから自然の力にやられたって線もない、か……どこに消えちゃったのかしら……」
     口々に予測したところで花が帰ってくることはありません。
     どりぴはサクラの頭の上から草地に降り、花があった場所に近付きます。
    「…………」
     一言も喋らず、黙って地面を見つめているその背中から、言いようのない悲しみが伝わってきました。
    「どりぴ」
     ワカバが声をかけてもどりぴは微動だにしません。
     誰もが言葉を失くし、慰めの言葉をかけることすら躊躇っている中、
    「あれ……この地面……色が」
     カヤが何かに気づいた刹那、
    「こんにちは! キャンバスのみなさん! 探索帰りですか?」
     突然遠くから響く元気な声。
     振り返るとそこにいるのはアーモロードの衛兵、手を振りながら挨拶をしてくれる人の良さそうな青年が。
    「貴様が犯人か、殺す」
     人の目には捉えられない速さで抜刀して刀を喉元に突きつけたクレナイに脅迫されていました。
    「ギエッ‼︎」
     悲鳴を上げて固まる衛兵、瞬時に訪れた死の危険に身動きひとつ取れなくなりました。
    「よくもどりぴちゃんの大切な方を……貴様には生きても死んでも償うチャンスを与えませんわ。恐怖と絶望に溺れながら手足をもぎ取り、かろうじて生きている状態にしてから土に埋めてじわじわと自然界の養分になって身が朽ちていく感覚を一秒一秒噛み締めながら最終的に燃やして殺しましょう。だから切るのは首ではなく足から……まずは逃げないように穴を開けて」
     銃を抜こうとする前に、いつの間にか背後に立っていたワカバに襟首を掴まれます。
    「あら?」
     そのまま引きずられるように引っ張られ、衛兵から離されてしまいます。
    「ワカバちゃ〜ん?」
     抗議の声は聞かないことにして、危機が去った衛兵は安堵の息を吐きました。
    「ふい……油断したぁ、殺されるかと思ったぁ。今日は例の男嫌いヤバヤバショーグンさんがいる日だったんだね」
     明るく言ってくれましたが、言葉の中に違和感のあるワードがあることを聞き逃さなかったコキは。
    「ちょっと待て、そういう風に呼ばれているのか? クレナイは?」
    「そうだよ。鉢合わせしたら今みたいにえらい目に遭うからね。接触を防ぐために樹海入り口見張り当番の間で連絡網回してる」
    「連絡網……」
     コキ唖然。カヤも絶句。
    「アンタたちは最初に深都を発見した上に、誰よりも樹海の深部に近付いている腕利きギルドだ。多少の欠点には目を瞑ってやれってのが元老院の婆さんのご指示だよ。だから気にしなくてもいいって」
    「すみません……すみません……」
     謝るのはもちろんカヤです、ただし。
    「いいっていいって、冒険者なんて曲者揃いなんだから男嫌いなんて今更だし! ところでファランクスのお嬢さん? どうしてギルマスさんの後ろに隠れて謝ってんの?」
    「習性」
    「習性かあ」
     答えたのはコキでしたが衛兵は納得したのでした。
    「そうだ! なあなあ衛兵さん! ここに咲いてた花! 赤色の綺麗な花があったはずなんだけどさ! 今朝まであったやつ! どこ行ったか知らね⁉︎」
     直近の問題を思い出して捲し立てるようにサクラが尋ねると、衛兵は答えてくれます。
    「花? ああ、あの赤色の花ね? あれなら観光に来てた老夫婦が摘んで帰ったけど?」
     まるで「向こうの曲がり角の先にパン屋さんがありますよ」と案内するように軽く、当たり前のことを話すような口調で答えてくれたものですから、冒険者たち全員は口を大きく開けて固まりました。クレナイを除いて。
     その様子に衛兵は「ああ!」と、何かに気付いたようにぼやいてから、
    「そっかそっか! 冒険者さんはあんまり知らないか! アーモロードを訪れる観光客の通過儀礼!」
    「通過儀礼? 何だそれは」
     コキが尋ね、衛兵は答えます。
    「アーモロードを訪れる観光客の皆さんは、そのほとんどが世界樹の迷宮に興味を持ってやってくる。とはいえ冒険者登録もしてない上にアーモロードの住民でもない人たちが樹海に入ることはできない……それは知ってるよね?」
     全員が首を縦に振りました。睨みを効かせているクレナイを除いて。
    「樹海に入ることができない代わりに、観光客の皆さんは世界樹の迷宮を訪れた記念に、樹海入り口に咲いている花を摘んで帰るんだ。これは元老院が推進しているビジネスの一種でね、無理にダメだと言って突っぱねてしまうよりもある程度の満足感を与えてお帰りになっていただく方が、後に大きなトラブルを招かなくても済むんだよ」
     全員が「へぇ〜」と感心の声を上げました。唸り声をあげているクレナイを除いて。
    「冒険者さんは観光客とあまり関わらないし、アーモロードの観光業に興味がなくて当然だから知らなくても仕方ないよ」
    「そ、そうだっ、たんだ……」
     コキがぼやいて横目でどりぴに視線を送ります。
     変わらず、花が咲いていた跡の前で佇んでいるだけでした。
    「君たちもここに咲いてある花が欲しかったのかい? 乱獲するのは御法度だけど、一本や二本ぐらい持ち帰っても良かったのに。その程度なら誰も咎めないし、たまに街の子供が」
     衛兵がそこまで言った時、サクラはどりぴを頭から掴みました。
     そして、振り向きざまに、
    「バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
     ぶん投げました。衛兵に向かって。
     そこそこの速度で飛ばされたどりぴは衛兵の額にクリティカルヒット。ドゴォという音が聞こえましたね。
    「ごへえ」
     汚い悲鳴が響き、目の前で星が輝いた衛兵は背中から地面に倒れ、彼の額でバウンドしたどりぴは空中に放り出されました。
     放物線を描き、地面を目指して落下を始めたどりぴをカヤは手を伸ばして両手でキャッチ。
    「危なかった……」
     無事に救出できたことで安堵の息を吐きました。
    「よくやってくれましたわサクラちゃん! このまま一気にトドメを!」
    「だめ」
     興奮気味のクレナイは前へ前へ出ようとしますが、ワカバが離さないためその場から一歩も動くことができませんでした。
    「ぬわー‼︎」
     騒いでいる間にもサクラは背中を向け、泣き声のような雄叫びのような声を上げながらアーモロードの街に向けて駆け出して行くではありませんか。
     悲痛に満ちた背中はあっという間に見えなくなり、しばらくは彼女の声だけが木霊します。
    「サクラさん⁉︎ どこに行くんですかサクラさーん!」
    「サクラ〜」
     カヤとどりぴに呼ばれてもサクラは戻ってきませんでした。
    「お、おれが……何をしたって……言うんだ……」
    「悪いことはしてない……何も知らなかっただけだ……」
     倒れたまま震えている衛兵に対し、コキは淡々とした言葉をかけることしかできなかったそうな

     

     クレナイが暴れるので衛兵は放置し、街に戻ったキャンバス一行。
     走り去ってしまったサクラを探して街中を駆け回った結果、彼女が訪れている可能性が高いであろう場所に辿り着きます。
     そこの名前はアーマンの宿、サクラとスオウが共同で使用している部屋でした。
    「おじゃましま……うわっ、すごいことになってる」
     ノックをしてからドアを開けたコキが最初に見た光景は、床一面に散らばった折り紙や色画用紙。
     まだ節制の効かない子供に紙を与えた結果と称することに相応しい散らかりように、思わず顔を引き攣らせました。
     散らかした張本人ことサクラといえば、部屋に人が訪れたことも意に返さず、背を向けたまま床の上に座り込んでいました。
    「…………」
     ギルド内で誰よりも騒がしい彼女がまだ、言葉を発していません。
    「おー、ちらかってる」
    「あらあら、スオウちゃんが帰ってきたら間違いなく怒り狂いそうな状況ですわね」
     ワカバとクレナイも続いて部屋に入り、最後にどりぴを腕に抱えたカヤが紙だらけの部屋に足を踏み入れます。
    「サクラさん……? 大丈夫ですか……?」
    「サクラ……」
     声をかけてもサクラは振り返りません。ワカバとクレナイも顔を見合わせ不安げな表情を浮かべるばかり。
     かける言葉を頭の中で模索する中、コキはサクラの元へ行き、
    「大切な親友の好きな相手が突然いなくなって、友達想いのアナタが落ち込んでしまうのはよく理解してる。あれは仕方がない……っていう一言では片付けられないけど、でも……いなくなってしまった現実を変えることはできないから、ゆっくりでいいから、受け入れていくしか」
     優しく語りかけ、肩を叩いた時でした。
    「できたー‼︎」
     突然大声を上げたと思ったら何かを持ち上げ、コキが反射的に手を離してギョッとしました。
     持ち上げられたのは白いキャンバスに色画用紙を貼り合わせて作られた花。どりぴの恋のお相手にそっくりでした。
     立ち上がったサクラはくるりと振り返ります。衛兵を攻撃して走り去った時の悲痛な表情はどこにもなく、満面の笑みを浮かべていました。
    「どうだどりぴ! これ! あのお花にそっくりじゃね⁉︎」
     堂々と言いますが、カヤの腕の中にいるどりぴは冷静で。
    「あんまり。りんかくがちょっとちがうよ」
    「なーん!」
     厳しい評価にがっくりと肩を落としましたが、周りは話についていけずに目を白黒させるばかり。
     コキは耐え切れずに声をかけます。
    「……サクラ、何をしてたの……?」
    「あ。リーダーいはらい! 今な、どりぴの好きな子の貼り絵を作ってたんだ」
    「貼り絵を?」
     サクラは大きく頷き、作ったばかりの貼り絵に目を落とします。
    「あのお花ちゃんのことをハッキリ覚えている内に何かの形にしようと思ったんだよ。お別れは本当に突然で悲しくて嫌な終わり方になっちまったけどさ、お花ちゃんと関わってきた数日間はどりぴにとってかけがえのない楽しい日々になってた、悲しい時間より楽しい時間の方が圧倒的に多かった。だから、その楽しい思い出をちゃんと形に残しておきたいんだ」
     吐露したサクラの目は貼り絵ではなく別の何かを写しているように……見えました。
     過去に塞ぎきれなかった傷口に触れられてしまったような……苦いけど、傷ができるまでの楽しい思い出にも浸っているような。
     彼女らしくない哀愁に満ちた何かを写しているように、コキには見えました。
    「……サクラって」
    「お優しいサクラちゃんらしいアイディアですわ。覚えている内に形にしてしまう素早い切り替え、簡単に真似できるものではありません」
     コキの発言を遮るようにクレナイが言い、コキは言葉を飲み込みました。
     遮ったのは偶然かもしれませんが。
    「ありがとくれっち。でも色画用紙がなくなっちまってさ、お小遣いもあんまりないんだよなあ〜? リーダー」
    「うちは給料の前借りはしてないしする余裕はないわよ。日当制って言ったでしょ」
    「がっかり」
     口で感情を表現するタイプのサクラは再び肩を落としました。
     すると、どりぴはカヤの腕からするりと抜けると、床に散らばった色画用紙を踏み締めながらサクラの足元へやって来ます。
     自分よりも遥かに背の高い彼女を見上げ、表情が変わるはずもない顔を向けて、大切な友達の名を呼びます。
    「サクラ」
    「どした?」
     サクラは自分よりも小さいどりぴを見下げ、穏やかな表情を向けて言葉の続きを待ちます。
     どりぴは言います。
    「ぼくもいっしょにはりえをつくりたい。あのこがいきていたあかしをかたちにしたい、あのことのたのしいおもいでをわすれたくないから」
    「どりぴ……」
    「ぼくのためにないたりおこったりはりえをつくってくれて、うれしかったよ」
    「どりぴ!」
     サクラは貼り絵のスケッチブックを投げ捨てるとどりぴを両手で掴んで持ち上げます。そしてその場でくるくる回りながら。
    「よし! じゃあ誰にも負けない力作を作ろうぜ! すんごくキレイな大輪の花を描いてやってさ! あのお花ちゃんをびっくりさせてやろうぜ!」
    「おー」
     抱き抱えられながら両手を上下に振るどりぴ。やる気と気合いは十分です。
     二人の絆の強さを目の当たりにした仲間たちも安堵の息を吐き、
    「どりぴとサクラ、元気になってよかったよかった」
    「本当にね。この二人は大切な人の別れを泣いて悔やむよりも、前を向いてできることを考えて奔走する方が似合ってるわ」
    「ええ……しかし、誰にも負けない大作とは何でしょう? 想像もつきませんわ〜彩を良くするために男を殺して磔にしましょうか?」
    「それで彩りがあると断言する感性を持っているのはクレナイさんだけですよ」
     それぞれの想いを口にした時でした。
    「ちょっとぉ、人の部屋で何を騒いで」
     静かにスオウが帰宅。途端に見えてしまった床一面に散らかった色紙たちを見て怪訝な顔を浮かべ。
    「邪魔」
     それだけ言って炎の星術で燃やしました。躊躇なく部屋の中で放ちました。
    「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎」
     サクラの力作はしっかり燃えて墨と化しました。一瞬の、出来事でした。
     すかさずスオウが氷の起動札を使って鎮火してくれたのでボヤ騒ぎは免れましたが「散らかしているものは不要とみなす、不要であれば捨てる」という子供の頃に親に散々言われたことを大人になった今に思い出したサクラは崩れ落ち、二時間ほど動かなくなってしまったそうな。

     一ヶ月後、アーモロード観光案内所に美しい赤い花の巨大な切り絵が寄付されたとか。
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