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    ナナ氏

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    ナナ氏

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    【世界樹Ⅲリマスター】分身が得意なシノビ、コキによる分身のお話
    (※2024年刊行の和風職アンソロジーの再掲です)

    シノビよ分身する生態であれ 海都アーモロード。
     世界樹の迷宮の踏破を夢見る者、一攫千金のために命をかける者、まだ見ぬロマンを求める者……等々が集まる冒険者の街です。ドリアンの刺身が名物。
     この街に点在している宿のひとつ、アーマンの宿の玄関を勢いよく開ける元気な声がありまして。
    「ただいまー!」
     見た目は王族、中身は立派なモンクの少女、名前はサクラ。桃水金の三色カラーの髪がトレードマークと自称しています。
     彼女は、猪が突進する勢いでアーモロードの世界樹を探索しているギルド「キャンバス」のメンバーです。
     ギルドメンバー全員が女性ということと、男性完全禁制が特徴です。男が近付けば命の保障はできないとされています。
    「お使い終わって帰ってきたしー! ウチってばマジで有能じゃね!?」
     近所迷惑なんのその、テンションが上がった子供のように叫ぶと同時に視界に飛び込んできたのは宿の共同スペースでして、
    「あら、おかえり。お使いご苦労様」
     キャンバスのギルドマスター、長身にポニーテールの女シノビ、コキの腕には彼女にそっくりの姿形をした五歳ほどの小さな女の子が抱かれていたのでした。
     その光景を視界に映し脳に情報を送り、状況から成る答えを導き出したサクラは、考えるよりも先に叫びます。
    「うわあああああああああああああ! リーダーがコドモ産んで人妻になってるうううううううううう!!」
    「産むかあああああああ!!」
     今日もアーマンの宿は騒音の被害に悩まされています。

     

     「んえ? じゃあこのちんちくりんなリーダーは何なん?」
     後頭部に生まれたタンコブを労るように撫でるサクラは、コキの足元で立ち尽くしたままの少女を指しました。
     短剣を収めるコキはため息交じりに答えます。
    「この子は私の分身よ、サイズは小さいけど」
    「分身ちゃん? なんでこんなにちんちくりんなん?」
     尋ねつつ中腰になって分身を観察。分身は一言も発さずにサクラを見上げ、きょとんとしていました。
    「分身って言うのは気功術の応用で生み出した幻影に自身の生命力と精神力を注ぐことで実体化させるシノビの術なんだけど、実体化させる時に使う力を調整すれば小さい分身が作れるんじゃないかと思って試してみたの」
    「それで完成された分身ちゃんがコチラ! なのかあ」
     納得したサクラが分身を抱き上げます。分身は抵抗する素振りを一切見せず、サクラにその身を預けました。
    「こうして見るとチョォ可愛い〜! 中身がリーダーだって分かっていても子供サイズだから別の生き物ってカンジ!」
    「ちょっとそれどういう意味よ」
     分身本体からのクレームは無視し、サクラは分身の頭を撫で、まるで本物の子供のように可愛がります。
     分身はされるがまま、髪が乱れるのも気にせず撫でられていました。
    「こんだけちっちゃいと力も弱そうぢゃん。なんつーの? 戦うことは全然できない非戦闘員みたいな感じっつーの? そーゆーのありそ〜」
    「見た目は小さいけどポテンシャルは私のままだから、自分よりも大きな魔物や大人の首を刈り取れるし、撒菱で毒をばら撒けるし、サクラをここで石化させることも可能よ」
    「んひっ」
     サクラから飛び出す小さな悲鳴。
     同時に分身を落としてしまいそうになりましたが寸前で耐え、ぎこちない動きで足元に降ろすのでした。
     そして、視線を分身からコキへと向け、
    「さすがリーダー、華奢な体にも関わらずでっけえポテンシャルを秘めてるっつーのは今も昔も変わらないんだな……」
    「この子は私の過去の生き写しとかじゃないから……ってかどこ見て言ってるのよ」
     胸をガン見する少女を軽く叱りつつ、分身を消してこの話を終わらせたのでした。



     世界樹の迷宮。第三階層、光輝ノ石窟。
     この地を探索するキャンバス一行の前には、つい数秒前まで命を燃やし、外敵となる人間を殺そうとしていた魔物たちが事切れた状態で転がっていました。真っ黒に焦げたり、頭が潰されたりしていました。
     戦闘を終えた冒険者が次に成すべきことと言えば、魔物の死骸から商店に売却できそうな素材の回収をすることです。
     他の冒険者の例に漏れずキャンバスも死骸の解体作業を始めていまして、それを率先して行なっているのはギルドマスターでありギルドの資金を管理しているコキなのです。
    「ってことがこの前あったのよ」
     短剣で魔物の死骸を解体する最中、気まぐれで生み出した小さい分身のことを話終えて、
    「ふーん」
     隣で解体作業を横目で見ているゾディアックの少女、スオウは心底興味がなさそうに返しながら自身の桃色でふわふわした髪の毛先を弄るのでした。
     コキは解体の手を止め、彼女を見ます。
    「興味ないのね」
    「当たり前でしょ、アタシが興味あるのは他人の未来よ。変化って言葉とは無縁の過去なんてどーでもいいわ」
    「自分から話を振っておいて……」
     自由奔放で横暴な性格のスオウに文句を飛ばしたところで聞き入れてもらえないことは明白。
     それは一緒に冒険者を続けてきた長い年月が証明してくれているので、コキは苦情を飲み込み、ため息として消化するだけに留めておくのでした。
     このまま解体作業を再開するのですが……すぐに終了して本日二度目のため息が溢れます。これだけで今回の成果を物語っていました。
    「渋い……」
     立ち上がりつつも今日の収入を考えるだけで気分は憂鬱、ガックリと肩を落としていると、即座に横から元気な声が飛んできます。
    「どんまいリーダー! めげずに切り換えてくっしょ!」
     サクラでした。後ろを向こうともしないポジティブの塊ような言葉は誰かを元気にしたい純粋さだけが含まれていますが、コキはサクラを見ようとはせず、
    「探索を始めて四戦ぐらいしているのに目ぼしい素材にありつけてない状況が続けば切り替える元気もなくなるけど、というか……」
     そこまで言いかけ、視界の端で申し訳なさそうに挙手するファランクスの姿を見て我に返ります。
    「すみません……私の解体マスタリーが未熟なばかりに……」
     謝罪をした彼女の名前はカヤ。元パラディンのファランクス。鎧の色は金色、スカートは緑。髪は短め。
     サブクラスはファーマーで最近は解体マスタリーを学んでいます。ギルドの資金源確保のためですが結果はこの有様。
     落ち込むカヤの肩を、コキは優しく叩きます。
    「まあまあ、自分が全責任を背負っているみたいな顔をしなくてもいいから。素材が取れずに赤字になることなんて珍しくもない。よーくある、こと……なんだ、し……」
     励ましの台詞が進むに連れてどんどん視線は落ちてしまい、表情は暗くなっていくのでした。
    「自分で言いながら精神的なダメージを受けないでくださいよ⁉︎ 私の責任でいいですから!」
    「かやぴはその自己犠牲強めのクセを治したほうがいーぞー」
     後頭部で腕を組むサクラの軽めの忠告。余談ですが彼女は他人をあだ名で呼ぶタイプの人間です。
     さて、一連のやり取りを黙って見ていたスオウの表情は心の底から呆れ果てています。若干のストレスも見えますね。
    「ウチのギルドにお金がないことなんていつものことでしょーが、どっかの大食いがなりふり構わず食べるから……で、その大食いはどこ行ったのよ」
    「ただいま」
     帰宅を告げる短い声が四人の耳に届きました。
     感情表現がやや乏しいウォリアーの女の子、名前はワカバ。長い髪と丸い瞳は緑色です。武器は槌。
     彼女を視界に入れた途端、コキはほんの少しだけホッとしたような、柔らかい笑みを浮かべます。
    「おかえりワカバ。魔物の解体は済んだからそろそろ出発するわよ」
    「わかった。おなかすいた」
     状況を淡々と報告した次の瞬間、コキの顔が引きつりました。
    「……さっき、熱を持っている地面でホムラヤマネコの肉を焼いてなかった……?」
    「おいしかった、おなかすいた」
     食べた上での発言です。この娘、力は強いものの非常に燃費が悪いため常にお腹を空かせている大食い。よって常に莫大な食費がかかっており、コキの悩みの種になっているのです。
     頭を抱えてもワカバの腹は膨らみません。コキは腰のポーチから海藻を乾燥させて作ったおやつを出すと、ワカバの口にねじ込みました。
    「もぐもぐ」
     ワカバは食べ始めました。ほどよく固くしているためすぐに噛み砕くことはできず、口の中で何度も何度も噛み締めています。すっきり塩味です。
    「よし。じゃあ行きましょうか」
     淡々と問題を解決し、出立しようとした矢先、 
    「あっ! リーダーの小さい分身の話で思い出した! あれって探索とかで活かせねーのかな!?」
     やりとりを傍観しているだけだったサクラが突然、この場にいる全員の耳に届くほどの声量で話をほじくり返すではありませんか。
     皆の視線を一身に受けたコキは即答します。
    「生成速度命の分身で手間暇かかる形成なんてしない。以上、終わり」
    「えー! なんで! だって前は出してたじゃん!」
    「あれは作れるかどうか気になったから試したってだけで、小さい分身を探索で活かそうだなんて思ってなかったのよ?」
    「でもさでもさ! なんつーの? 小さい分身ちゃんじゃないと行けない場所とか樹海に出てきそうじゃん! いつもより一回りも二回りも小さい抜け道とか!」
    「その時でしか使わないでしょうが。というかそんな小さな抜け道なん使えないでしょ。全員が通れなきゃ抜け道の意味がないんだから」
    「んえぇ、じゃあさじゃあさ、えーとえーと」
     良い言葉が出てこず頭を抱え始めた頃、ワカバがおやつを食べ終わりました。
    「ごちそうさま。コキ」
    「おかわりはまだ出さないわよ」
    「小さい分身って、なに?」
     食べながら話を聞いていたのか、首を傾げて訪ねました。
    「分身を実体化させる時にちょっと細工すると小柄な分身ができるのよ」
    「見たい」
    「え」
     予想もしてなかった所からの申し出に言葉が止まりました。
     固まっている最中にもワカバは続けて、
    「小さいコキ、見たい」
     無垢な子供のように目を輝かせながらコキをじっと見上げるではありませんか。身長差は大してありませんが。
     即座にサクラの目もギラリと光ますがさておき。
    「見たいみたい」
    「いや、見せびらかすほどのものじゃない……」
    「みたい」
    「ただサイズが縮むってだけで面白みもなくて」
    「見たい見たい」
    「……食べられないわよ?」
    「みたいみたいみたい」
    「………………ええと」



     キャンバス一行の目の前にはコキの分身が立っていました。五歳ほどの子供サイズでした。
    「おぉ〜」
     コキと付き合いの長いワカバでもこれを見るのは初めてで、その場でしゃがんで視線を合わせつつ目をキラキラさせながら、分身を観察していました。
    「なっ? なっ? 小さい分身ちゃん可愛いだろ?」
    「うん」
    「このような応用があるなんて初めて知りました、驚きです」
     大興奮のサクラと頷くワカバ、更に関心するカヤ。それぞれ感想は異なっているものの分身に興味があることは変わりありません。
     で、その後ろでは顔を覆ってるコキがいて。
    「…………」
    「ホント、ワカバには馬鹿みたいに甘いわよね」
     すぐ隣からスオウの心底呆れた台詞が飛んで来るのでした。
    「……なんとでも言って」
     自覚はあるため反論はありません。
    「ちゅーか手早く作んないといけなくない状況だったらこっち作ればよくね? めんどいからしないん?」
     コキに向けて質問をするサクラですが視線は小さい分身から離しません。興味の対象は全くブレていないようでした。
     内心ため息をつきつつもコキは顔から手を離し、答えます。
    「分身っていうのは、樹海では手数を増やすための手段として活用しているけど、本来は自分に瓜二つの幻影を生み出して相手を欺く術。自分自身を完全に投影できてないこの小さな姿は分身の典型的な失敗例でもある。つまりこれは、満足に分身が作れない未熟なシノビという証明でもあるのよ」
     小さな分身が大きく頷いていました。
    「なるほどー、小さい分身ちゃんは失敗作ってことなのかあ。あれ? じゃあなんでわざわざあえて小さい分身ちゃんを作ったんだ? リーダー?」
    「ああ。私、分身で失敗したことなかったから未熟な分身ってどんなのかなーって思って、それで試してみただけ」
     首を傾げ、緊張感のカケラもない口ぶりで言いました。言ってのけました。分身も同じように首を傾げ、同じように呑気な表情をしていました。
     途端にサクラだけでなく、スオウの視線も冷え切りまして、
    「リーダーが分身の天才なのは分かるけどさあ、それさあ」
    「アンタのそういうところ本当にムカつくわね」
    「え」
     冷たく言い放たれ唖然としている中、続いてカヤも、
    「最初からできることが当たり前になっている人はできない人の気持ちを理解するためにそれなりの努力が必要になるものです。コキさんはその類だったと……」
    「カヤまで!? なんで!? どうしてこのリアクション!?」
    「分からないからアンタはバカなのよ」
     スオウが冷たく言い切る中で、ワカバだけは「すごいすごい」と言いながら拍手を続けていました。
     冷たい視線と拍手喝采という温度差に耐えられなくなったのか、コキは動揺を隠せないまま分身の元まで行って、
    「と、とにかく! もう満足した? したわね? そろそろ先に進みたいからこの子には戻ってもらうわよ」
     そのまま軽々と持ち上げてそう言えば、カヤはぽつりと。
    「あれ、そういえばコキさんって……」
    「えー!! ウチもっと小さい分身ちゃん見たい!」
     呟きを遮ったのはサクラの大声。カヤは黙って顔を引きつらせるのでした。
    「駄目! これ以上この子を出していると私のギルマスとしての威厳と尊厳が無くなる気がしてきたんだから!」
    「元々無いモノに縋るとか情けないって思わないワケ?」
    「は?」
     スオウの言葉にカチンときたのかいつもより二オクターブ低い声で返した時。

     ずどん

     洞窟全体が揺れるような大きな地響きが発生したのです。
    「うえぇあ!? なになになにどったの!? ウチらどなるん!?」
     動揺したサクラが声を上げた次の瞬間、全員が目にしたのは通路の角から飛び出したドウクツゾウ。冒険者を見ればすぐさま突進を繰り出す巨大な象のような魔物です。
     魔物は勢い余って壁に頭をぶつけると、そのまま数歩後退して方向を変え、冒険者たちに突進……ではなく、体や牙や頭を何度も周囲の壁や岩にぶつけているではありませんか。
    「なんですかあれ、見境なく暴れていますよね⁉︎」
     蒼白するカヤの後ろで、コキは分身を抱えたまま、
    「あー、蝶亭で噂になってるのを聞いたことある。地下九階の南東辺りを一匹で徘徊してるドウクツゾウは気性がメチャクチャ荒いから、見かけたらすぐに逃げろって」
     緊張感のカケラもなく、街中でのんびり噂話をするトーンで言いました。
     するとカヤは振り返り。
    「今まで見てきたドウクツゾウはどれも凶暴でしたが、あの個体は凶暴性がより一層あるようにも見えますね……どうして」
    「あれじゃない?」
     答えたのはスオウでして、指すのはドウクツゾウの右目。
     縦筋に入った深い傷跡はどう見ても自然にできたモノではなく、その傷のせいで目は開かなくなっていました。
    「どこぞかの冒険者が仕留め損ねたみたいね。傷が痛む上に片方の目が見えないことでパニックになっていると見たわ。魔物は人間と違って自分の体の不調なんて理解できないんだから当然よ」
    「なるほど確かに……って、コキさん? 酒場で噂を聞いていたというのにあのドウクツゾウの生息地に入ったんですか……?」
     嫌な予感が脳裏を過ったカヤの声は震えていますが。
    「地図を埋めるのに夢中で気づかなかったわね」
     対照的にコキは冷静、分身を地面に降ろします。
    「ドウクツゾウがこっちに気付いてない内にここから離れたら大丈夫よ。サクラ、アリアドネの糸を……」
    「コキ」
     指示を出した彼女を呼び止めたのはワカバでした。
    「どうしたの?」
    「あれ、たおそ?」
     そう言って魔物を指します。「あれ」とは間違いなくドウクツゾウのことでした。
     しかしコキは首を振ります。横に。
    「今後の探索のことや後続の冒険者のことを考えると倒しておいた方がいいかもしれないけど、あそこまで暴れている魔物に下手に近付いたらこっちの身が危ないわ……というかもう少し暴れてもらって討伐クエストが出てから狩った方が儲けに繋がるかもしれないでしょ」
     自分の考えを淡々と述べました。後半から早口でした。
    「リーダーバリマジ金の亡者すぎ」
     半分呆れたサクラの感想が飛び、スオウが無言で軽蔑の目を向け、ワカバは黙って視線を落とします。
    「ワカバ?」
    「ワカバさん、もしかして怪我で苦しんで暴れているあの魔物に同情して……?」
     カヤが尋ねて、
    「ゾウのお肉、たべたいのに」
     腹を空かせた戦士は答えました。ただの食いしん坊でした。
     誰もが呆れる言葉を告げられたコキは腕を組みまして。
    「……ワカバが食べたいって言うなら討伐方法を考えるけど」
     真剣な顔で答えを出しました。迷いはありませんでした。
    「クソゲキアマ」
     スオウから罵倒が生まれますが、即座に睨みます。
    「お黙り。ドウクツゾウは気が立っているからこっちが攻撃を仕掛ける前に気配を察して突進してきそうね。カヤ以外がまともに喰らったら骨の芯まで粉微塵になるだろうし、ちゃんと考えて攻撃に移さないといけないわ」
    「そうだね」
     ワカバが頷き、続いてカヤも、
    「……ドウクツゾウがこちらに気付いていない今が奇襲のチャンスですから、確実に先手を取りたいですね」
     真面目に意見を述べました。
    「気付いてないとは言ってもあれじゃ近付くことも難しいわ、影縫で足を止めても鼻とか牙に殴られたらアウトだし、遠距離……スオウの星術で仕留められそう?」
    「あれだけデカいとエーテル圧縮しても一撃じゃ無理よ。中途半端にダメージ負わせて更にブチギレさせたら全員あれに轢かれて死ぬだろうし、アタシはそんなの御免よ」
     渋々答えたスオウは近くの岩に腰掛けて欠伸。手伝う気はなく、一刻も早く討伐を諦めて帰りたいと言わずして語っていました。目に見えて非協力的。
    「いっぱい叩いたら、いい? こんらんさせたら、大丈夫?」
     すかさずワカバが槌を振り上げますが、
    「ワカバの攻撃は強力だけど魔物に届くまで時間がかかるのがなあ……それにドウクツゾウの現状が我を忘れて暴れ回っている錯乱状態に近いから、混乱させる意味がないかも」
    「そっか」
     淡々と納得して槌を降ろしました。
     そして、荷物から出したアリアドネの糸を握ったまま立ち尽くしているサクラと言えば。
    「とりあえずゾウを一撃でブチ殺さないとこっちが一撃でバリ殺されるっちゅーのは分かった!」
     現状を簡単な言葉で単純にまとめてくれました。回復専門のモンクである彼女は魔物の殺し方が分からないのでこういった場ではあまり意見を出さないのです。
     課題は分かってもそれを達成できる策はなく、コキは首を捻って悩み続けます。
    「一撃かあ……それもちょっと難しそうね。やっぱり足を止めて総攻撃を仕掛けてすぐにカタをつける方法しか……」
     そこまでぼやいた時でした。
     ふと、足元にぽつんと立ったままの、消し忘れた小さな分身と目が合いました。
     次の瞬間ひらめきが彼女を襲い、手を軽く叩きます。
    「そういえばアナタが残ってたわね。試しにレッツゴー」
     指示を出すと同時に分身はドウクツゾウに向かって音もなく駆けて行きました。小さい背中があっという間に更に小さくなりました。
    「うぎゃああああ!? 何やってんだリーダぁぁぁぁぁ!?」
     絶叫したのはサクラです。迷宮内であることを忘れたシャウトでした。
    「ちょっとサクラさん!?」
     咄嗟に彼女の口を塞いだカヤは魔物に気付かれてないか危惧しましたが、一匹でひたすら暴れ続けている魔物に人間の小娘の声は届いていない様子で、安堵の息が漏れました。
     一連のやり取りを見た後、コキは遠くにいる魔物を指して、
    「今の分身は小さいからドウクツゾウに気取られずに近付けるはずよ。奇襲を仕掛けるのも容易いわ」
    「それで影縫で足を止めて総攻撃という手筈ですか」
     サクラから離れたカヤは武器を握り直し、魔物を見据えますが、
    「いや? カヤたちが行かなくても大丈夫よ。スオウだってやる気ないし」
    「へっ? じゃあどうするつもりですか?」
     カヤの疑問に答える前に分身は次の行動に移していました。
     まず、我を忘れ壁に頭を打ちつけた魔物の横で跳躍。
     「何か」の気配を察知した魔物が頭を上げようとしますが、既に分身は魔物の横の壁を蹴って飛んでおり、頭上を捉えていました。
     分身は短剣を握り、落下します。
     落ちる最中に魔物の首と銅の付け根に浅く、小さく、確実に傷をつけてから、魔物の足元に着地すれば……。
     魔物が動きを止めました。
     コキを除いたキャンバス一同が息を呑む中、魔物の皮膚は急速に硬質化していき。
    「一撃で倒せないなら石にすれば話は早い」
     完全に石化した魔物は短い一生を終え、横に倒れて洞窟に重い音を響かせました。
     洞窟内で反響する音が消える前に分身は戻って来ていました。その表情は心なしか自信に満ち溢れているようにも見えました。
    「よくやったわ分身。もう帰っていいわよ」
     そう告げられた分身は大きく頷き、右手親指を挙げてサインしてから消えてしまいました。まるで最初から存在していなかったように、空中に霧散しました。
    「さて、あの象からは何が採れるかしら。高く売れるといいな」
    「あの……コキさん」
    「ん?」
     まだ見ぬ素材に胸を高鳴らせていると、カヤに呼び止められ、振り返ります。
    「さすがと言うか、展開が早すぎて付いて行けないとも言いますが、まあ、安全は確保されたことですし……改めて聞きたいことが」
    「さっきの分身の能力は本体と同等だけど?」
    「そうではなく、いつも分身に対して本物の人間のように声をかけてますよね? どうしてかな……って」
    「不思議だった?」
    「とても」
     短く断言するとコキは目を丸くして静かに驚きますが、すぐに微笑んで答えます。
    「分身だって私という一個人ではあるから人として接しておきたいの。換えが利く存在だとしても物みたいに扱うのはなんというか、自分が意思のない道具みたいに思えて虚しくなっちゃうから」
     言い切った彼女はカヤではなく、別の遠い場所を懐かしそうに眺めているように……見えました。
    「なるほど、自分自身の誇示のために……」
     納得し、大きく頷いたカヤはふと気付きます。
     ずっと隣に立っているだけだったワカバが頬を膨らませて視線を落とし、まるで子供のように不貞腐れていることに。
    「ワカバさん?」
     声をかけても反応はありません。黙ったままでした。
    「あれ? どうしたの? ワカバ?」
     コキが声をかけても無視。意味がわからず首を傾げると答えはスオウから返ってきます。
    「で、どうやって石にしたゾウを食べるのよ」
    「あっ!!」
     失念していました。石化した魔物は食べることができなくなると。戦闘において非常に便利な石化も、魔物を食べているワカバには不評であるということを。
     己の失態に気づいたコキはワカバの肩を掴んで、
    「ご、ごめんごめんごめん! 本当にごめん! ワカバごめん! ほ、ほら! ドウクツゾウはいないけどこの階にうじゃうじゃいるホムラヤマネコとか狩ってお肉パーティとかしましょ? ね? だから機嫌直して……」
    「むー……」
     謝罪をしつつご機嫌を取ろうとしても返事は不満げな声のみ。これがコキを更に焦らせてしまうのです。
     その様子を眺めるだけのスオウとサクラとカヤはすっかり呆れ顔。
    「いくら分身が一撃でドウクツゾウを仕留められるほど優秀でも、肝心の本体がアレだと分身もただの馬鹿なのよ」
    「リーダーってやっぱり時々迂闊っしょ」
    「常にだと思いますが、その迂闊さから生じるミスも本人の技量で解決できてしまうので深刻に受け取っていないようにも見えますね。ワカバさんの機嫌は直せないみたいですけど」
     ワカバが機嫌を直すまでしばらく進められないと悟った彼女たちは石化した魔物の元まで行き、素材の物色を始めるのでした。
    「この牙使えそうじゃね!? リーダーも喜ぶっしょ!」
    「そこは何も取れずに終わってあの迂闊女に追加ダメージを与える場面でしょうが」
    「スオウさん鬼畜すぎます……」
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