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    アルセノが同衾した翌朝の話。
    絶対に(⚖の)乳首を守りたい書言己官🆚おもしれー恋人が大好きな大マ八。

    ##アルセノ

    急用につき、午前休。 アルハイゼンは人から自分がどう見られるかを気にしない。そもそも他人と自分では根本の価値観が異なる上に、元より備わっている知識量も違う。前提条件が平等でない状態から進める議論ほど無駄な時間は無いだろう。だからこそ他人から向けられる視線も「ああ見られているな」というただの事象に過ぎない。自分がそうなのだから人に「他人からどう見られるか意識しろ」などと口うるさく言ったことは数えられる程しかなかった。その貴重な回数は全て同居人と呼ぶのも躊躇われる、転がり込んできたルームメイトに向けて使われていたが。
     つまり、かの偉大な大建築家以外の人に向けてこの言葉を発するのはアルハイゼンが記憶している限り初めてのことである。
    「セノ、もう少し人の目を気にした装いをするべきだ」
    「だから、この通り大マハマトラの職務服を着ているだろう。いつも通り」
    「ああそうだな。君の威厳はいつも通りだ。だがそのまま外出するのは控えてくれ」
    「何故だ」
    「何故って」
     アルハイゼンはセノの胸部に目を向けた。正確にはその頂に。
     何度見てもそこには薄茶色のシールのような、円形のものが貼り付いている。いや、こんな湾曲した言い方は時間の無駄だ。
     セノの乳首に絆創膏が貼られている。何度見ても、目を擦っても、しっかりと貼られている。
     朝目覚めてから四度目の眼球研磨に、目の前の恋人は「そんなに乾燥しているだろうか」と目薬を手渡してくれた。その気配りの精神にはアルハイゼンとて口元を緩めたくなるが、今はそれどころではない。恋人の乳首の一大事だ。
     不躾にジロジロと見下ろしていると、流石に居心地が悪いのかセノが身を僅かに捩る。
    「……どこか問題があるのか?」
    「胸に、貼ってあるだろう」
    「貼って……ああ、絆創膏の事か。俺の肌の色にも馴染んで、そこまで目立たないだろう?」
    「そうか?」
     そうだろうか。ちらり、ところではなく曝け出された胸板に再び視線を向ければ、集中線を引くかの如く目に入るその一点。確かに、ぱっと見は違和感が無いかもしれない。しかし会話をするほど近くによれば明らかな異変に十人中九人は気が付くだろう。スメール人はただでさえ好奇心旺盛な人種だ。気になってしまえば自然と想像してしまうだろう。その下がどうなっているのか。そして推測するだろう、そこが覆われている理由を。
    「俺は目に入る」
    「お前が意識して見ているだけだろう。普通、男の胸なんて誰も興味がないだろうさ」
    「その仮説は正しくない。現に此処に、君の胸に興味を持っている男がいる」
    「普通じゃないだろうが、お前は」
     表情の変化が乏しいセノの眉が、微かだがハの字に広がる。これはもう少しで折れてくれる予兆だ。セノは案外、頼られたり甘えられたりと生暖かい駄々をこねられるのが好きなようで、彼の仕事を阻害しない限りは高頻度で融通を効かせてくれる。プライドさえ投げ売れば夜の街で働く女性にすら引っ叩かれそうなプレイにも付き合ってくれるのだから、懐の深さでいえばモンドの酒瓶並みだろう。
    「そもそも絆創膏は怪我した部分を手当てする医療用具だろう。この場合において最も適切な使用方法だと思われるが」
    「正確には患部を覆い、外的接触を防ぐためのもので、傷口の保護や細菌の侵入を予防するのが主な役割だ。このテープ自体に治癒効果はほぼ無い」
    「軟膏も塗ったから問題ない。はぁ……お前がそこまで言うなら仕方ないな、これは剥がしていこう」
     セノはそう言うと自分の片胸の頂を人差し指でツンツンと突く。それは本当に、単純な確認作業の動きであったがアルハイゼンの目は引き付けられてしょうがなかった。まめだらけの手に槍だこがある骨ばった指。その先を彩る爪は激しい運動で剥がれないよう常に整えられている。どうしようもなく武人の、男の手がゆっくりと絆創膏の端をめくり、皮膚を軽く引っ張りながら剥がした。
     現れたのは当然、乳首だ。先がツンと少し上に向き、遠目からでも赤く炎症を起こしていることが分かるほど熟れている。それはそうだろう、つい数時間前までアルハイゼンが手ずから(口から)触れて、愛でて、吸っていた部位なのだ。セノ自身よりも間近で確認した実績があったが、こうして明かりの下で改めて見ると、中々に誤魔化しようがない有様である。
    「いや……いや、待て。まさか今度は何も貼らずに行く気か?」
    「はぁ? これを剥がして欲しかったんじゃないのか?」
    「そうだが、これは」
     いくらなんでも駄目じゃないだろうか。と、まったくもって知論派らしからぬ語彙の乏しさを、口元を覆うことで押さえつけたものの、聡明な大マハマトラ様は読み取ったようで「だから貼っていたんだろうが」と視線だけで訴えてくる。せめてローブを、と言えば午後に捕り物があるから邪魔になると言われ。ならば上着を買い与えよう、と言えば後八分で出勤時間だと言う。包帯をさらし状に巻けば大怪我かと部下達に不安を与えるだろうし、既に手持ちの上着はワンピーススタイルが基本で職務服に合わせるのは歪だった。なんて事だ。一度は大賢者候補にまで選ばれ、国家を救った頭脳を持ってしても想い人の乳首ひとつ、いやふたつすら守れないとは。万事休すか。
     草神救出時と同じか、はたまたそれ以上の速度で脳をフル回転させる。だからこそアルハイゼンは気が付かなかった。恋とはどんなに聡明な学者をも木偶の坊にする精神状態であるということ。そして今、目の前で頭ひとつ分背の低い恋人が地を這う勢いで笑い転げていることに。
    「ならば俺が君を抱え上げて背後から胸部を手で覆う。事前にある程度行動パターンを共有してくれれば、アーカーシャなど無くとも自力で演算して完璧に動いてみせよう」
    「アルハイゼン。分かった、俺が悪かったよ。だからもうそれ以上面白くならないでくれ」
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