お一つ1200コインそれは少しの隙間を突いて買わされたものだった。
「ちょこ、ぷれい?」
「うん」
長い冒険後の休暇中、ベッドの上で向かい合って座っていたルイージは恋仲である兄との熱いキスを交わし、さあこれから長い夜を始めようとした時にその兄によって止められた。
「なんかね、感覚共有魔法が掛けられてるみたいでさ、その人の事を念じながらチョコを触るとその人と感覚がリンクするらしいんだ」
「リンクしてるからパッケージに僕が映ってるの?」
「そうみたい。僕が旅商人から買った時は無地だったからね。さっき念じてみたら変化したんだよ」
「ふ〜ん」
パッケージに描かれている自分自身をまじまじと見つめるルイージ。興味津々の視線を浴びながらマリオが封を切れば、中身の板チョコまでルイージの形へと変化していた。
「わぁ、すごい!」
「すごいなぁ」
両者の間から感嘆の声が上がる。こんな形のチョコレートは見た事が無く、それがまさに今さっき出来上がった品だという証であった。
しげしげとチョコレートの出来を眺めていた両者だったが、徐ろにマリオがチョコレートのルイージの胸の辺りをぺろり、と舐めた。
「ひゃあん!?」
途端、生身のルイージから悲鳴が上がる。体を跳ねさせて咄嗟に胸を押さえたその様子にマリオは確信を持った。
「よしよし、ちゃんとリンクしてるみたいだな」
「もう!兄さんのすけべ!」
悪戯っ子の様に笑うマリオを赤い顔をしたルイージはぽこぽこ殴る。それから一番スケベな事をしようとしていた自分を忘れているみたいだった。
「その元気、ちゃんと最期までとっとけよ?これからが本番なんだからな」
と、マリオは流し目でルイージに唱える。すればルイージは更に顔を赤くして、しかし期待に濡れた目を向けてマリオを見つめてきた。
…………そんな、すっかりいやらしい仔になってしまった弟に笑いかけ、マリオはチョコレートの腕の部分を口に含むと、思い切り歯を立ててバキリと割った。
「へっ?」
兄の想像外の行動にルイージから間抜けな声が出た。
しかしそれは一瞬。
「あっ…………?あ、あああああああああッ!!??」
突如として襲ってきた、叫び上げる程の激痛。激痛箇所は丁度マリオが噛み切ったチョコレートルイージの左肘と同じ、左肘であった。
「に、兄さんッ!!?」
「お、結構美味いなこのチョコレート」
「ちょ、ッぅあああああああ!!!!」
それだけでは終わらず、バキボキと骨が粉砕されていく感覚が身を貫き、堪らずルイージは再び絶叫する。箇所は左肘から上。つまりは今、マリオが噛み砕いている部分であった。
「ぁっ、あっ、ぐぅっ…………!」
先程までの甘い雰囲気など露も残らず、ルイージは左手を押さえ激痛に身を丸めて震えている。
この痛みには覚えがある。
いつかの兄の冒険に付いていった時に己のミスにより腕を骨折してしまった時と同じだ。いや、それよりも酷いかもしれない。
「にいっ…………さんっ…………なんっで!」
「なんでって」
ひゅうひゅうと浅くなる息で何とか抗議の声を上げれば、前髪を掴まれて顔を無理に上げられた。
そこで待ち構えていた蕩ける青空と目が合う。
「こうすればお前は僕を忘れないだろ」
「…………え?」
「こうすれば僕がどれだけ家を開けても僕を忘れないから浮気しないよな」
「…………何言って」
「お前の周りには男でも女性でも良い人ばかりだからな心変わりしないようにしておかないと深く心へ刻み込んでさ」
「…………そんなこと」
「快楽でもいいんだがそれじゃ渇きが来た時にどうしようもないだが過度な痛みなら渇く事も与えられる事も忘れる事もないかなって思ってさ深く心へ刻み込んでさ」
「…………あぁあ…………っ!」
…………ルイージは一つ、マリオの厄介な特性を失念していた。それは【長期冒険後の兄は精神不安定になりやすい】という事。それはよく獣の様なセックスとして現れていた為に、そしてそれは既に済ましていた為に、見落としていたのだ。今回は『曲がった方向がルイージにとって最悪の形』となって現れてしまった。
逃走を選択したルイージを読んでいたマリオに、両足を一気に噛み切られた。三度目の激痛に泣き叫ぶ。足の踏ん張りがきかなくなったルイージは動けなくなり、マリオによってベッド上へと引き摺り戻された。
逃げようとしたお仕置きとして、右手を指先から根本まで歯でゆっくりと削り落とされた。徐々に身を削られていく苦痛にルイージは大粒の涙を零して必死に許しを請うが、兄は優しく微笑むだけだった。
股間へ犬歯を突き入れられた時は遂に失神してしまった。下半身を砕かれる度にびくんびくんと跳ねる弟の体をマリオは愉快そうに見ていた。
「起きてルー」
「…………ぅ…………ゔゔゔ…………」
指先に纏わりつく溶けたチョコレートを舐め取りながらマリオはルイージの上へ馬乗りすると、頬をペチペチと叩いてやる。返事こそしたものの、ルイージはもう息も絶え絶えであり、顔面など涙やら汗やら涎やらで酷い事に。
「これで最後だよ」
マリオは頬を引っ掴んで焦点の合ってない弟の目に残りのチョコレートを振ってやる。残すは上半身と頭の部分だけだった。
つまりは人体の急所だ。
「…………ゃ…………ぃゃだ…………ッ!」
固定された顔を小さく振って、ルイージは乞う。泣いて喚いて縋って慈悲を乞う。
「…………まぃ、ぉ"…………やぇて…………ぼく、これ以上、は…………しんっ、じゃ…………っ!!」
「大丈夫死にはしないさこれは『呪術』としては弱すぎて人の命を奪える程の効力はないんだってさだから平気だよ」
「やら、やらぁぁ…………っっ!!!」
「それに僕がお前を殺す訳ないだろ僕がお前を殺すのは僕が先に死んだ時だけだよ」
長生きするお前を見守るのも良いけどさ、やっぱり僕らはいつも一緒にいないとね。
そう甘く囁いたのち、マリオは大口を開けて残りのチョコレートを全て口の中へ。そのまま噛み砕く事なくぺろぺろと溶かしてみれば、段々と呼吸が出来なくなってきたのかルイージの体が藻掻き出す。
「かはっ」
最後には軽い咳の様な声を出して、ルイージは動かなくなった。
そっとマリオがルイージの胸へ耳を当てればそれはちゃんと鼓動をしているし、口に手を当てれば寝息特有の深い呼吸が感じられた。
「…………っふーーーーー…………」
流石に流れた冷や汗を拭き取る。その頃にはもう蕩けた青空は澄み切った青空へ戻っていた。
「これでお前は僕の事を忘れないね」
弟が浮気などしない事など生まれた時から知っている。
「…………お前は死ぬ時、そんな顔をしてそんな声を出すんだね」
これで自分は一人寂しく死ぬ様な事は無くなった。
チョコレート一つでこの先の一生の安堵を得られるのなら安い買い物だったなとマリオはすっかりご機嫌で、頑張ってくれたルイージを清めてやろう、うんと甘やかして抱いてやろうとタオルを取りに寝室を出たのだった。