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    hrtiki

    @hrtiki
    いかがわしい絵とか人を選ぶ絵とかどうしようもないらくがきを置くところ

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    hrtiki

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    両片想いのディアアイ。好意が漏れているアイビーと、それに気づいているディアマンドがもだもだするだけの話。

    ##ディアアイ

    君に届くまで ここのところ、ディアマンドのことが気になっている。とても、気になっている。はぁ、とアイビーがため息をついても、独りの部屋では誰にも知られることがない。
     
     かつて学園の友人達は、よく恋の話をしていた。上級クラスの先輩がかっこいいとか、あの人とあの人が付き合っているとか。友人の中には、「遠くから彼を見ているだけで幸せ」と、うっとりと件の男子生徒を見つめる学友もいた。今になって思えば、彼女は本当に清らかだったと思う。だって今の自分は、遠くから見ているだけでは満たされないから。ひどく傲慢な考えに、アイビーは嫌気が差していた。それでもひとたびディアマンドと対面すると、つい頬が緩むのだ。
     勇敢の鉱石を使った首飾りを毎日着けていることは、ディアマンドも気づいているに違いない。それに触れてはこないが、黙認してくれているものと思っている。
     あの頃学友達が夢中になっていた「恋」という感情がどういうものだったのか、アイビーは今更実感を持ってしまった。それも、ブロディアの第一王子に。

     幸いにも、友として握手を交わしたあの日から、話す機会は格段に増えた。ディアマンドとは次期王同士真面目な話をすることも多いが、いつからか他愛ない会話をすることも増えている。そういう時間を過ごしているときのアイビーからは、いつも笑顔が零れ落ちていた。
    「随分と、上機嫌だな」
     ディアマンドが口角を上げて問う。途端に恥ずかしくなってしまう。
    「私……そんなに浮かれているかしら……」
    「浮かれている、か……言い得て妙だな」
     笑いながら肯定の意を示され、アイビーの恥ずかしさは加速する。今の湯だった顔を、できればディアマンドには見てほしくない。この気持ちを見透かされそうだから。知られては、いけないから。


    ◇◇◇


     最近アイビーの様子がおかしい。普段の様子は落ち着いているが、自分と話す時にはいつも朗らかで、心なしか視線も熱い。白い肌に血色が映えたその顔を見ると、理性がぐらりと動く音がする。
     ディアマンドは気づき始めていた。アイビーはおそらく、自分を憎からず思っているのだろうと。その予測は彼を動揺させるのに十分だった。ディアマンドも、アイビーのことを好いていたから。
     よりによってイルシオンの第一王女に、とは思う。これまでブロディアという国はイルシオンに散々負担を掛けてきた。両国の和平という共通の目的ができ、友としても認め合えたことでこれだけ距離が縮まったが、その「友」の先を望んでしまったことは、自分のことながら図々しいことだったろう。
     ともかく、隣国の次期王同士の恋路というのは好ましくないことはわかる。これ以上踏み込んでも、未来はないかもしれない。
     だから、最近のアイビーと話すのは怖かった。甘く揺れるその瞳を見ると、情愛を掻き立てられるから。それを知られては、いけないから。


    ◇◇◇


    「アイビー王女。待たせてしまったな」
    「いいのよ。私も今来たばかりだから」
     ふわり、と笑うアイビーは美しい。いつもより少し肌の面積が狭い私服姿でも、その色香を遺憾なく発揮している。そしてその胸には、自分がかつて渡した鉱石が輝いている。ああ、やはり彼女は私のことを──と自惚れたくもなるが、間違いであってはいけないので必死にその気持ちを仕舞い込む。それでもそわそわとする胸の内が恨めしい。浮かれているのはむしろ自分の方なのかもしれないと、ディアマンドは思い至った。
     今日は誰がプールで泳いでいた、明日の食事当番は誰がなるらしい、と仲間内の話を始める。話題に事欠かない個性豊かな仲間達の話をするのは楽しかった。その後、今日は自分が何をしていたのかを報告し合った。ディアマンドはいつものごとく鍛錬であったが、山を二つ三つ越えた話をすると、アイビーは目を見張って驚いた。実に愛らしい様子で、そんな顔をさせられたことに満足さえ覚えたディアマンドだったが、すぐに心を鎮めてアイビーの今日の様子を聞く。彼女は部屋にこもってイルシオンの仕事をしていたとのことだった。自分にも書簡に追われて身動きが取れないときがままあったから、つい同情してしまった。
    「それは、大変だったな」
    「でも昼過ぎには終わったから、まだ良いほうだったわ」
    「その後は?」
    「そうね……特には何もしていなかったかしら……。本でも読もうと思ったのだけど、集中できなくて」
     アイビーの顔が陰り、視線が泳いだ。少し心配な兆候だ。
    「それは仕事に疲れていたからではないだろうか。今は、大丈夫か?」
    「ええ……そんなに無理はしていないはずだけど」
     アイビーは微笑んだが、落ち合った時に比べるとどこか弱々しい。
    「顔色があまり良くない。部屋に戻って休んだ方がいいのではないか?」
    「それは……嫌」
     疲れているからそうするわ、などと言うだろうという予想はあっけなく外れた。具合が良くなさそうなのに、ここに留まろうとする理由が見えない。そこまでして自分と居たいのか――などという馬鹿げた考えが浮かんだからすぐにかき消した。
    「部屋に戻ったら、また同じことになるもの。……ただ思い悩むだけ……」
    「悩みがあるのか?」
     思わず身を乗り出した。一歩踏み出して詰め寄る形になり、これは威圧感を与えてしまったと後悔したが、その足を引く気にはなぜかならなかった。すると、ぽっ、と音でも聞こえるように、アイビーの頬に紅が差した。さらには目に見えるほど慌てふためいた。朗らかな様子から沈んだ様子、焦っている様子と次々に変わる様相にディアマンドは戸惑った。
    「その……貴方には、きっとわからないわ……。それじゃあ私、もう行くわね……」
     踵を返して足早に去っていく背中を、引き止めることもなく見送った。アイビーが何かあると、裏庭から空を眺めることをディアマンドは知っていたが、追いかけるのはやめた。アイビーに「ディアマンド王子にはわからない」と決めつけられて釈然としないものはあったが、どんなに近しい間柄でもその人の全てを知ることは困難だということも理解していた。ましてや、彼女の友になったばかりの自分には。
     好ましい人の力になりたいとは思いつつも、アイビーからは悩みを聞き出せそうにない。自分には彼女が必要だと思うときに側に居ることくらいしかできないだろうと、ディアマンド自身も頭を悩ませることになった。


    ◇◇◇


     とっさに逃げてしまった。
     実のところ、アイビーはここのところ部屋で物思いにふけることが多くなっていた。悩みの種はディアマンドだ。彼を好きになってからしばらくが経つ。初めのうちは恋に心を弾ませることの方が多く、ディアマンドの前ではそれを何とか隠してきたとは思っているが、一人になると言い様のない苦しみが彼女の喉元に上がってくるようにもなった。彼の気持ちはさっぱりわからないが、このままではいたくないと強く願っていた。だが、先に進むということには危険もある。一つはディアマンドに拒絶されること。もう一つは、ディアマンドに受け入れられることだった。
     後者は一見喜ばしいことにも思えるが、両国のことを思うと最善ではないことはわかっていた。お互いいずれは一国を預かる身だ。当然、それぞれの国で伴侶を持ち、跡継ぎをもうけることが望まれている。この気持ちを受け入れてもらうことは、自国にとっても良くないが、ディアマンドやブロディアに迷惑をかけることにもなると頭ではわかっていたのだ。
     それなのに、ディアマンドと会うときはつい笑顔になってしまうし、ふと距離が近づいたときは強く恥じ入ってしまう。そんな自分の暴走する気持ちを、いつまで制御できるかはわからなかった。

     裏庭から夜空を見上げる。今日は雲が少なく気持ちの良い天気だった。こんなときは空を駆け抜けるのも悪くないと思って飛竜を呼んだ。乗り込んで首筋を一撫ですると、キィ、と鳴いて飛び立った。子どもの頃から慣れ親しんだ飛竜の後頭部に向かって、小声で言う。
    「あのね、私、ディアマンド王子のことを好きになってしまったの。一体どうすればいいかしら……」
     空の上、飛竜の他に聞くものは誰もいない内緒話だった。一通り聞き終えた飛竜は、ギィ、と鳴いて、アイビーに答えた。


    ◇◇◇


     このところアイビーに避けられているような気がする。
     会えば笑みも交わすし雑談もする。今までの通り熱く見つめられている気もする。しかしアイビーは決まって早めに話を切り上げて去るのであった。何か心境の変化があったのだろう。それだのに、アイビーはあの首飾りを欠かすことはなかった。ディアマンドはアイビーの気持ちを測りかねていた。
     ディアマンドが彼女に惹かれているのは認めざるを得ない事実だった。しかしながら、両国の未来を思うと叶わない想いであろうから、この気持ちは閉じ込めておこうと決めていた。しかし想いを閉じ込めた蓋はことことと鳴って、今にも吹き飛んでしまいそうだった。
     話しているときのアイビーの反応は悪くない。ことを起こせば、半分くらいの確率で成功するだろうと予測していた。あとの半分の可能性は、彼女が国を思って彼を遠ざけるということだった。
     しかし成功したとて難儀だ。両国を治めるのだから、まさかアイビーを娶るわけにもいかない。ならば、その結末は別れではないのか。それならば、お互いを深く知る前に距離を置いたほうが傷は浅く済む。もしかしたらアイビーの方もそう思っているのかもしれない。
     だけれど、このままでは息苦しくて仕方がない。願わくば、アイビーの特別な男になりたい。そんな渇望はいくらでも湧いてきて、ディアマンドは焦った。
     互いに別れの傷を負う結果になるかもしれない。それでもアイビーをものにしようとするのは、彼女にとっては迷惑ですらあるかもしれない。相手を傷つける可能性があるのに、想いを打ち明けたいという気持ちは止まってはくれない。
     アイビーは、きっと半分くらいの確率で、自分を振ってくれるはずだ。そうすれば流石に諦めはつく。そんな都合のよい考えは、ディアマンドの胸から消え失せることはなかった。


    ◇◇◇


     このところディアマンドを避けてしまっている気がする。会えば話はするけれど、どうしても恥ずかしくなって逃げてしまう。ここまでくればアイビーは気づき始めていた。自分のディアマンドへの想いは、きっと本人にすら隠し通せていなかっただろうと。
     ディアマンドと話していると、胸のあたりに好き、好きという気持ちが自然と湧き出てくる。それを隠したいのに、心は好きだと叫び続けている。それに耐えかねて、逃げ出してしまうのだ。
     まさか自分がこんな風になるとは思っていなかった。イルシオン第一王女の自分が、恋に溺れるなどと。これでは次代王としては失格なのかもしれない。それでもどうしても、この気持ちを手放すことはできない。
     どちらに転ぶにせよ、いっそ打ち明けた方が楽なのではと思うようになった。振られれば幸い、もし受け入れられたらその時はその時だ。アイビーはもはややけっぱちになっていた。
     胸に輝く「勇敢」の鉱石を握る。ああ、私にもう少しの勇気があれば。この首飾りはアイビーに何度も力を与えてくれた。もしかしたら今も、そのときなのかもしれない。
     
     それなのに、その次にディアマンドと会ったときも、逃げ出してしまった。
     前途は多難だった。


    ◇◇◇


     ディアマンドは自室の机の引き出しから、小さな革袋を取り出した。その中から水色に輝く鉱石を取り出し、軽く握る。
     あのときアイビーに与えた鉱石は、実を言うとディアマンド自身のお守りだった。アイビーにそれを渡した後は、自分にとってその鉱石は役目を終えたのだと、そう思っていた。
     しかしディアマンドは再びその鉱石を手に入れた。お守りがないから心もとなくなった、という理由が全くないと言えば嘘になるが、ディアマンドはアイビーと同じものを持っていたかったのだ。そして今、その鉱石の「勇敢」の意味を彼は欲していた。

     アイビーに想いを伝える。

     それは恐ろしいことだったが、きっと今なら言える。大丈夫だ。ディアマンドは己を奮い立たせる。
     アイビーのことを好いてからディアマンドはずっと考え続けていた。彼女と友としてあろうとしていたはずだが、友のさらに先を求める気持ちはいつまでもそこに在った。想いを伝えて駄目なら諦めはつく。もし叶ってしまったら、王になるべきアイビーに負担を強いることになるかもしれないが、彼女のためにできる限りのことはしようと肚は決まった。最後のひと押しが、この鉱石だった。ディアマンドは鉱石を革袋に入れ、懐に忍ばせた。
     アイビーとは待ち合わせをしている。彼は部屋を出て、噴水の方に向けて歩き出した。


    ◇◇◇


     噴水の傍らでディアマンドを待つアイビーは、会う前から、自分の心臓がどこまで持つかわからなかった。日々、恋の病が重くなっていっているのを感じる。ディアマンドのことをいつまでも諦められないのは、彼女の底にある執着ゆえだろうか。理由はどうでも良い、何にせよ今の症状は収まらないのだから。
     遠くからディアマンドが近づいてくるのが見えた。しかしその表情は固く、普段の彼ではないことを悟る。難しい顔をしているところを見ると、また祖国の諸侯と何かがあったのだろうか。今日はその相談ごとになるかもしれないから、浮かれてばかりはいられないなと、アイビーもきりりと表情を引き締める。

    「また待たせてしまったな」
    「大丈夫よ、私が早く着いてしまっただけ……」
     これは本当で、アイビーはディアマンドに会えるのが嬉しくて毎度早めに場所に向かってしまうのだった。何とも単純だな、と自分に苦笑する。
    「今日は面持ちが固いわね。何かあったの?」
    「それなのだが……」
     そう言うとディアマンドは懐に手を入れ、小さな革袋を取り出した。そこからさらに、見慣れた水色の鉱石を手のひらに載せた。
    「……これは…………」
    「アイビー王女の首飾りのものと、同じものだ」
    「やっぱりそうよね。これが何か……?」
    「君も気づいていただろう。君に渡したその石が、私自身のお守りだったと。私は、その石を必要としている、その程度の男なのだと」
    「……それは……知っていたわ。だから貴方には本当に感謝しているの。それに貴方がそれを必要としていても、格好悪いなんて思わない。私も、同じだもの」
    「はは、そうだな。本当に同じだな、私達は……」
     彼は王族の長子ということも含めてそう言ったのだろう。今日初めて、笑ってくれた。

    「今、なぜこれを持ってきたか、わかるだろうか」
    「いいえ……何か国の方で、大変なことが?」
    「国のことではないが、おおごとなのは確かだな」
     ディアマンドの表情から緊張が抜けた。国のことではないのであれば何のことだろう、と考える間もなく、ディアマンドは言葉を継いだ。
    「アイビー王女。私は君が好きだ」
    「…………それは、友人として?」
    「いや。一人の女性として、人間として」
     頭を殴られたかのような衝撃だった。――まさかディアマンド王子が、私を? アイビーにはそんな兆候は全く見えなかったが、自分と違って彼は隠しおおせていた、ということだろう。
    「この石がなければ、たったそれだけのことも言えなかった。私は実に、不甲斐ない男だ」
    「そんなこと……。不甲斐ないだなんて、思わないわ。だって……私だって、言えなかったもの。貴方が好きだって……」
    「そうか……薄々気づいてはいた。私の自惚れではなかったということか……」
     ふっ、と安堵したかのように息を吐いたディアマンドに、アイビーは顔が火照った。やはり自分の好意は彼に伝わっていたのだ。ああ、恥ずかしい。
    「それは……あまり、言わないで……」
    「わかった。アイビー王女。私達はお互い好き同士ということだが……君と特別な関係になりたいと願う私もいるが、国のためにはそれは良くないのではないかと思う私もいる」
    「……私もそう。本当に一緒ね、私達……」
     お互いに苦笑いしてしまう。想いが通じ合ったものの、進むか現状維持かは、二人自身に委ねられている。そこでアイビーは、あの鉱石の首飾りをきゅっと握りしめた。
    「ディアマンド王子。仮に貴方が私に歩み寄るのをやめても、私は歩み寄りをやめないわ。貴方に届くまで」
    「そうか……。私も覚悟は決めてきた。互いに立場を捨てられないのなら、行く先は茨の道だ。終着点は地の底かもしれない。しかし……君となら、歩んでゆけるはずだ」
    「ディアマンド王子……」
     ディアマンドは言葉通りにアイビーに歩み寄り、首飾りを握りしめた手に指先でそっと触れた。それに呼応して首飾りから手を離すと、手袋越しにも伝わる温かな両の手に包み込まれた。
    「やっと届いた。君のところへ」
     アイビーは少し俯き加減に頬を染めたが、ディアマンドの穏やかな視線に自分も目線を返した。愛しいひとが今、すぐそばに居る。そのことに感謝をしながら、アイビーは祈るようにもう片方の手を彼の手に重ね、額をそこにそっと当てた。



    〈了〉
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