ぼやぼやと浮かぶ色とりどりのランタンはその場を賑やかにさせている。
トリックオアトリート。その言葉を呪文みたいに聞く。
お菓子の籠を持っているとふよふよと漂う幽霊はいう。トリックオアトリート、と。
ボロはキャンディをひとつ幽霊に与えた。彼(?)は満悦そうに笑い、消えていく。
こんな賑やかなハロウィンは生まれて初めてだ。ハロウィンどころか季節のイベントですらまともに参加したことがない。
荘園に来ると春になれば花見、夏といえば海、秋といえばハロウィンで冬はクリスマス。
そんな感じで季節を楽しんでいた。行事はこんなにあったんだと驚きばかり。
今年もハロウィンが来た。荘園の皆は仮装で賑わい、ハロウィンの景色を眺め楽しんでいる。
ボロも猫頭巾をかぶった少し可愛らしいお化けに仮装して菓子を詰めた籠を持っている。
こんなハロウィンなら一人でも楽しいかもしれない。そう思った時、声をかけられた。
「ぼ、ボロ…」
控え目がちの声はなんだか違和感を感じられて。でも知っている。
狼の被り物をし、少しおしゃれ目な恰好した狼男の仮装。イタカの姿があった。
「イタカも来てたんだ」
「まぁね。外がこんなだから衣装も渡されたし。郷に入っては郷に従えって奴」
指で頬を搔きながら、目線を泳いでいるイタカ。頬を染めている表情は仮装に照れているだけなんだろうか。
イタカはボロから見れば憧れの存在。いつだってクールでハンターとしての力もボロの想像以上。
そんなイタカがイベントに参加して仮装しているなんて思ってもみなかった。てっきりこういうのイベントはあまり興味ないイメージだった。
だが、しかし狼男の仮装はよく似合っている。
「…かっこいいね、イタカ」
ボロはにっこりと笑いかけると、イタカは何か焦った様子であった。
褒めたからイタカは照れているのかな。
「あ、そういやさ……この近くにちょっとした遊び場があるんだけど、ボロって興味ある?」
「荘園でそんなところがあるの?」
一見は大きい屋敷の建物の荘園。しかし敷地内にはゲームとしてのマップや娯楽の施設といったのも揃っている。
このハロウィンを飾った街も荘園が用意したものだ。色々な施設を建てるのにそこまで広くない筈なのに、不思議なものだ。
「なんかコーヒーカップみたいのと大きな風車みたいな奴があった。ボロ、行ってみない?」
「う、うん。いいよ」
憧れの存在のイタカとハロウィンを過ごすなんてそれだけでも緊張するけど。
しかし、荘園の中で一番よく話すはイタカだった。もっと一緒に過ごす人はいるだろうに自分に時間を使うのもなんだか負い目を感じてしまう。
かと言って好意も無下にすることなんて出来ず、イタカと並んでハロウィンの街を歩く。
連なる露店にハロウィンの仮装をした人たち。皆それぞれのハロウィンを楽しんでいる。
空には花火も盛大に上がって。賑やかで夜も眠らないと言ったように。賑やかさが途切れることはない。
二人が歩いた先に、大きな風車が見えた。風車というよりは大きな車輪に籠がくっついているようだ。
そしてコーヒーカップはそのままで、カップの中に人が乗ってぐるぐると回している。
ここも賑やかさが絶えなくて、見ていて楽しくなる。
「あの大きな風車も乗れるみたい。行こう、ボロ」
手を引かれてよろめきそうになったが、イタカの力が強くて、足が若干浮く。
イタカの力に引き摺られ気味になり、大きな風車のもとへ向かった。
大きな風車は観覧車というもので、大きな籠の中に人を乗せる乗り物のようだ。
回る車輪でそのまま上にあがって一周する。上から見る眺めは絶景だと教わった。
籠はそのまま上昇すると、言われたとき景色はとても綺麗で。お馴染みの荘園の屋敷もあんなに小さく見え、空に手が届きそうで、地面はまるで絵みたいだった。
これがハロウィンのみのイベントの乗り物なんて勿体ない気もする。
「とっても綺麗だよ、イタカ!」
あまりの絶景にボロの心は踊り、声が知らずに上ずった。
イタカも景色を見ているがなんだか落ち着かない様子であった。
イタカもこの景色をみて喜びのあまりそわそわしているのだろうか。無理もない。
とても綺麗な景色を目の前にして感嘆せざる得ないのだから。
「まさかこんな乗り物乗れるなんて思わなかった。イタカのお陰だね」
「別に…。ボロと一緒に、行けたらいいなって思ってたから」
「ぼくにそんな時間を使ってくれるなんて、申し訳ないけど…」
ボロはイタカの言葉に針を突かれた気持ちになった。
少し胸が熱い。密封された籠の中のせいだろうか。
「ボロは何も気にしなくていいの。僕がそうしたいんだから、さ…」
少し消え入りそうな声でイタカは目の前の景色を眺める。
「それに、僕が言ったんだからボロが申し訳なく思う必要もないの。僕が悪いみたいじゃん」
「う、うん…ごめんね」
顔を俯かせて少ししょんぼりしても目の前の景色で少し気が紛れた。
そのまま会話することもなく、籠は上へ上へと上がっていく。
「…うん、確かに、綺麗かもね」
沈黙を破ったのはイタカだった。
「この景色、悪くないかも」
ふふ、と笑うイタカの横顔。その顔はあまりにも綺麗だった。
眉目秀麗。姿形が美しいことと教わったけど、まさか目の前で見られるなんて。
イタカと普段から話しててよく知らなかったけど、今日は初めてイタカの顔をはっきり見たかもしれない。
顔まで熱くなってしまった。
「来年もこの景色、見られたらいいね」
穏やかに笑うイタカに熱くなるのが止まらずボロはただ頷くしか出来なかった。