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    m_uhi

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    『恋に下り愛に上る』展示作品

    嘘と魔法(A〼)「クダリ、実はわたくし、クダリに秘密にしていたことがあるのです」
     隣で、一緒に事務仕事に取り組んでいたはずの兄さんは、いつの間にかペンをデスクの上に転がして、いたずらっぽい笑みで僕を見ていた。
     思わずキーボードを叩く手を止め、兄さんの方を見る。兄さんは、にこにこと僕を見つめており、完全に僕の反応を楽しんでいた。
     僕はチラリと時計を見て、そしてデスクトップの右端に表示された日付を確認した。
     四月一日。十一時四十五分。なるほど、今日はエイプリルフールか。
     午前中ならば一回、悪意のない嘘をついても許される日。午後になったら種明かしをして、嘘を笑い飛ばしてやろうという日。つまり、兄さんは今から、僕に何か嘘をつこうとしているのだ。
    「気になります? 気になるでしょう?」
     僕が、まだ今日がどんな日か気付いていないとおもっているのか、兄さんは未だに問いかけてくる。そろそろ昼休憩が近いから仕事に集中して欲しいが、かまってやらないと更に面倒くさいことになりそうだと思った。
    「気になるなぁ、兄さん、一体僕にどんな隠し事をしているの?」
    「気になりますか。そうですよねぇ、そうですよねぇ」
     うふふ、と楽しそうに笑う兄さん。若干面倒くさいが、この兄さんの表情が僕は嫌いじゃなかった。
    「わたくし、実は魔法使いなのです」
     兄さんの口から飛び出した秘密という名の嘘は、あまりにも可愛いものだった。
    「へえ……兄さん、魔法使いだったんだ」
    「はい、とても強力な魔法使いで、世の中の悪いことをこの魔法で解決したこともあるのですよ」
    「ふーん、じゃあ、試しに僕に魔法をかけてみてよ」
     珍しく、兄さんの悪ふざけに乗ってやることにした。
     仕事が忙しいなら、ここら辺で窘めてやるが、今日はまだどちらのトレインにも挑戦者が現れず、事務作業と通常の運行業務だけで済みそうだった。あと少しで昼休憩だし、午後の種明かしの時までは、魔法にかかってやってもいいかと思った。
    「実は、もうかけてます」
    「へえ、どんな魔法?」
     兄さんが、ふっと目を細めた。

    「クダリが、わたくしを好きになる魔法」

     びしり、と身体が硬直し、思わず口を噤んだ。
     どんな言葉を返したらいいのか、頭が真っ白になってしまって全く思いつかない。そんな僕を見て、兄さんは心底おかしそうに笑っていた。
     兄さんは、ただじっと僕の言葉を待っていた。時計を見る。十一時五十二分。エイプリルフールはまだ終わっていない。
     兄さんの言葉は、いつもどこまで本気なのかわからない。しかし、僕が傷つくような嘘は決して言わない人だ。
     だから、僕も兄さんの気持ちに精一杯答えないといけない。真っ白になった頭を落ち着かせ、僕は言った。
    「あのね、兄さん。僕も、兄さんに内緒にしていることがあるんだ」
    「おや、クダリも?」
    「うん。──あのね、今日は兄さんに渡すための『指輪』を持ってきているんだ」
    「えっ……」
     今度は、兄さんが何も言えなくなる番だった。
    「それ、って……」
    「兄さんの魔法にかけられちゃった。だから、僕兄さんに今、凄く指輪を渡したい気分なんだ。早く指輪を渡して、兄さんを僕に縛り付けてしまいたい」
     兄さんと僕の関係は、非常に曖昧なものだった。
     お互いの気持ちに気付いていながら、もう一歩を中々踏み出せないでいる。そんな状態が続いたまま、僕らはずっとここまできてしまった。
     四月一日の午前中の間だけ許された魔法で、この関係に名前をつけたかった。
    「あの、クダリ、わたくし──」
     その時、事務室の時計が十二時を知らせる音を鳴らした。
     ボーン、ボーンと鐘の音を模した機械音が、事務室に響き渡る。
     もう、魔法は終わりだった。
    「兄さん、ごめんね。指輪を持ってきている、ていうのは嘘なんだ」
    「……ええ、そうでしょうね」
    「だからね、仕事が終わったら、ジュエリーショップに行こうよ。兄さんに似合う素敵な指輪を探しに」
    「……クダリ」
     そこで初めて、兄さんがホッとしたような笑顔を見せてくれた。
    「指輪を持ってきてるなんて嘘をつかれたから、てっきりフラれてしまったのかと思いました」
    「まさか、兄さんの魔法にかかってるのに、そんなことするわけないじゃないか」
    「魔法は、午前中の間だけですよ」
    「じゃあ、きっと、僕が兄さんを好きになってしまうのに、魔法なんて要らなかったんだよ」
     クダリ、と幸せそうに兄さんが微笑んだ。
     僕らに足りなかったのは、魔法じゃなくてあと一歩歩み寄る勇気と、そのきっかけだったんだ。
     廊下の方が、何やら騒がしくなってくる。昼休憩のために他の駅員たちが帰ってきたのだろう。
     幸福感につい、緩めてしまいそうになる頬を必死に堪え、僕らは昼休憩を迎えた。

                                          終
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