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    uehararinka_SI

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    uehararinka_SI

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    なんかもう似たようなの書きすぎだろってことでこっちに載せました。
    牧野さんの様子がおかしいです。平常運転ですね。なんで?
    宮田先生がまた可哀想なことになってる。

    笑顔いつか、川に向かい欄干に腰かけている彼を注意したことがある。その時の彼はただ「ごめんごめん」と眉を下げて笑って、そのまま降りた。しつこく小言を言えば文字通りどんどん縮こまっていくのが面白かった。
    けれど、今は。



    窓の外は快晴で、雲一つないように見える。それをブラインド越しに見て、宮田はふとため息を吐いた。いつも通りと言うべきなのか、待合室はとっくに年寄りたちでごった返しているらしい。くるりと椅子を回して引き出しを開き、カルテの用紙を取り出す。今日もいつも通りの業務が始まる。
    人口およそ千二百人程度のこの村は、恐らく半分以上が高齢者で構成されている。その中で唯一の医者とくれば、行き着く先は一つだろう。宮田は眉間を指でほぐしつつ、やれ腰が痛いだの田んぼで転んだだのと宣う彼らを診ていた。
    昼を過ぎ、午後の診療が始まる前に、少し慌てた様子の看護師がやってきた。

    「お休み中、すみません。求導師様が……」
    「牧野さんが、なんです」
    「あ、いや……お怪我をされたので見てほしいと」

    それに宮田が怪訝そうな顔をした。聞けば求導女も同伴しているらしい。二十七にもなって恥ずかしくないのか、という言葉を飲み込みつつ、仕方あるまいと診察室に通した。
    現れた彼は申し訳なさそうに苦笑しており、持ち上げた左手首の辺りをタオルで押さえていた。そこから滲む多量の紅色に、無意識に眉間に皴が寄った。

    「……今日はどうされましたか」
    「す、すみません。お昼を作ろうとしたら手が滑っちゃって」

    彼が恐る恐るタオルを取り払う。左手首はぱっくりと割れていて、少し腕を下げるだけでどくどくと血が溢れ出てきた。気づかれぬように息を吐いて、早急に処置を始める。思った以上に傷は深く、縫う必要があるようだった。その旨を伝えると彼は心底恐ろしいという顔をした。

    「え、そ、それって大丈夫なんですか」
    「麻酔もしますから大丈夫ですよ。それよりもかなり深く切られましたね。一体何をどうすればこうなるんです」
    「聞いてみたら、包丁を持ったままうろうろしていたそうなのです。困ったお方ですね」

    あっけらかんと求導女が言う。それに内心で舌打ちしながら彼を診察台に寝かせた。彼はおっかなびっくりと言った表情で仰向けに寝転がる。

    「気分が悪くなるようでしたら目を背けていてください。すぐに終わりますので」
    「お、お、お願いします……」

    宮田は傷口を縫いつつも、呆れた顔を隠すことができなかった。それは求導女も同じようで、「今度からはもっと気を付けてくださいね」と処置の合間に説教までしていた。
    この時はただの馬鹿な人だな、程度にしか思っていなかった。思っていなかったのだ。



    その日は少し雲が出ていた。しかし降り出すにはまだ遠いだろう、という量を見つめながら宮田は指で机を軽く叩いた。それに、向かいに座っている人物の背中がどんどん丸まっていく。それに宮田はまた顔をしかめた。

    「貴方ね……最近もこんな風にしてうちに飛び込んできたの忘れました?」
    「返す言葉もありません……」

    目の前の人物は包帯に覆われた自分の頭を撫でながらがくりと項垂れた。求導師様が階段から落ちた、と求導女から電話があったのがつい数十分前の事である。頭から落ちたとのことで緊急搬送されてきたのだが、出血こそ多いもののそこまで酷い怪我ではなかった。頭部からの出血は思った以上に多いので、それで求導女は気が動転してしまったのだろう。

    「本当によかったです。求導師様に何かあればどうしようかと……」
    「お騒がせしてすみません……でも軽く切っただけみたいですし」
    「念のために精密検査もしたいところですが……生憎うちにそんな設備はありませんからね」

    宮田が腕を組んで軽く睨むと、「すみません」とまた謝る。いつも以上におどおどとした様子に宮田の苛立ちは募るばかりだった。

    「とにかく、詳しい日程などの話をするので、付き添いの方は戻っていただいて大丈夫です」
    「本当ですか? 私も聞いておいた方が……」
    「求導師様はもう立派な大人ですよ。これぐらいどうってことはないでしょう」
    「それは……そうですね」

    大人、と強調して返せば求導女は苦笑した。それでは、と診察室を出ていく。残された彼と宮田は顔を見合わせるが、気まずさからか彼の方が先に目を逸らした。それにまた苛立つ。

    「宮田さん」
    「なんですか。言っておきますが検査は行いますよ」
    「いえ、そうじゃないんです」

    不意に、彼の眼の色が変わった気がした。どこか遠くを見つめているような、少し虚ろな瞳に、この人の思考は今別の所に飛んでいるのだ、と気づく。

    「落ちるときは一瞬でした。少し体がふわっとなって、内臓が浮いている感じがしたのが気持ち悪くて。―――でも、不思議と恐ろしくはなかったんです」

    いつの間にか彼の目がこちらに向いていた。自分と同じ、真っ黒な色に少したじろぐ。彼の纏う雰囲気がいつもと違う気がしたのだ。

    「死刑囚が落ちるときも、こんな心地なのでしょうか」

    無表情のまま、彼は言った。それに宮田はすぐに言葉を返せないで、ただ息を詰まらせる。それをどう捉えたのかは分からないが、彼はやがて薄っすらと微笑んだ。

    「精密検査の話、でしたよね。きっと隣町まで行くんですよね。日程はどうなりますか?」
    「え、あ。ああ。そうですね……」

    それにはっとなって宮田が検査の詳細を話し始める。その間もずっと、彼は薄ら笑んだままだった。



    その日は土砂降りだった。窓を強く叩く雨を見つめ、宮田はがしがしと頭を掻いた。こんな日でも往診の仕事はある。しかも内容が内容なだけに、後日に回すわけにもいかなかった。
    こいつのためだけにこんな雨の中を出歩かないといけないなんて、と辟易した。半ば投げやりに支度をして医院を出る。傘に落ちる雨のバラバラと言う音が煩わしかった。
    かくして診察は無事に終わったが、雨は一向に止む気配もなく、宮田は気だるさを覚えながら医院への道を歩いていた。その時不意に、ぞわりと背筋に怖気が走った。
    理由は分からなかった。だが、なんとなくこのまま帰ってはならない、と思った。正体不明の衝動にせっつかれるまま、踵を返す。
    駆け足で道を行く。泥が跳ねてズボンの裾や靴にかかるのも気にせず走った。雨で白んで視界の悪い中を我武者羅に駆ければ、さっと開けた場所に出た。眼下を流れる川は増水し、どうどうと地の底から響くような音を立てている。いつにつけられたのか分からない傷のある欄干。その中央の辺りに腰かける黒い影。急いで駆け寄れば、彼はずぶ濡れのまま振り返りもせずに口を開いた。

    「宮田さん。こんな日まで往診ですか。お疲れ様です」
    「そんなことを言っている場合ですか! 早く降りてきてください!」

    宮田が叫ぶ。それに彼の方が僅かに揺れたが、やはり下を向くばかりで視線がこちらを振り返ることはない。いつかの子供の頃とは全く違っていた。

    「牧野さん!」
    「あ、宮田くん」

    いつか、川に向かい欄干に腰かけている彼を注意したことがある。彼はただ「ごめんごめん」と眉を下げて笑って、そのまま降りた。

    「何してるんですか。落ちたらどうするつもりなんです」
    「何って、川がきらきらしてて綺麗だったから、つい」
    「つい、ありません。ここは底が浅いんだから落ちたらひとたまりもないんですよ。牧野ともあろう人が、みっともない」
    「うう、そんなに言うことないじゃない……」
    「本当の事ですよ」

    ぶちぶちとお小言を言えば、その分だけ彼が縮こまっていくのが面白くて、ついつい言い過ぎてしまった。それでも彼は言い返さないで、ただ背を丸めて宮田の小言を聞いてくれていた。
    けれど、今は何を言ったところで、何をしたところで、彼は降りてきてはくれない。そんな気がした。いけないことだと知っていながらも、思考の片隅にそんなことが過った。

    「牧野さん。今日はこんな雨で、川は酷い有様ですよ。そんなのを見てどうするんですか」
    「見てたわけではありませんよ」

    彼の足がぶらぶらと子供っぽく揺れる。彼の表情はようとしてしれない。それに焦りを覚えつつも、宮田は二の句を継ごうとして、彼の声に遮られた。

    「私が死んだら、貴方は笑ってくれますよね」
    「え?」

    その一瞬だけ、彼が振り返り。笑った。

    そして、落ちた。



    「宮田くん」
    「なんですか」
    「ありがとね、来てくれて」
    「どういうことです?」
    「ぼく、ホントはちょっと怖かったんだ。宮田くんが言うみたいに落ちたらどうなっちゃうんだろうって思って。でも、足を引っ込める勇気が出なくて」
    「なんですか、それ」
    「なんだろうね。でも、宮田くんが来てくれたから、戻ってこれたよ」

    ありがとう。そう言って笑う彼の顔と、今しがた落ちていった彼の顔とが重なって、崩れて、消えた。
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