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    nagi3_op

    @nagi3_op

    あげた小説の保管庫です。ローコラばっかり。
    バカップルが好き

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    nagi3_op

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    I.bふんわりパロのローコラです大遅刻すみません! #LC百物語
    バットエンド√、メアりーポジが🦩、諸々ご注意。企画用のダイジェストverです。素敵な企画ありがとうございました!

    忘れられない道化師 Ibパロ コラさんは嘘が嫌いらしい。
     そもそも、コラさんは嘘が下手くそだ。痛くないと涙目で吐き捨てるし、ドジじゃないと言ってすっ転ぶし、警察手帳をこれはおもちゃだなんて笑う。おれのことをクソガキだと揶揄うくせに、おれのタヌキ寝入りにだって気付かない。
     自分の上着をおれにそっと被せ、おれの為に綺麗な涙をポロポロ流せるこのひとに、嘘は似合わない。

    「なァコラさん」
    「ん?」

     首のもげた人形、口が裂けた人間の絵画、転がる銃のおもちゃ、沢山の骸骨。その他悪趣味な作品だらけの薄暗い美術館を、コラさんと二人で歩く。
     歩く、といっても歩幅が違いすぎるせいで探索も逃走もままならず、おれは常時コラさんに抱き上げられて移動していた。不服だが、効率重視だ。
     首根っこ掴みや俵持ちだった最初の方とは違い、大事に胸の前で抱っこされるようになったローは、もぞりとコラさんの腕の中から顔を出した。

    「コラさんは、あいつの兄なのか?」

     あいつ、と指した存在を思い出す。美術館で出会った同年代だろうその少年は、ドフラミンゴと名乗った。紫の薔薇を持っていたからローたちと同じ、外から来た人間なのだろう。

    「だって、『兄弟だ』って、言ってただろ」

     ドフラミンゴは、自分より遥かにでかいコラさんのことを『弟だ』と告げ、親しげにロシィと呼んだ。コラさんの本名は、コラソンではないらしい。
     ローも知らなかったし、そもそも偽名だということも、まだ教えてもらっていなかったのに。おれはむすっと唇を尖らせる。

    「おれは、あいつの兄じゃねェよ」
    「フッフッフ。モノは言いようだなァ、ロシィ」

     独特の笑い声に視線を向ければ、いつの間にかドフラミンゴが後ろに居た。足元に転がる骸骨たちを邪魔そうに蹴り飛ばし、ずかずかとコラさんに近寄ってくる。
     おれたちは家族だろう?と先出してくる手を叩き落とすべく、ローはコラさんの腕の中から飛び降りた。ドフラミンゴはそこでようやくローのことを認識したとで言いたげに、わざとらしく視線を下げてくる。

    「……ロシィ、その餓鬼まだ捨てていなかったのか。放置して白骨化させた方が持ち歩きやすいだろうが」
    「ガキじゃねェ! それに人間はそんなすぐ白骨化しねェよ!」

     ローの反論に、ドフラミンゴは答えない。床に転がる骸骨たちを一瞥しただけだった。
     もしかして、美術館に転がる骸骨たちは作品でもおもちゃでもなく、本物なのだろうか。自分たちのように閉じ込められた者たちの末路。ぞっとするが、確認もしたくない。
     背後のコラさんの服をぎゅっと掴むと、ドフラミンゴに鼻で笑われた。

    「チビの子守たァ、ロシィも随分大人になったもんだ」
    「お前の方がチビだろうが!」
    「おれは8つだから成長期が来ていない身体だ。弟のロシィを見ろ。ドンキホーテは長身になる。お前は年のわりにそのサイズなら、人間としてはチビの部類じゃあねェのか?」
    「おれだって成長期が来てないだけだ! 8歳なら、お前がコラさんの兄なわけないだろ! なぁコラさん!」

     味方につけるべく振り返れば、コラさんはチャンスとばかりに煙草を咥えていた。没収したはずなのに、またどこからか調達してきたらしい。
     全く、少し目を離しただけでこれである。ドフラミンゴと喧嘩している場合ではなかった。あれだけ煙草の有害さを伝えたのに、コラさんは一本だけと指を立てておれから少し距離をとった。ライターからポゥとやさしい火が灯る。
     火気厳禁。
     パッと赤い字が、コラさんの周りに浮かび上がる。火気厳禁。美術品は火が天敵だ。火気厳禁。この美術館も例外火気厳禁ではな火気厳禁い。ガタガ火気厳禁タと周りが騒火気厳禁がしくな火気厳禁ってい火気厳禁く。
     火気厳禁火気厳禁火気厳禁火火気厳禁火気厳禁火気厳禁火気厳禁火気厳禁火気厳禁火厳禁火気厳禁。


    「――美術館は火気厳禁だろう? ロシィ」


     ドフラミンゴの声を合図に部屋一面がその4文字で埋まり、ひゅ、とおれは喉を鳴らす。周りの模型や作品、骸骨の一部が動き出し、絵画からは女の上半身が這い出てきた。ローはコラさんの身体によじ登り、呆けているコラさんをぺちんと叩く。

    「ッこのばかコラさん!!! 美術館内では火気厳禁って書いてあっただろ!! あと煙草はやめろ!!!」
    「わ、わるいロー! 逃げるから薔薇ちゃんと持ってろよ!」
    「待てっコラさんの薔薇ッ、あそこ落ちてる!!!」
    「あ!?!? ドジった!!!」

     コラさんが落としていた茎の長い赤薔薇を、額から上半身だけが出た女が拾っていた。ぶちっ、と花弁がちぎられる。何故かおれたちと痛覚を共有しているこの薔薇は、花びらが散ると身体が痛いのだ。
     急いで取り返さなければ。ローは自分の黄色い薔薇をぎゅっと握り締め、コラさんの腕から飛び降りた。

    「ッ、ロー!!」
    「……全く、放っておけばいいものを」

     ドフラミンゴの馬鹿にしたような声が響く。静観していいはずがない。この美術館では、薔薇は命と同等なのだ。今大事なのは、コラさんの薔薇だ。おれに襲いかかろうとしてくる作品たちを、コラさんが殴って壊している。その間に、おれはコラさんの薔薇を取り戻すのだ。
     ローの機転でコラさんの薔薇を取り返し、逃げおおせた時には、ドフラミンゴはまたどこかに居なくなっていた。





    ***





     コラさんは嘘が下手くそだ。
     読んで顔色を変えた本を勢いよく閉じて「何もない」だなんて首を振るし、ローには理解できない文章だからなんて言って本を没収しようとする。証拠隠滅とばかりにまた燃やそうとしたから、今度は足をひっかけて転ばせて奪いとった。
     クソガキ、と転んで穴にはまったコラさんから恨みがましい声が飛んで来るが、隠そうとしたコラさんが悪いのだ。
     本を開くと先程までコラさんが読んでいたページに開きグセがついており、沢山の絵が目に飛び込んでくる。
     図鑑、いや画集のようだった。この美術館で目にした作品たちが載っている。薔薇を欲しがる美しい女の絵も、大勢で襲ってきたブリキ人形の絵も載っていて、ここからも飛び出てきそうで身構えてしまった。
     その隣で一番大きく紹介されている絵に、ローは見覚えがあった。


    「――ドフラミンゴ?」
     

     肖像画のような、美しい絵。
     否。美しかったのだろう、絵。
     画集に載せられた絵は右上が破れ左上は汚され、下部だけがかろうじて保っているようだった。首のない男の人とベールに包まれた女の人に寄り添われた悪趣味な絵。
     そんな上半身が欠けた男女の真ん中に居る少年は、ドフラミンゴそっくりだった。

    「コラさん、これ……」

     周りを彩る紫薔薇も、胸につけているリボンが汚れている所まで、瓜二つだった。絵画女のように絵からでてきた、と説明されて頷けるような姿形をしている。
     ――地上には実在しない家族の、幸せだった家族の絵。汚され破られ、地に落ちた、忘れられた絵画。そんな過去形だらけの説明文を読んでいると、ローの手から画集が奪われた。
     開けた視界に、真剣な顔をしたコラさんが現れる。コラさん、とローが口を開くと、彼はゆっくり頷いた。

    「……ドフィも、ここの【作品】だ」
    「だって薔薇、」
    「造花だ。全身を描かれた作品は美術館を動き回れるし、絵に描かれたものは、取り出せる」
    「なら、おれたちをこの美術館に閉じ込めた【作品】は、ドフラミンゴってことか……?」

     先程の絵の下にも『ドフラミンゴ』というタイトルと描かれた年、そして豪奢な椅子に座ってふんぞり返ったドフラミンゴが居た。火気厳禁。しかしこれは服装が違うし足も写っていないから、そちらからは出れなかっ火気厳禁たのだろ火気厳禁う。
     火気厳禁火気厳禁。視界に邪魔な火気厳禁の赤文字が並び始め顔を上げると、またコラさんの手が燃え広がっていた。ローは慣れた動作で持ち歩いていた花瓶の水をコラさんにぶちまける。

    「――なんでまた燃えてるんだばかコラさん!」
    「わ、わるい! この画集燃やしとこうかと思ってドジった!」
    「なんでもかんでも燃やそうとするな!」

     あれから『殴るより燃やした方が早い』と判断した短気なコラさんは、襲ってくる作品の撃退にライターを多用するようになってしまった。さっきみたいにローに見せたくないものも燃やす癖までついている。
     それで探索効率があがったなら良いと言いたいのだが、ドジなコラさんは、何故か自分の身体にも引火してしまうのだ。火気厳禁も見過ぎて怖くなくなったことだけが利点である。

    「全く、コラさんは何回火傷したら気が済むんだよ」

     コラさんの腕を取り火傷痕を手当しながら、ローはぼやく。こんなに怪我が耐えない人は、本当に初めて会った。母に貰った救急箱の中身も、もう心もとない。
     いや、これはローの治療が下手なせいだろう。持てる知識で治療をしてみたけれど処置が甘く、包帯にまで血が滲んでしまっている。

    「でもローだって、最初美術館の作品を燃やそうとしてただろ?」
    「おれは作品を燃やそうとしてたんじゃない。隣の孤児院を燃やそうとしてただけだ」
    「なお悪いわこのクソガキ」

     違法孤児院を抜け出しこの奇妙な美術館に閉じ込められられる前、ローは全てを、ぶっ壊すつもりだったのだ。そんな自分が、からかわれながらも誰かを治療するようになるだなんて、思わなかった。

    「ありがとうな、ロー」

     こんな風に、また誰かにお礼を言われる日が、それを素直に嬉しいと感じる日が来るなんて、思わなかった。
     つたない治療だというのに、コラさんはローのことを沢山褒めて、頭を撫でまわしてくれる。すごいすごいと褒めてくれる。
     両親と妹を亡くしてから、理不尽な孤児院を潰すことしか考えれなかった自分を、ローは恥じた。ローがきちんと医療を学び続けていたら、もう少しマシな治療ができたはずなのに。

    「……おれ、もっと医学の勉強する」
    「え、どうしたロー!」
    「改めて、おれの治療、下手だなって思ったから」

     コラさんの傷だらけの腕をぎゅっと掴む。たくさんのドジと、おれを守ってついた傷だ。
     父様であれば、こんなに無駄に医療器具を消費しなかっただろうし、コラさんの傷の処理だってもっとうまくできたはずだ。

    「おれ、父様みたいな医者になる」

     誓いのように呟けば、ぶわっと身体が宙に浮いた。ロー!と忙しく動く身体にコラさんの嬉しそうな声が届いて、視界も声も落ち着かない。
     コラさんに抱き上げられて、ぐるぐる回されているのだ。

    「ロー! そうか、そうかァ! いい夢だな! ローはきっといい医者になる!」
    「夢、なんて……そんなの、」
    「いーや絶対なれる! おれが保証する! おまえは絶対ここから出て、立派な医者になるんだ!」

     回され続け目が廻ってきたので、訴えておろしてもらった。いや実際には手を離され、そのまま落とされた。コラさんは子供の扱いが下手くそだ。
     でもおれはここに来てから何度もかかえられ何度も落とされてきたので、コラさんの腕の高さから着地するのもうまくなった。ふふん、と胸をはる。その様子を見てコラさんは夢を持てた喜びだと思ったのだろう。そうだ!とまた声を張り上げた。

    「な、ロー。となり町にな、旨いおにぎりの店があるんだ。ここを出たら一緒に行ってみねェ? 手当のお礼にたくさん奢ってやる」
    「まず美術館から出れねェだろ。こんなに探索しても、ドフラミンゴが犯人ってわかっただけだ」
    「いや絶対出れる! お前を縛る孤児院からだって、おれが連れ出してやる」

     コラさんはそう言って、おれと身長を合わせるようにしゃがみこんだ。顔を覗き込まれる。
     おれだけに向けられた笑顔に、心がじんわり暖かくなる。
     コラさんの笑顔は、すきだ。あんしんする。

    「ローは、おにぎり嫌いか?」
    「……嫌いじゃねェ」
    「決まり! 約束だぞ! 医者先生を腹一杯にさせてやらなきゃな!」
    「まだ医者じゃねェよ!」
    「医者になってからも食わせてやるよ! な、約束」

     そうあやすように小指を差し出されて、おれは笑ってしまった。楽観視しすぎだとか子供扱いするなとかのいつもの言葉は、もうでてこなかった。
     コラさんの大きなおおきな指に、おれの小さな小指を絡めてやる。コラさんがニコリと笑うのが嬉しくて、ゆっくりその手を握った。
     おれの両手でも隠せない、コラさんの暖かい手。おれは力の限り強く、彼の手を握り締める。痛ェ痛ェとすぐに音を挙げる嘘がつけない素直なコラさんが、おれはすきだ。 





    ***





    『――人間ごっこは楽しかったか? ロシィ』

     コラさんは嘘が嫌いだ。どこからから聞こえるドフラミンゴの声をBGMに、おれはそう結論づけた。
     コラさんの赤薔薇は、ドフラミンゴが持っていってしまった。おれの黄薔薇と交換で。あんなに「大事にしろ」と、おれはずっとコラさんに叱ってきたのに。
     肝心な所で、おれは自分の黄薔薇を奪われてしまったのだ。

    「コラさん……ごめ、ごめんなさいっ、おれ……!」
    「謝る必要なんてねェよ、ロー」

     先ほどまでドフラミンゴが荒っぽく掴んでいた黄色い薔薇を、コラさんが大事そうにおれに差し出してくる。


    「ホラ、大事にしろよ」


     何度も何度もおれが言った言葉を、コラさんがおれにやさしく叱ってくる。おれはその薔薇を、コラさんの冷たい手から受け取った。
     彼の手を温めてやりたくて、大きな手に自分の手を添える。いつもなら握り返してくれるその手は、小刻みに震えていた。

    『――まったく、余計な事ばかりしやがって。もうその魔法は終わりだ、【コラソン】』

     ぐしゃり、と。何かが潰れる音が聞こえた気がした。コラさんの身体がずるずると力をなくしていく。
     息が荒い。汗がひどい。なのに体温が低い。傷はどこだ、脈は? こういう時はどうすればいいんだっけ。コラさんは、おれなら医者になれると言ってくれたのに。おれは何もできない。

    「ロー……悪いんだが、先に、行っててくれるか?」
    「こらさ、」
    「大丈夫だ、ロー」

     不器用な笑顔で、だいじょうぶ、とコラさんが繰り返す。

    「動けるようになったら、ドフィから薔薇取り返して、すぐ追いつくからよ! せっかくだから、となり町で落ち合おう。おにぎり、楽しみにしてるな」

     返事をしたいのに、声どころか涙もでなかった。動かないおれをみかねて、コラさんはおれの頭を撫でる。
     ローはいい子だなァ、とおれはなにもしてないのにそう褒めた。コラさんは嘘をつかない人だから、おれはいい子なのだ。コラさんのいうことを聞くいい子。だからおれは足を動かした。
     コラさんは嘘をつかない。今のおれでは足手まといだ。だから先に、先にとなり町へ向かうのだ。 

    『もう14年も待ってやった。先に行くぞ、ロシィ』

     コラさんと落ち合う為に着き進めば、蜘蛛の巣だらけの広い空間に出る。この部屋から奴の声がしたはずなのに、もうドフラミンゴはいなかった。代わりに、赤い薔薇の花弁が5枚、散らばっているのが見える。

    「………」

     血のような鮮やかな花びらが、踏み潰されて滲んでいる。装飾を失い捨てられた長い長い茎を、ローは拾い上げた。
     早くこんな美術館から出てとなり町に行きたいが、蜘蛛の糸が邪魔だ。糸は異様に太く、引きちぎろうにも子供のローには腕力がない。コラさんならきっと引き千切れるのに。コラさんは火も多用していたなと思い出し、この蜘蛛の巣も燃やせばいいのではと思いついた。
     火気厳禁のこの美術館に、火元はひとつしかない。

    「コラさん」

     コラさんのライター。何度注意しても煙草を吸ったり作品や本を燃やそうとするから、没収していたライター。何度もコラさんの肩を燃やし、いくつもの作品を炭に変えてきたライター。おれが孤児院を燃やす為に、この美術館に持ち込んだライターである。
     危険だからもうつけるなよ、とコラさんの注意が浮かぶ。

    「危ないのは、コラさんの方だろ」

     そう吐き捨てて、ローはライターのスイッチを押した。火気厳禁。浮かんだ赤文字が襲ってくる。火気厳禁火気厳禁火気厳禁暴れる文字に火を向けてやれば、赤文字すらも溶けて黒く燃え上がっていく。
     炎が上がる。糸を燃やす。どろり、と、蜘蛛の巣が溶ける。瞬く間に炭になっていく。ローの前に、道ができていく。
     嗚呼。どうしてさっき、思いつかなかったのだろう。
     ――絵。絵なのだ。あいつは絵だ。コラさんとは違う、絵から出てきた【作品】だ。
     ドフラミンゴの絵を探せばいい。上半身の絵画とは違い、全身が書かれていたから抜け出せただけの作品。
     その作品本体を、燃やせばいいのだ。
     この美術館から出れるのは、入ってきた人数だけ。おれとコラさんが連れて来られたのだから、出るのはおれたち二人だけだ。ドフラミンゴじゃない。
     ドフラミンゴを燃やせば、コラさんも出てこれる。となり町で会える。

    「……待ってろ、ドフラミンゴ」

     ローはそう決意して、ひらけた階段へと足を踏み入れた。
     




    ***





     コラさんは嘘が嫌いだ。その彼がおれを追いかけると約束を交わし、嘘をつかない彼はおれの元へと再び姿を表した。だから、そんな彼があの壁の絵の向こうに出口があるといったら、きっと出口はそこにあるのだろう。
     絵画を大量に燃やしたせいで煤だらけの身体を動かし、ローは彼へと走り出す。

    「ロー、こっちだ。こっちに行けば、お前は出れるから」

     差し出されたその手に、おれは必死でしがみついた。その手に安心する。
     よかった。よかった。溢れそうな涙をこらえながら、暖かいはずのその手に力いっぱい握りしめる。離れないように、自分の手が痛くなるほど強く、彼の手を握り締める。
     大袈裟な彼から、痛いという反論は聞こえてこなかった。それでもよかった。

    「だって、コラさんは、嘘つかねェもんな」
    「……ローはやっぱりいい子だなァ」

     いい子のおれと、嘘をつかないコラさんがそろったのだ。元通り、何も変わってなどいない。
     このままでいい。このままがいいのだ。ぎゅっとコラさんの手を強く握ると、コラさんがいつものように優しく抱き上げてくれる。

    「ロー、ごめんな」

     そんな声が聞こえて、ローの身体はぶん投げられた。
     壁の大きな絵にぶつかると思っていた身体は、ぶわりと震えてすり抜けていった。どしんと、地面に身体が転がる。乱暴だが絵の向こうにおれは辿り着けたようだった。この美術館に来る時は床にある絵の中に落ちてきたから、帰るのも絵からなのだろう。
     やはり、出口はここなのだ。嘘をつかないコラさんの言う通り、ここが出口だったのだ。

    「……ウソをついて、悪かった」

     なのに、コラさんはそうやっておれに謝ってくる。

    「お前に、嫌われたくなかったもんで」

     絵を隔てた向こうにいるコラさんは、ライターを手に持っていた。いつの間に奪ったのだろう。そんな疑問を持つ前に、彼はライターに手をかけた。今は煙草も咥えていないのに。

    「――1746年発表、ドンキホーテ作。作品名、ロシナンテ」

     かちり、と。
     着火の音が耳に届く。
     ごうっ、とまたいつものように彼の服に引火して燃え広がる。パチパチと火花が散る。どろりと、コラさんが溶けていく。コラさんが、黒くなっていく。
    『――え、あ……なんで、燃えてっ、こらさ、コラさんッ!!』
     何度も見た彼が火達磨になる姿のはずなのに、今までとは何もかもが違った。彼は熱がることもなく、慌てることもない。炎が広がった所から、『コラさん』の輪郭が燃えて消えていく。灰になっていく。
     先程燃え消えた、絵画たちと同じように。


    「……お前を、この美術館に閉じ込めた【作品】は、おれだ」


     ドフラミンゴはコラさんを『弟だ』と言った。何を言っているのだろうと思っていた。コラさんの方がどう見ても年上なのに。あいつは絵画で、コラさんは人間なのに。

    「だってお前、死んだような目して美術館ごと孤児院燃やそうとしてるからよ。止めなきゃって思って、ドジったんだよなァ」

     それでも、もしかして、と思う場面もあった。詳しい美術館の間取り。誤魔化すように燃やすメモや本たち。弟だと言い張るドフラミンゴと似た容姿。
     しかしいくら画集を見ても美術館を回っても、コラさんらしきピエロの大男の絵はなかったのに。

    「……魔法が解けたおれは、もう【絵】に戻っちまったけど」

     とけた魔法とやらの正体を、ローはしらない。
     ローは、ロシナンテの絵を知らない。信じられない。信じたくない。コラさんに、燃えてほしくないのだ。
     駆け寄ろうとしたのに、絵画の壁に阻まれてコラさんの元に戻れなかった。ドンドンと強く絵を叩いても、どれだけ叫んでも、コラさんには何も届かない。
     ローの声は、絵の向こうには届かない。

    「これでお前を縛るものは何もない。お前はもう自由なんだ」

     ばちばちと火の粉があがる。火花が床に落ち、作品が燃え、カーペットが赤黒くなり、煙が立ち込める。世界が燃えていく。コラさんが黒くなっていく。

    「お前は生きて、夢を追いかけていいんだ。ロー」

     そう言ってコラさんは、ニコリと笑った。


    「――ロー、愛してるぜ!」


     彼のその言葉を最後に、ローの視界は真っ黒になった。足場がなくなり、身体が落ちていく。暖かく、風のある世界に戻っていく。
     コラさんを置いて、おれだけが生かされていく。
     持ち物容量を超えて持っていた赤薔薇の茎が、ローのポッケから音もなく焼け落ちた。





    ***





     コラさんは嘘をつかない。

    「ローさぁん!」
    「もー! やっと見つけたァ!」

     わぁわぁ言いながら三人組が駆け寄ってくる。休憩中にどこに行こうがおれの自由だ、とローが主張すると、じゃあおれらがローさんに着いていくのも自由ですよね?と言って反論してくる。
     はあ、と大きなため息をつくと、三人は嬉しそうにローを囲んで周りに座った。

    「あれ、何見てるんですか? 医学書、じゃないですよね?」
    「……画集?」
    「これ、ローさんが半年間行方不明になってたとこの孤児院の作品たちじゃないです?」

     あの後ローが目を覚ましたのは、真っ暗闇の美術館だった。孤児院併設の美術館ではない、となり町の小さな美術館。そこで小銭稼ぎに掃除をしていた三人組に見つかったのだった。
     幽霊だと騒ぐ三人を黙らせて状況を問いただせば、ローが孤児院を抜け出してから半年もの月日が経ち、現実の美術館も焼け落ちていた。人身売買に手を染めていた孤児院も共に焼け、火事の原因を調べた際に検挙されたらしい。
     行き場を無くしたローは、何故か懐いてきた同じ境遇の三人と共に、小さな美術館に住む奇特な発明家のお世話になっている。

    「ローさん、あの美術館の絵、好きだったの?」
    「ああ。医者になったら、ほしい絵があってな」
    「……医者になって、給料たくさん貰ったらってことですか?」
    「そうだな。金を得たら、おにぎり屋も出資してェ」
    「へぇ、ローさんは夢が多いですねぇ」

     だったらおれは調理方面を学びますかね、なんてペンギンが楽しそうに笑う。ペンギンが運営するなら、美味しいおにぎりが期待できそうだ。ベポが「じゃあおれ看板マスコットになる!」と元気よく拳を振り上げた。ならば繁盛間違いなしだろう。
     まあ最優先は絵だ、と溢しながら画集を閉じれば、混ざり損ねたシャチが声を上げる。

    「なら、その絵の持ち主を探す所からですね!」
    「持ち主なら知ってる」
    「え、調べたら出てくる、とかですか?」
    「いや」

     シャチの言葉に首を振って、画集を投げて渡した。三人がおしくらまんじゅうのようにしながら、画集を覗き込む。
     

    「その画集を出した奴が、絵の持ち主だ」


     あの男じゃなければ、こんなただの真っ黒い炭の絵を、わざわざ画集の、最後のページに載せない。
     コラソンなんて別のタイトルをつけて、載せたりしない。

    「えー出版社……、何語だこれ……どれす、ろーざ?」
    「海外かなぁ」
    「ローさん、行っちゃうの?」
    「ああ。奪いに行く」

     コラさんは嘘をつかない。おれがそれを真実にする。
     コラさんはあんな奴の『兄』ではないし、おれはコラさんのおかげで美術館からも孤児院からも抜け出せた。おにぎりの店だって、出資すれば存在できるし、医者であるおれに、コラさんはおにぎりを奢ってくれるのだ。

    「あと、やらなきゃいけねェことが、もうひとつ」

     コラさんの言った通り、おれは、なんにでもなれるのだから。

    「燃やしたい絵が、あるんだ」

     ローはポケットにある真新しいライターを、強く強く握りしめた。









    ===設定====

    ロー 
    黄薔薇「献身」「嫉妬」「愛の告白」

    両親と妹を理不尽な事故で亡くし孤児院に引き取られたが、その孤児院が人身売買してるやばい所だった。売られる前に美術館を火事にして併設している孤児院をめちゃくちゃにしてやると作品を燃やそうとしてた所、コラさんに美術館に引き込まれる。(孤児院じゃなくて隣の美術館に放火しようとしたのは、院の子供を逃がす時間を作る為)
    美術館でコラさんメンタルケアを受け、夢も見つける。脱出後は同孤児院出身の旗揚げ組と住むようになり、医者になるべく猛勉強中。コラさんは、嘘をつかないので。
    夢とは別に、目的の為ライターを常に持ち歩いている。

      
    ドフィ 
    紫薔薇「誇り」「高貴」「王座」

    ドンキホーテ作品の一つ。美術館に人間を招き入れ存在を奪い取ることで外に出る魔法を編み出し、実際に外にでた(白骨済人間と交代)。
    弟が自分の為に生贄を招き入れるのを14年間ずっと待っていた(絵なので体感時間が人間と違う)。のに弟が自分より生贄を選んだので、今度は外で待つつもりで魔法を自分に移して先に外に出たら何故か弟と美術館が燃え消えていた。なんで?
    復元できないかと未だに弟と両親の絵を保管し、大勢の目に入るようにしている。BBQと火が苦手。

     
    コラさん 
    赤薔薇「あなたを愛しています」

    ドンキホーテ作品の一つ。14年前にドフラミンゴが引き込んだ生贄のおかげで魔法がかかり、成長するようになった。外見年齢23歳。
    生贄を呼べと兄に言われ続けるも拒否し続けていたら作品を燃やそうとしていたローを見つけ、止める為にドジって美術館に招き入れてしまった。ローを出す方法を探し一緒に行動している間に、ローの力になりたいと願うようになる。
    長年絵画の煙草を吸っても火気扱いにならなかったので、ローのライターだと火気厳禁になるのを忘れて何度もやらかした。ついでに『燃やす』技を覚えた。
    自分と美術館を燃やしたのは、併設した孤児院を燃やす為、ローを兄上にまた美術館に押し込まれないようにする為。そして普通に出ると美術館の記憶がなくなってしまう=ローに医者の夢を忘れてほしくなかった為。
    いつかおれを思い出して貰うなら、笑顔の方がいいもんな。

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