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    うへ山

    @oQ7gn

    成人済

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    うへ山

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    ハッピーニューイヤー利こまです

    年の初めのためしとて 市井の賑わいは、悪意を包み隠すのに丁度いい。何かとお祝いムードのこの時期、城内・外問わず人々が浮き足立っている。大小様々な門松を横目に、フリー忍者の山田利吉は忍術学園に向け歩みを進めた。淡々と任務をこなした結果として、報告すべき事柄が山ほど生まれたからである。
     京の底冷えなど、氷ノ山に比べるまでもない。うんざりするほどの積雪がないだけで、こうも過ごしやすさに違いが出るのかと仮住まいを引き払いながら思う。さぞ煌びやかな商売がやりやすかろう。指先を真っ赤にし、ガチガチと歯を鳴らし、鼻水をすすりつつ雪掻きをする。そんな経験など、どうせしたことがないのだ。まあ、しないに越したことはないが――と、利吉は冬真っ只中の実家に思いを馳せる。秘境者コンプレックスがあまりに自然に顔を覗かせそうになり、少し焦った。
     しんしんと控えめに降る雪でも、生血を薄化粧のように隠すことだろう。人々の注意力が散漫になっている今こそ、仕事がやり易い。新年にそぐわない発想だなと自虐しながら、利吉はいつもよりいささか重い足取りで都を後にした。

    「あれ、利吉さぁん」
    「…………小松田くん」
     重い足取り、だったはずだった。
     忍術学園の門に見知った癖毛が見えた途端、利吉の歩幅が大きくなる。早足よりも駆け足で、それをけして悟られないよう足音を極力隠した。
     へっぽこ事務員が掃き掃除を終え、緩慢な動作で箒を持ち、脇戸をくぐる。そのタイミングに合うよううまく調整して、利吉は「私はちょうど今、たまたま、君が門を閉じるタイミングで辿り着いただけだから。本当に」なんてことを何度も己に言い聞かせた。そうでなければ、プライドが許さなかった。
    「明けましておめでとうございます。今年は卯年なんですって」
    「君、実家はどうしたの? 何か帰れない理由でも? タイミングをずらして帰省するのか? なんだって新年早々掃き掃除なんだ」
    「質問は一回につき一個にしてください。忘れちゃいますから」
     小松田の手がすっと利吉を制す。もこもことした手袋、綿のたっぷり詰まった羽織、それらを携えてなお耳が赤い。白い息が風にかき消され、小松田は寒そうに身を竦ませた。それに呼応するように、利吉はわざと不貞腐れた表情で、ゆっくりと彼に声を掛ける。
    「てっきり京に帰っているものだと思ったよ」
     低い声だった。利吉の頭の中には、実家でぬくぬくと祝い膳を食べながら過ごす小松田の姿があって、忍術学園に残っているとはつゆほども考えていなかった。一家の団欒に染まる男だとばかり思っていた。
    「帰ろうと思ってたんですけど。上級生の一部の子が、なんか任務が長引いてるみたいなんです。先生方に聞いたら、まあ年明けには戻るだろうって」
     で? そう急かしたい気持ちを押し殺す。利吉は、平素の苛立ちが湧き上がらないことを不思議に思いつつ、小松田の目をじっと見た。ふつふつと煮えるのは、むしろ期待に似た感情だった。
    「だから、お帰り〜とか、明けましておめでとう〜って、言ってから帰ろうかなあって思ったんです。だって新年だし、みんなには今年もお世話になったので」
     利吉の期待通り、きゅっと口角をあげた、情けなくへにゃへにゃに下がった眉の、いつも通りの笑顔。ふっと身体から邪心やその他の荒んだ感情が抜け、ああもうどうでもいいかというような気分にさせられる。
     何か悪態をついてやろうと思って、やめた。今年が何年かだなんて、利吉の頭からはすっかり抜けていたし、年末年始だから何をしようという発想すらなかった。ただ自らの仕事をこなし、忙しい日々をいつも通りに過ごすことばかり考えていた。
     ただじっと、小松田の頭の先から爪先までを眺める。彼の境界線をまだ踏んでいないためか、マニュアル通りの台詞が飛んできていない。ただにこにこと寒そうに、鏡餅がどうだの雑煮がどうだのという雑談をなぞっているだけだ。
     はあ、無意識に利吉の口からは溜め息がこぼれた。ふと空を眺めると、雪が止んで晴れ間が見えている。
    「そうか、もう年明けか」
    「そうですよ〜。利吉さん、昨年はあまりゆっくりお話できませんでしたね。今年もお忙しいんでしょうけど、また色々お話聞かせてください」
    「そうだね。今年は……先々のことを言いすぎると鬼に笑われそうだけど、もう少し学園に立ち寄れたらと思ってるよ」
     半歩進むと、さっとバインダーが差し出される。書き初めのようだな、と自嘲しながら小松田が言葉を発するより早く筆をとった。いつもは面倒くさがるのに、とぽかんとする小松田にいささか気まずさを感じながら、極力丁寧な筆致で〝山田利吉〟と記す。
    「ありがとうございます! それではごゆっくり」
     お世辞にも効率がいいとは言えない動きで敷地内の掃除を始める姿が、なんだかやけに真新しい。相変わらず機嫌良さげな姿だというのに、これはいったいどうしたことだと利吉は首を傾げる。
     もしや、真新しいのは小松田くんではなく自分なのか? いやいや。そんなまさか。
    「小松田くん」
    「はい?」
    「明けましておめでとう。……今年もまあ、適当によろしく」
    「はい!」
     門外から賑やかな声が聞こえる。それなりに低レベルな言い争いがよく響いた。先に門を開けるのは俺だ、何を言う俺だ――そんなやり取りを無視して、小松田がさっとかんぬきを抜く。二人ともお帰り〜、明けましておめでとう! 脳天気な声だった。言い争っていた二人も、案の定毒気を抜かれて、何やらもごもごと返事をしている。
     もし、これで小松田の役目が終わったと言うなら、浮き足立つ町中にでも誘ってみよう。せっかく年始なんだから。利吉はそんなことを考えながら、学園長室へと歩みを進めた。その足取りは風のように軽い。
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