『はじめての自転車』「いいもん持ってんね」
「?」
ペダルを踏み込もうとした右足が止まる。赤ら顔の男はキョロキョロ四方を見渡して、誰の姿も見えないことに首を傾げた。校門前は休日らしくガランとしていて、朝の早さに鳥たちの気配もまばらである。
どこから聞こえたかも分からないのに、確かに自分へ向けられた言葉のように感じた。赤ら顔は魔法士見習いである。多少不思議なことには慣れきっていた。
「ハァイ」
「ッ、……なんだ。フロイドくんか」
「調子どう? モブシちゃん」
ポン。
肩に大きな手が置かれた。左斜め後ろからニヤニヤ顔がのぞき込む。身長と悪名がやたらと高い同級生だった。さっきまで何もなかった場所から突然現れても「ああこいつか」と納得してしまう、ほの暗い男である。
3219