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    umiyukisandesu

    @umiyukisandesu

    原稿進捗とか表に載せられないやつ置き場

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    umiyukisandesu

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    ・夫婦💧🔶♀、🔶♀の無自覚惚気話に付き合わされる被害者のかんうんさん
    ・🔶♀妊娠中
    ・『返景』の💧🔶♀の話ですが、『返景』を読まずにこちらを読んでもかんうんさんの気分になれてオススメです
    ※🔶♀の名前は🔶の元ネタと思われる鍾離権の号から

     商業の国と名高い璃月の港は、朝夜分け隔てなく漁船や商船で賑わっている。ごくありふれた今日の昼間も例外ではなく、そんな港を見下ろせる場所に位置する小さな家の庭で、閑雲は機巧を弄っていた。共に暮らしている弟子は出掛けており、彼女は一人の時間を悠々自適に過ごしている。
    「ごきげんよう、仙人様。今は閑雲さん、なんだっけ?」
     そんな折に、閑雲は男の声に呼び掛けられ顔を上げた。見ると、雪を思わせる白い外套にフードを目深に被った男が立っていた。外套を飾る装飾の意匠とフードから伸びる柑子色の襟足を認め、閑雲は眉を顰める。
    「貴様は……ファデュイの『公子』か。妾に何の用か。冷やかしなら帰るがいい」
     ファデュイ執行官第十一位「公子」タルタリヤ。彼はかつてこの港に災厄を齎した冬国の使者であり、その出来事は閑雲が山を降り港で人々の暮らしの中に身を紛らそうとしたきっかけの一つにもなった。璃月を長きに渡り見守ってきた岩王帝君を暗殺した犯人であるとの噂が立ち、少しして彼は璃月を離れたと聞いた。その彼が何故ここにいるのだろう。疑問はあるものの、厄介事に巻き込まれたくもない。閑雲は立ち上がり、家の中に戻ろうと踵を返した。
    「ああっ、待って! 用があるのは俺じゃないんだ。俺は単なる付き添いだよ」
     タルタリヤはその場で振り返る。すると、彼の体格ですっぽり隠されていた背後にいた何者かが彼の隣へと並んだ。その人物はタルタリヤと対照的な、金糸の刺繍が施された黒いローブを被っている。体つきからして女性、しかも妊婦だ。はてそのような知り合いなどいただろうか、と閑雲は首を捻る。すると、彼女は閑雲の方に歩み寄り頭に被っていた布を取り去った。
    「息災だったか、閑雲」
     済んだ声が凛と響き、石珀色の瞳が現れた。特徴的な瞳孔と意思の強そうな整った目鼻立ちに、閑雲は目を見開く。
    「──帝君!? な、何故そのような御姿に……それと、その、腹が……、も、もしや……」
     閑雲の視線は鍾離 ──その正体は岩王帝君であり、数年前は確かそう名乗っていた──とタルタリヤの間を何度も行き来し、声が震え徐々に顔が青褪めていく。
     ──ちょっとマズイかな。
     タルタリヤは鍾離との関係を告げる際に激昂されないか懸念してはいたが、身重の鍾離を一人璃月港へ送り出すわけにはいかなかった。怒りの余り襲い掛かられてもタルタリヤにとっては無問題、寧ろ大歓迎とまで言えるが、余計な波風を立てるなと鍾離に釘を刺されている。衝撃を受けている最中の閑雲が怒り出すその前に、とタルタリヤは一歩後ずさった。
    「……ええと。俺はお暇するね。また夕方ごろに迎えに来るから。じゃ、よろしく」
    「ま、待て貴様!」
     そして、片手を上げるとひらりと外套を翻し璃月の街中へ駆け出していく。追いかけようと踏み込んだ閑雲の肩を鍾離が抑えた。
    「閑雲」
     鍾離は静かに首を横に振る。
    「……、帝君……。……いえ、今はなんとお呼びすれば?」
    「ふむ……、では、『雲房』と。今は家の近所の者たちにはそう名乗っている」
    「畏まりました。……雲房殿、妾に何の御用ですか? それと、諸々のご説明を」
     閑雲はなんとか微笑みを浮かべるも、混乱により頬は引きつっていた。鍾離──改め、雲房と名乗った女性は頷くと、閑雲に続いて家の中へ入った。
     

     茶を淹れ、居間の机に座った二人の間に湯気が上る湯呑みが置かれると、雲房は淡々と『鍾離』として港に居た頃から何故子を宿し軽索荘に移り住んだのかを語った。そして、一年前に子の父である「公子」に見つかり、今は「公子」と共に暮らしていることも。
    「……というわけで、出産の前に凡人の子育てについて教わりに来たんだ。私にも弟子はいたが、随分前のことであるし半人半仙でも凡人でも無かったのでな」
     そう言って、雲房は湯呑みを傾ける。どうして今まで何も言ってくれなかったのか、との問いに彼女は「だから今日訪ねたんだろう」と言い放った。──ただの人間であれば、六年間報せが無かった友人を咎めるだろうが、幸いにも雲房も閑雲も凡人ではない。もっと早くに知りたかった思いもしつつ、そんなものか、と閑雲は納得した。
    「はあ、赤子と弟子とはまた話が別でしょうが……、それにしても、あの凡人との間に子を成すとは……」
    「『公子』は私の事情を知っているからな。都合が良かったんだ」
    「……」
     彼女は些細なことだとでもいうように、添えた豆菓子を摘みじっとそれを興味深そうに眺めている。そして、何に納得したのか、ひとり頷くと口に放り込んだ。カリ、と小気味良い音が響く。石珀色の瞳が細まるのを見るに、菓子は彼女のお気に召したらしい。
    「……ていく、いえ、雲房殿。あの凡人に恋慕しているのですか」
     その言葉に、彼女は軽く目を見張り閑雲を見つめた。それから、目を伏せ顎に手を当てる。
    「……それが、いまいち理解が及んでいなくてだな……。私はこの国も民も愛している。凡人の営みも好ましい。ただ、凡人の恋人や夫婦のような感情が私たちの間にあるかと言われれば……無い、だろうな。彼奴も恋愛の機微は分からないと言っていた」
    「……愛がないのに子は育てられませんよ」
    「……そうか。私も、此度の経験で理解できればと思ったのだが」
     そう呟くと、雲房は困ったように薄く笑った。それから、自身の膨らんだ腹をそっと撫でた。
    「赤子という手段を取らなくとも良かったのでは?」
     話題を変えようとそう問うと、雲房は少し考え込んでから小さく首を振った。
    「……いや、駄目だ。私は彼奴の証を残したいとも思ったんだ」
    「……? 何故です?」
    「何故、か……」
     雲房は眉間に皺を寄せ、窓の向こうに目を向けた。
    「……彼奴の言葉を、信じてみたくなったんだ。詳しくは言わないが、彼奴は……私にある約束をした。戯言かもしれないが、それを見届けたくなってしまった」
    「……」
     窓の外に広がる大きな海原に何を見ているのか、彼女の口元は緩く弧を描いていた。
    (──……帝君。その長きに渡る生の中で、人間たちのことも見続けて……人の情をよく解するのに、貴方は自分の感情にはとても疎い)
     閑雲もまた、一足先に凡人生活を始めた“鍾離”に倣い港で暮らし始めたため、街や人々に愛は感じても情人同士が交わす愛に得心がいかないという心中はある程度理解できているつもりだ。しかし、肝心の彼女が彼女自身の思いに気付けていない。
    (ただ一人の言葉を信じたくなって、その人の証を残したい、だなんて……それを愛と呼ばずして、何と呼ぶのです)
     雲房は彼との経緯を語る時も、こうして穏やかな笑みを浮かべていた。岩王帝君の化身の姿の一つであるこの女性体は、岩王帝君の名に恥じない気高く凛々しい美女の姿として昔見かけたことがある。その美女が、今は少女のように可憐な花を思わせる笑みを浮かべているのだ。恐らく、眼差しに込められたその色の自覚もなしに。
    (どうして、愛が無い、などと言ってしまえるのです)
     また、ほんの刹那の観察ではあったが、雲房と並び立つ「公子」の瞳は、常に彼女を慮っていた。岩王帝君の傍若無人としか言いようがない振る舞いに付き合ってあのような目ができるのだから、彼にもまた雲房への愛がないわけがない。
     それに、と閑雲は机に置かれた雲房の手元へ目を向けた。左手の薬指には、「公子」の瞳と同じ色をした石を抱く金の指輪が嵌っている。
    「話は変わりますが……それは、『公子』からの贈り物ですか?」
    「うむ? そうだ。結婚指輪が無いと不自然だろうと贈ってくれたんだ。特注の指輪のようでな、実に良い品だろう?」
    「……そうですか」
     左手を持ち上げ得意げに指輪を見せる雲房に、閑雲は眉間を指で押さえた。愛が無いのに特注の指輪なんて贈らないだろうし、その満足そうな微笑みが答えではないか。──少しばかり、「公子」へ同情の念が湧く。「公子」が彼女に対してどう思っているかは定かではないが、愛する相手がこのようでは愛を注ぐ甲斐もないのではないか。いつか彼が愛想を尽かさないと良いが。
    「愛想を尽かす……。それは……困るな」
     雲房が顔を曇らせ、おっと、と閑雲は口を押さえた。
    「……、すみません。声に出ていましたか」
    「なに、構わん。ただ……」
    「ただ?」
    「……彼奴に愛想を尽かされないようにするには……どうすればいいと思う」
    「……」
    「私は『公子』を巻き込んで利用した。今のこの状況は彼奴の優しさ故のものだ。……本当は一人で子の面倒を見るはずだったのに……今となっては、彼奴を手離し難くなっている」
     雲房は声色こそ変えなかったが、睫毛を伏せ不安がちに卓に置いた手を組んだ。その瞳はまさに、恋に悩む乙女そのものとしか言いようがない。閑雲はその態度に唖然とするほか無かった。──岩王帝君を“恋に悩む乙女そのもの“などと喩える日が来ようとは!
     ──何故自分は、敬愛する岩王帝君本人の口から、帝君暗殺の犯人と噂される執行官との惚気話を聞いているのだろう? 一瞬そんな考えが頭をよぎり、くらくらと眩暈のようなものを覚えた閑雲だったが、ずり落ちた眼鏡の位置を直すと咳払いをした。
    「……それを言ってみては如何ですか」
    「それ?」
    「ええ。愛想を尽かされては困る、と。一緒に居て欲しいのだと」
    「……そんなことでいいのか」
    「さあ。妾は奴の嗜好など知りませんが……試されてみては?」
    「ふむ……」
     雲房はその言葉に納得したのか、小さく頷いていた。


     話題は次第に雲房の身の上から移り、茶と菓子を嗜みつつ取り留めのない話に花を咲かせていると、いつの間にかとっぷりと日が暮れ、家の戸が叩かれた。迎えに来たよ、と扉越しに声がして、雲房は立ち上がった。
    「すっかり長居してしまったな。突然の訪問だったが、歓待に感謝する」
    「いえ。妾もこうして貴女と茶飲み話が楽しめました。……参考になるかは分かりませんが、子育てに関する助言は後ほど書にまとめてそちらへ送り届けます」
    「うむ。そうしてもらえると助かる」
     閑雲もまた立ち上がり、先導して扉を開くと、「公子」が立っていた。彼は閑雲の顔をさっと窺い、にこ、と人の良さそうな笑みを浮かべる。
    「やあ閑雲さん、今朝ぶり。突然押しかけて来てすまなかったね」
    「……」
     閑雲はしげしげと「公子」の顔を眺めると、その場で振り返った。
    「……雲房殿。申し訳ありませんが、少々其処でお待ち頂けますか。この者と話したいことがございますので」
    「む? そうか。分かった、再び椅子を借りよう」
    「えっ? な、何の話?」
     雲房を家の中へ残し扉を閉めると、小さな庭の外れまで離れた。「公子」は戸惑いを顔に浮かべながらも付いてくる。
    「……ふん。どうやら、帝君は貴様を大層気に入っているようだ」
     腕を組み、「公子」に向き直る。彼はきょとん、としたあと照れ臭そうに頭を掻いた。
    「はは、そうかい」
    「……時に、人の子よ。貴様は彼の方を──己の番として、愛しているか」
    「ああ。愛しているよ」
     「公子」は表情を一切崩さず即答した。夜の海のような瞳を試すようにじっと見つめ、それから閑雲は息を吐き出す。
    「……。ならば、何故お教えせぬのだ。彼の方は貴様からの愛慕にも、己の愛慕にも気づいておらぬ」
    「……それは」
     暗い碧色の瞳が一瞬だけ揺れた。そして、彼は決意に満ちた笑みを浮かべる。
    「この物語を、悲劇にしないためさ」
     芝居がかった言い回しに、はあ、と閑雲は眉間の皺を深めた。
     「公子」は笑顔を顔に貼り付けたまま続ける。
    「愛し合う二人の別れは……どうしたって悲劇になってしまうだろ? いつか来る別れの時を、出来るだけ悲しいものにしたくない。──先生はもう、長い間に色んな別れを経験してるんでしょ。だったら、そもそも愛し合う二人なんて前提が無ければいい。その時が来るまで、ただ俺と鍾離先生が在ればそれでいい。そう思ったんだ。実際、今のままでも俺たちはちゃんと夫婦をやれているし、満足しているよ」
     この男は本気でそんなことを考えているのか。閑雲は目の前の人間が語る現実味のない言葉に唖然とするほか無かった。
    「……貴様、本気か?」
    「本気だとも。……今のままでも、先生は俺を想ってくれるんだろうけどね。愛した伴侶と別れるより、奇妙な友人と別れたことにした方がマシなんじゃないかなと思って」
     閑雲は、岩王帝君が平穏無事でありさえすればそれでいい。これ以上別離の悲しみに暮れぬようにとは願うものの、それは帝君が長命の存在である以上仕方ないことだろう。
     そして──この場合、果たしてどちらが帝君の為になると言えるのだろう。帝君が自身の感情を自覚し彼と愛し合った果てに訪れる別れと、このまま彼への淡い想いの正体を知らないまま遂げる別れと。前者であれば帝君は酷く嘆き悲しむことになり、後者を取ればそのような事にはならないかもしれない。しかし、帝君は凡人らの営む「愛」を知りたがっている。それこそが子を宿した動機だと先ほど語っていた。答えが出せず、閑雲は言葉に詰まる。
     黙り込む閑雲をよそに、「公子」はアハハ、と乾いた笑いを溢して頭を掻いた。
    「……ま、俺の方は隠すつもりはないんだけど。それに、先生が気付いたら気付いたで……その時また考えるさ。先生ったら、本当に凡人が下手だね。俺のことを好いているんだって仙人サマからもお墨付きなのに」
    「……妾は貴様を認めていない。彼の方に免じて見逃してやってるに過ぎぬ。だが……」
     閑雲は「公子」に背を向けた。
    「……帝君に悲しい思いをさせたくないという、貴様の想いは……信じることにしよう」
     彼の覚悟は十分に問えた。話は終わりだ、と言わんばかりに家へと歩き出す閑雲の背に、「公子」は静かに微笑んだ。
    「それで充分だよ。ありがとう」
     彼が閑雲に続こうとしたとき、閑雲は何かを思い出したようにはたと立ち止まった。
    「……だが、例えば──」
     閑雲は首だけを「公子」に向ける。
    「貴様が失せた後に、彼の方が想いに気付けたら──どうするというのだ」
    「……俺が死んだ後ってこと?」
    「貴様と想いが通じ合わぬまま、一人悲しみに暮れるのだ。──そうしたら、貴様の目論見は全て台無しになってしまうぞ」
     「公子」は瞬きをして目を伏せた。逡巡ののち、再び顔を上げる。その表情は軽薄な笑みを浮かべていない、研ぎ澄まされた刃のように真剣な面持ちだった。
    「そしたら……、生まれて来る子に──俺より長く先生の側に寄り添える子に、俺の想いを託すよ。それでももし先生が納得しなかったら、閑雲さんが今のこの話を伝えてやって」
    「無責任な。妾が伝える義理もない」
    「そうだね。でも、留雲借風真君サマなら岩王帝君にとって最善の選択をするって信じてるよ」
    「……」
     わざとらしく敬称を用いた彼の唇は弧を描き、閑雲に向かって片目を瞑ってみせた。年若い凡人の女子であればその仕草に黄色い悲鳴を上げるかもしれないが、閑雲は特に反応もせず再び家に向かって歩き出した。
     屋内で待っていた雲房に声を掛けると、二人は改めて閑雲へ礼を言った。名残惜しげな様子の雲房に「公子」は苦笑をしていたが、港から軽索荘への道のりは長いので、と閑雲の方からも諭し、二人は閑雲の家を後にした。
     軒先で閑雲は並んで璃月の街を歩く二人の姿を見守る。雲房が何事かを「公子」へ告げると、彼は硬直して立ち止まった。僅かに見える耳の先が朱に染まっている。恐らく、雲房は閑雲の助言をすぐさま実行に移したのだろう。成程、ああも素直に反応をしてくれるのだ、雲房が気に入るのも頷ける。
    (──ああ……ほら、やはり)
     立ち止まった彼の顔を覗き込んだ雲房は、閑雲が見たこともないような表情を浮かべて笑っている。閑雲は目を細め、そして踵を返し我が家へと入った。
    (愛は、其処に有るではないですか)
     先程の光景にほっと安堵に胸を撫で下ろしつつ、それはそうとして「公子」には一度痛い目を見せてやらなければ、と決意する閑雲であった。
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