電波人間の擬人化シリーズ1話&2話僕は飛ノ木空。今日で高校一年生。今頃みんなは教室で明日からの授業の説明を受けている。
一方僕はというと、全く見慣れない街並が見渡せる学校の屋上の床に座っている。
初めての高校だし…教室は怖いから。誰かが誰かを指差して笑うから。
廊下で拾った屋上の鍵を使って、ドアをこじ開けた。それからサッと鍵を閉めた。
だからここは僕一人。ふぅ、一安心。ここなら誰もこないし、静かだし。
ふと校庭を見下ろすと、桜が溢れんばかりに咲き誇っていた。
堂々として咲く桜の所為で、バツが悪くなった。
…もう、帰っちゃおうかな。どうせ教室には戻れっこない。定期とか、持ち物は全部持ってるし。
軽くなりかけた気持ちがまた沈んで、嫌な感じだ。もう帰ろう。
鞄を持って立ち上がった瞬間、ドアががちゃがちゃと音を立て始めた。まさか、…先生?
嫌だ、来ないで!そんな願いも虚しく、きぃ、とドアが開いた。
「わぁ…桜がいっぱい…ってえぇ⁉︎なんでここに人が⁉︎」
制服を着ているから…どうやら、先生ではないみたいだ。はぁ、と小さく息を吐いた。
「えぇと…あなたは?…あ!すみません、まずは私から名乗るべきでしたよね!私、守屋警夛です!」
ケイタ、と名乗った少年は、肌が真っ白で、茶髪がぴょんぴょん跳ねていて、綺麗な顔をしていた。
僕とは大違い、そう思うと嫌気がさして、舌打ちをしそうになった。
「ええと…あなたは?」
「…飛ノ木、空」
感じが悪いのは分かっている。でも、人懐こく挨拶をする気にはなれなかった。
「ヒノキ、ソラさん、ですか…飛ノ木…あ!隣の席の!
入学式のときはいたのに、教室に来なかったから探しちゃった」
えへへ、とはにかみながら笑う彼に毒気を抜かれた。
「あの…なんで屋上に?鍵は僕が持ってるはずなんだけど」
僕は鍵を摘んで揺らしてみせた。すると彼は少し首を傾げた後、あぁ!と声をあげた。
「私、ちょっと得意技がありまして。針金とかで鍵を開けられるんですよ!」
そういって、彼はふふん、と得意げに笑った。
なんだそれ。ミステリー小説でしか見たことない。無茶苦茶な人だなぁ、と思った。
少し呆れた、と言わんばかりに彼をじとっ、と見てやる。だが、彼はキョトンとするばかりで、
僕の嫌味な目なんか気付いていないようだった。
「というか、ソラさんこそなぜここに?教室に来ないから心配しちゃいました」
勝手に心配したくせに、僕が悪いみたいに言わないでよ。
嫌な気持ちが膨らんで、仕返しがしたくって、少し意地悪をしてやった。
「僕、なんで屋上に、って聞いたのに、答えてもらってないんだけど」
すると彼は少し焦って、
「あ!ごめんなさい!」
と謝罪した。
綺麗な性格だなぁ。僕の嫌味なんか一切気にしてないや。僕もこのくらい綺麗に生きられたなら。
強かになれたなら…
散々意地悪をしておいて、今更。だけど、少し、彼の綺麗さに罪悪感を覚えた。
「私、学校探検してて。もう全部回っちゃったからあとは屋上だなーって。
そしたらソラさんがいたからびっくりしちゃった」
んふふ、と女の子のように彼は笑った。学校探検なんて、小学校ぶりに聞いた。
高校生にもなってそんなことする人、居るんだ。
「あ!ソラさん、私答えましたよ!」
ソラさんの番です!なんて彼が屈託無く笑うものだから、あまりにも綺麗だったから。
…その綺麗な顔を崩してやりたくなった。
「…教室なんて、嫌なものの集まりだから。猿みたいに笑う奴らも、馬鹿でかい声で喋る先生も、
みんな大っ嫌いだし。あんなところいたくなかったから…屋上なら、静かだから。」
これでどうだ。まぁひどい、思い込みでものを話すのは良くないですよ、と顔を歪めるか?
それとも、なんなんだこいつは、と僕を嫌うか?どっちでもいい。お前の本性が見れれば。
あまりに綺麗すぎるやつは、怖い。何考えてるかわからないから。
始めに、知っておきたい。さぁ、お前はどうなんだ。
思い切って顔をあげる。すると、そこにあったのは、寂しそうな笑みだった。
「そっか…教室は怖いかぁ」
「…は?」
怖い?僕はそんなこと言ってない。
「怖いだ、なんて」
「う〜ん…なんで、怖いのかなぁ…?」
「そんなこと、」
「中学校のときなんかあったのかなぁ…」
「言ってない…」
「ん〜…」
「ねぇ…怖いとか、そんなこと、言ってない‼︎」
自分の気持ちを見透かされたようで、気持ちが悪かった。怖いだなんて、そんなこと…
「なんで…なんでそう思うの…」
居心地が悪くてしょうがなかった。全部、彼にバレてしまっていそうで。
「なんでって…私が、中学生のときに似てるからかなぁ」
なんとなく、ね。そう付け足して彼は眉を下げて笑った。
僕は、顔が酷く引きつっていたのが急に収まっていくのを感じた。なんとなく、って…そんな…
「無責任な…」
ふと、声に出してから、サッと血の気が引いた。流石にこれは酷くないか。だいたい、今までだって、
教室に居ない見知らぬ僕を心配してくれて、明るく話しかけてくれて、僕のために悩んでくれて…
今まで気付かなかった、気付かないふりをしていた罪の意識が、急激に成長して、僕を蝕んだ。
罪悪感で肺が埋まって、息が浅くなるのを感じた。客観的に見たら…僕、最低じゃん。
「あ…あの…」
「んふふ…あははっ…‼︎」
謝ろうと声を出した瞬間、僕の耳に入ってきたのは笑い声だった。
純白の鈴蘭を彷彿とさせる、透き通った声だった。
「あ!…ごめんなさい。ソラさんの顔色がころころと変わるから…失礼でしたよね」
「あ、いや…僕の方こそ、ごめん、せっかく話しかけてくれたのに素っ気なくして」
というか、そんなに僕顔色変わってたかな。ふと彼の方を見ると、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「私、なんだかソラさんとは今日会った気がしなくって。
ずっとずっと前に会ったことがあるみたいで…
…馴れ馴れしかった、ですよね」
彼はまた、先ほどと同じように眉を下げてしょんぼりとしてしまった。
「い、いや…僕は自分から話しかけるの苦手だし…ケイタさんはすごいね」
「そう言って頂けると救われます…」
彼はまだ申し訳なさそうにしている。困ったなぁ。僕まで申し訳なくなっちゃう。
「ケイタさん、元気だして…?」
恐る恐る、話しかけてみる。余計だったかな、なんて不安になったけど。
「ありがとうございます…ソラさんは優しいですねぇ」
「や、やさ…?」
しょぼんとしたと思ったら、彼はまた笑顔になった。なんだか不思議な子だ。
「そういえば、ソラさん!明日の授業、一日学活らしいですよ!ラッキーですね!
私、授業ってあんまり好きじゃないから、ちょっとうれしいんですよぉ」
そう言うと彼はふわふわと笑った。でも、でも…僕は…
「僕は…教室には…」
「ソラさん!明日、待ってますね!お弁当一緒に食べましょうね!」
では!また明日!
そういってケイタさんは屋上から出て行った。
また明日。彼が発したその言葉が、僕の脳裏から離れてくれなかった。
📗
昨日の夜、明日は絶対に休もう。そう心に決めていた。
だから、本当なら僕はまだベッドの中に居るはずなんだ。そう。
……教室のドアの前でびくびくしてるなんて、有り得ないはずだったのに。
「あ!ソラさんだぁ〜!おはようございます〜‼︎」
背後から声がしたと思ったら、ケイタさんだった。
昨日と同じように、茶髪をぴょんぴょん跳ねさせて、元気に笑っていた。
「お、おはよ…」
ケイタさんに向かって挨拶をする。…ところで、なんだか視線を感じるんだけど。
「お?なになに?ケイタ、そいつ誰だぁ?」
視線の主に突然話しかけられて、ビクーッとしてしまった。
「あ!ヨウジさん!この人はソラさんです!」
「おぉ、ソラか!オレはヨウジだ!よろしくな!」
「よ、よろしく…」
明るい色の茶色の髪をセンター分けにした彼は、ヨウジさん、というらしい。なんだか、ヨウジさんが別次元の生き物のようにギラギラして見える。眩しいな…僕みたいなのが関わっちゃいけないタイプの人じゃないかな…
「ところでお前ソラと面識あったん?」
「いや、昨日がはじめましてですよ?」
「うぉ、マジかぁ…お前ほんとコミュ力おばけよな〜」
「なんですかコミュ力おばけって…」
僕を他所に2人で話している。楽しそうだなぁ…気まずいなぁ…今の隙に席に着いちゃおうかなぁ…
スーッと2人の後ろを通り抜けて、席を探す。…しまった…全くわからない。出席番号順だとは思うが、そもそも、クラスの人たちの名前が分からない。あぁ…もう。学校なんて来るもんじゃなかった…ぐるぐると考えを回していると、誰かに制服の裾をクッと引っ張られた。
「ふぇ?」
「ソラさん、席分かります?」
どうやら、裾を引っ張ったのはケイタさんだったらしい。昨日は気が付かなかったが、どうやら
僕と彼はだいたい20cmくらい身長差があるらしい。なんだか小学生みたいだなぁ、と思った。
「分かんない…」
「そ、そうですよね…実は私も忘れてしまって…ソラさんの隣ということしか…」
「はぁ?お前の席はあそこだろーがよ」
記憶力ミジンコやんけ、とヨウジさんがけらけら笑う。ケイタさんは、だれがミジンコですか!と顔をちょっぴり赤くしている。
「あ…ありがとう」
「ん?あぁ、別にいいって。お前昨日居なかったし、しゃーねーだろ」
ヨウジさんが歯が見えるくらいニカッと笑う。真っ白の歯が覗いて、かっこよかった。
「ふぁぁ、先生話なげぇ〜」
「こら、真面目に聞かないで…後悔するのはヨウジさんですよ」
「僕もちゃんと聞いといた方が良いと思う…」
「ソラまで〜俺の味方は居ないのかよ〜」
授業が終わり、教室で2人と駄弁る。中学のときからは想像もつかない光景だ。
「いや〜…ひっさしぶりに友達と喋りましたよ〜…」
「んあ、お前中学のときなんかあったん?」
ケイタさんが、久しぶり友達と喋ったなんていうから、自分のことみたいでドキッとしてしまった。
「え?あぁ、そりゃ、まぁ…いろいろと」
「いろいろが知りたいんだよ〜!しーりーたーいー‼︎」
「めっ」
「俺はガキか!」
「名前もヨウジだし、幼児ってことで」
「笑えねー!」
そう言いながらも、ヨウジさんは、わっはっは、と笑っている。それにつられて、んふふと笑うケイタさんにつられて、僕まで笑ってしまった。
「ヨウジさん…子供扱いされてる…‼︎」
「不本意ながらな‼︎小学んときは逆だったのによぉ…」
「ときの流れって残酷ですよね」
「お前が言うな!」
再びわっはっはと笑い出すヨウジさんにつられて、僕たちも笑う。この2人といると何だか心が温まる。
「ヨウジさん面白いねぇ」
「でしょ?彼といると毎日楽しいですよ」
「そいつはどーも」
「ヨウジさん照れてる?」
「うっせー!」
今度はあはは、とケイタさんが笑う。しばらく3人で談笑をしていた。
「あ!ケイタさん!」
すると突然、廊下の方から声が聞こえた。振り返ってみると、栗色の髪をしたウルフカットの人が、ケイタさんを指差していた。
「あら、ガトーさん、ガトーさんは別のクラスだったんですねぇ…」
「あーん!ケイタさんとおんなじクラスが良かったです!ヨウジさんともクラス別れたし!」
「俺もここに居るぞ」
「ウソ!私1人だけ離れたんですか!?」
「うわぁ…どんまいです」
ショック…とがっくし肩を落とすガトーさん。この人もケイタさんの知り合いなのかな?
「あれ、そちらの方は?」
ふと、ガトーさんがこちらを見る。えっと、どうしよう…
「あぁ、この人はソラさん。私の友達ですよ!」
「へぇ…高校の?」
「はい!昨日が初めましてです」
「わぁ…コミュ力すごいですね…」
「それほどでもないですけどね」
「初めまして!私、ガトーっていいます!ガトーで良いですからね」
「あ、僕はソラ!よろしくね、ガトーさ…呼び捨てはハードル高いから…ガトー君!」
「あ!ずりぃ!おいソラ、俺は呼び捨てでいいかんな!ヨウジで!」
「ちょっと!わ、私も呼び捨てでいいですよ、ソラさん!」
「え…呼び捨てはハードル高いから…ケイタ君、ヨウジ!」
なんで君付け⁉︎呼び捨てで良いのに!とケイタ君が言う。ヨウジはそんなケイタ君を指差して笑ってた。
「俺は呼び捨てでいいぜ。他人行儀は嫌いだからよ。
ケイタもガキの頃はタメ口だったのに…なんで急に敬語になったんだ?」
「時の流れって残酷ですよね」
「ケイタさんが言うとなんだか洒落にならないんですよね…」
「おい答えろって!」
「ヨウジ、めっ」
「ソラまで!」
「あっはっはっは‼︎」
今度は4人で揃って笑い出す。楽しいなぁ。ずっとこの時間が続けば良いのに。
…でも、ケイタ君の言う通り、やっぱり時の流れは残酷で。
「あ、私、もうそろそろ帰らなくちゃです」
ガトー君がそう切り出した。
「お〜…そうだな。俺ガキども迎えに行かなきゃ」
「兄弟?」
「おん。8人居るぜ‼︎」
「いっぱい居るね…」
「…家…」
「んあ?ケイタ?」
「んーん、何にも。さ、帰りましょ」
じゃあね、また明日、なんて言いながら校門を出て、それぞれが別の帰路につく。
「あれ、ソラさんってお家こっちなんですか?」
「うん。ケイタ君は?」
「奇遇ですね。私もです」
「そっかぁ」
別に、一緒に帰ろうとか、話そうとか言ったわけじゃないけど、なんとなく2人で並んで歩く。
「ねぇ、ケイタ君、さっきお家の話したとき、むむっ、って顔してたけど、だいじょうぶ?」
「え?ぁ、あぁ…大丈夫ですよ。ただ、学校がこんなに楽しいと家に帰るのやんなっちゃうなぁ…って」
「あぁ〜そういうことね」
「なんか分かりません?遊園地とか遊びに行って、帰りに、まだ居たい!と渋る感じの」
「あるね…」
「でしょ?」
他愛のない会話をしながら、駅まで歩いて、それから電車に乗り込んだ。
「あ、次の駅で私降りなきゃ」
「そっか、じゃあまた明日だね」
「はい、さようなら」
プシュー…と電車が止まる。ケイタ君が、若干人の波に流されながらも手を振ってくれたことが嬉しかった。さぁ、明日も頑張ろう…ちょっとだけ。僕は、少し姿勢を正して、電車が動き出すのを待った。
ただいま、なんて言わない。返事は返ってこないから。
私の靴以外のものは何も無い玄関を通り過ぎて、リビングへと向かう。
しん。
静まり返ったそこは、私にとったら、いつものことのはずだった。
なのに。なのに、この静かで、なんにも聞こえないはずの部屋に居る私の耳には、さっきまでお話をしていた彼の声がはっきり聞こえる。あはは、と朗らかに笑う声、帰りに、私を気遣ってくれた声。入学式の屋上で出会ったときは、彼は死んだような目をしていた。今日は違って、なんだか楽しそうだったけれど。本当の彼は、きっと今日の方なんだろうな。ヨウジさんやガトーさん、ソラさんと一緒に居れて、楽しかった。もうずっと前に無くしたと思っていた他者の温もりが、暖かく、私を照らしてくれた。
…冷たい。
相変わらず、ここは冷たく、静かだ。
そう、再認識した。途端、私の背筋は凍るように冷たくなった。その冷たさが体を内から冷やしていって、今にも全身が氷になってしまいそうだった。動いていなければ、死んでしまう。
身につけていたブレザーをガッと掴んで、脱ぎ捨てる。ワイシャツの上からスーツを羽織り直して、ズボンも合わせて履き替える。適当にネクタイを締めて、太ももにはサイホルスターを着ける。腰には…いいや、今日は。アレ、めんどくさいし。
外に飛びだそうとした瞬間、ヴーッ、とスマホが鳴った。
「もしもし」
「もしもし。今は学校帰りですか?」
「ええ。もう出ます」
「でしたら、お迎えの車を…」
「結構です。走っていくので」
「ですが…」
「結構です。今、走りたい気分なんです」
「そ、そうですか…あっ!来る途中…」
「『人に見つかるな』でしょ?分かってますし、大体貴方、私に忠告だなんて、良いご身分ですね。貴方の上司の名前、言ってみてくださいよ」
「…守屋、警夛様でございます」
「よろしい。では例の場所で」
ブツッ、電話を切る。と同時に走り出す。四月言えども、夜は冷え込む。
ひゅうっ、と冷たい風が頬を掠めて、痛い。
これでいい。他人の温もりだなんて、要らない。必要ない。
心の底からそう思っているはずなのに、何故か、また明日だね、なんて名残惜しそうに言う彼の姿が、
頭から離れてくれなかった。