恋蜂のワルツ「それでは、行ってまいります。お祖母様」
古いが手入れの行き届いたドレヴァンツ邸の執務室で、アシュリーがドレスを軽くつまんで膝を深く折るマディーレ宮廷式のお辞儀を完璧に披露してみせると、彼女の祖母デボラは目を細めて満足そうに頷いた。
アシュリー・ドレヴァンツは十五歳。豊かでやや癖の強い金髪、祖母譲りの春の空色をした瞳、高くはないがつんととがった鼻にはうっすらとそばかすが散っている。とりたてて美人ではないが、くるくるとよく変わる表情とあいまって愛嬌のある顔立ちであり、祖母は孫娘を見る度にその容姿を褒めたものだ。
いわく、”商人に器量は不要”と。
そりゃあ勿論良いに越したことはないが、美人すぎる女は商人には向かない。色事方面の諍いなど、いらぬ面倒を招く可能性もある。それよりは人好きがして警戒心を抱かせない愛想の良さの方がよっぽど必要なのだ、と地方のしがない小売店であったドレヴァンツ商会を一代で国内最大とも言われる大商会へ成長させた老婆は説く。
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