愛憎の檻に囚われてまだ暗殺の任務を任されていない、訓練中の純粋な少年のアッシュ。
帰宅したノーランドを出迎える彼は、エプロン姿で振り返りながら腰をひねり、少し恥ずかしそうに言った。
「おかえりなさい! あの⋯⋯シェフが作るのは分かっていたんですが、今日の料理、俺も手伝ってみたんです。好みに合うといいんですが⋯⋯」
上目遣いで、まだ幼さの残る笑顔を見せるアッシュ。
それがノーランドの心を一瞬揺さぶった。
「⋯⋯料理もできるのか」
ノーランドは冷徹な目でその姿を見つめる。
アッシュは期待に満ちた表情で、すぐに「はい!」と答えた。
その無邪気な笑顔が、ノーランドに不意に湧き上がった感情を引き出す。
胸に衝動が突き刺さる。そして疑念が入り混じり、ノーランドは一瞬それを抑えきれずに固まった。
(なんだ、この感情は⋯⋯⋯)
アッシュの表情が変わるたびに、ノーランドは胸の奥に沸き上がる衝動を感じていた。
自分でも説明できないその感情に、わずかな動揺を覚える。
壊したい、突き放したい、試してみたい。
アッシュを自分と同じように傷つけ、落とし入れたくなる衝動に駆られながらも、ノーランドはその欲望を振り払い、冷徹な思考へと戻った。
「今は訓練に集中しろ」
その一言で、アッシュの笑顔が少し曇り、肩を落とす。
彼の表情が一瞬にして変わる様子に、ノーランドは目をそらすことなく見つめ続けた。
だが、内心ではその無垢な反応が不快であり、同時にかすかな衝動を感じていた。
「⋯⋯っ! はい⋯⋯」
落ち込んだように目を伏せるアッシュの姿。
それが再びノーランドの心を揺さぶる。
無駄だと分かっていても、アッシュの純粋な反応に対して、心のどこかで複雑な感情が芽生えていることを、ノーランドは自覚していた。
「⋯⋯任務と訓練を完璧にこなせるなら、たまには作ってもいい」
ノーランドは冷静にそう告げると、アッシュの目が瞬時に輝いた。
彼の笑顔が戻り、喜びを全身で表現する。
しかし、その反応をノーランドは無表情で見守るだけだった。
(本当に面倒だ)
その感情に、ノーランドは心の中で冷たく笑った。
アッシュがあまりにも無邪気で、あまりにも変化に富んだ表情を見せるからこそ、どうしても手を出したくなる。
だが、それは一時的な衝動であり、すぐに冷徹な思考がそれを鎮める。
(こいつに情など、かけるつもりはない。ただの道具にすぎない)
その冷静な認識を繰り返しながら、ノーランドは心の中でアッシュを無理にでも「駒」として位置づけた。
彼の無邪気な笑顔、無垢な期待を、決して許すわけにはいかない。
「⋯⋯分かったなら、早く訓練を続けろ」
ノーランドはアッシュに背を向け、その場を去ろうとする。
アッシュは再び「はい!」と元気よく答え、笑顔で見送った。
ノーランドの心は無表情そのままで、感情の動きは一切見せなかったが、胸の中にまだかすかな感情の渦を感じる。
それを認めることはない。
彼の目の前に立つのはただの駒、使える道具でしかない。
(⋯⋯⋯使えなくなれば、切り捨てるだけだ)
その考えが、ノーランドの心を冷徹に保つ。
アッシュがどれだけ喜ぼうと、落ち込もうと、それに振り回されることはない。
だが、その背中を見送りながら、ノーランドは一瞬だけ、なぜか胸の中に小さな、見過ごせない感情の波を感じていた。
しかし、その波はすぐに消え、冷徹な思考が再び支配を始めた。
アッシュがどれだけ努力しても、所詮は使える道具の一つだ。それを超えることは、決してない。
そしてノーランドは歩みを続けた。
-end-