君に飼われたい※注意事項※
・チルチャックが女体化しています
・原作前ですでにお付き合いしているライチル
・チルチャックは自分の事はあまり詳しくは離していないけど歳はふわっとは伝えている
・ライオスが年下ワンコ彼氏っぽいです、そんな彼氏にチルちゃんは年甲斐もなく首っ丈です
・どんなラチでも大丈な方のみどうぞ!!
まさか、この歳になって恋人ができるとは思っていなかった。しかも、年下。
数年前にもう娘も全員成人したからと元旦那と話し合い別れを告げて以来、ずっと一人で過ごしてきた。五人家族だった家は急に一人になってしまった家主にとっては少し物寂しいものだったので、早々に親類に貸し出した。
寂しいのなら新しい恋人を作れ、と言われる事もあったのだが、有難いことに鍵師の仕事もあるし、組合の仕事なんて山のように積み上がっている。到底相手を探す余裕なんて無い。
こんなものは一過性だ。時が過ぎれば慣れるだろう。そう高を括って数年。確かに一人でいる事に慣れはしたし、誰にも何も言われる事なく日々を過ごせるのは快適であった。だけどじわじわと腐食が進んでいくように胸の内の人恋しいという気持ちは知らず知らずのうちに肥大化していたのだ……。
◼️
「あ! ち、ちる!」
人を待っていた。客でごった返している酒場のカウンターでちびちびと酒を飲んでいるとお目当ての人物がチルチャックを探し当て人混みから這い出てくる。
「み、見つかってよかった……君ってば人混みの中に入ると本当にわからないから」
体が大きいせいで混雑した店内の移動が大変だったのかライオスはアッシュブロンドの髪を乱れさせ肩で大きく息をしている。今日はカウンターに座っているからその頭に手を伸ばすのは簡単だった。柔らかく滑らかな髪を撫でてチルチャックはフッと笑みを浮かべる。
「良く戻ってきたな、えらいぞ」
わしゃわしゃと激しく両手でライオスの髪を掻き乱す。視界を遮る髪にライオスは困ったような顔をしていたが直ぐに手を伸ばしてチルチャックの小さな体を抱き上げた。
ふわ、と持ち上げられた体の浮遊感は心臓の高鳴りに呼応するようだった。視界が高くなった事でいつもは見えない景色が見える。小さなハーフフットが抱き上げられ店内を見下ろしているのが珍しいのか数人のトールマンと目が合ってしまった。思わず顔をライオスの首筋に埋め、降ろしてくれと懇願するとライオスは少しムッとした表情でチルチャックを見る。
「君ってばすぐに俺を揶揄うだろ? 何だか不公平だ」
なるほど、これは意趣返しという事か。それならば、とチルチャックはライオスの耳にそっと息を吹きかけた。途端にライオスは目を丸くして岩のように固まってしまう。顔はさくらんぼのように赤く色づき、恨めしそうな目でいじわる、と呟かれた。
「嫌じゃねぇ癖に」
トン、と足が地面に着く。もう店にいる必要も無いので二人で一緒に夜の街へと繰り出した。外もまだまだ人で騒がしいが少しずつ人の波が少なくなっているのがわかる。
妹はどうしたとライオスに聞くと、マルシルのところへ泊まりに行っているとライオスは答えた。その声が上擦っていてチルチャックは少しだけそれが引っ掛かった。いつもならファリンがいないからと部屋に招待されて二人で遅くまで話し込むのだが、今日はその予定は無いらしい。
「んで? 今日はどこいくんだ?」
あまりにも年齢差のある二人の逢瀬は大体食事をしに行くか、散歩をするかぐらいだった。ライオスにははっきりとした年齢は言っていない。勿論見た目以上に歳をとっている事は説明したが、ライオスはいまいちピンときていない様子だったので、それに甘えて説明しないままでいる。
本当は、年相応の恋人同士と言えばする事は決まっているだろう。なんせ若いのだ。そういう事への意欲もあるし、興味もある筈だ。あけすけな物言いをすれば、同じ年齢のトールマンの女性が相手だったとしたら気兼ねなくし放題なのだ。だけど、ライオスはそういう話はしてこない。恋人として好かれている実感はあるけどもその欲が行動に繋がった所をチルチャックは見たことがなかった。勿論、色々隠してしまっている負目もあるからそうならない方が都合がいい。だけど、一ミリも期待していないかというとそれは真っ赤な嘘になってしまう。
ここ数年ずっと一人でいたせいで人恋しくなりすぎてしまったのか、本当にこの年下の恋人が可愛くて仕方がないのだ。彼といると理性なんてどこかへ飛んでいってしまうような気がして、毎回自分を保つのに必死である。しかし、ライオスはそんな苦労も知らないで大きな犬のように甘えてくるのだから、これもまたタチが悪い。この顔が彼の普段の表情だと言うならまだ我慢できただろう。だけど冒険者としてパーティーをまとめている時の彼は冷静沈着で毅然とした態度を取っているから、この姿は恐らくチルチャックしか知らないのだ。
「あ〜、その今日は……行きたい所が、あるんだ」
いいかな? と不安そうに聞いてくるライオスの様子を不思議に思いつつもそれを了承する。承認された事がよほど嬉しかったのかライオスはパッと顔を明るくして繋いだ手をぎゅっと握りしめてきた。
ライオスの案内に従いながら色々な事を話す。先日の迷宮探索の事、ファリンやマルシル、他のパーティーメンバーの事、酒場や組合で耳にした噂の事、どれも些細な話題だけどどれも彼と話すからこそ楽しかった。楽しい。何気ない通り道がとても素敵なものに思えて店の明かりも漂ってくる食事の香りも全てが自分達の為に用意されているような気分だ。こんな若すぎる恋愛をしていいのか、心の奥で誰かが囁いている。それでも、もう誰もそれを咎める人間はいない。一人とはそういう事なのだ。
「ここって……」
視界に入ってきたのは木造の宿屋である。しかし旅人が泊まる為の宿ではない(泊まれない事はないが)。ここはそういう事を目的にした恋人同士が来る場所だ。しばらく口を開けてその建物を見上げてしまう。
まるで夢から覚めたような心地だった。無いと思っていた。それでも密かに願っていた。その秘めた欲求をライオスも同じように抱いていたのか。そう思うと途端に体が熱くて下半身が疼くような感覚になってしまう。
唇を噛み締めて下を向く、するとライオスがまた手を握り返してきた。その手はじんわりと汗で濡れていて少し震えている。その感触が伝わって、恐る恐る彼へ視線を移した。彼は心配そうにしながらも欲を滲ませた瞳でチルチャックを見つめている。どうやら本気のようだ。
「その……いい、だろうか」
君が嫌なら入らない。ライオスは静かにそう宣言する。チルチャックは建物を見て、もう一度ライオスの顔を見た。体が熱くて心臓が痛いほど鼓動が脈打っている。入ってしまったらどうなるのかなんて考えなくとも知っている。そんな最後の理性が足を引き留めていた。
だけど、ライオスが勇気を出して一歩を踏み出してきてくれたのは事実で、それに応えたいと思う自分もいて、もうどうすればいいかわからないというのが正直な所である。
「…………とりあえず、話をしよう……その、中に入って、まずは話だ」
中には入る。そう告げるとライオスの表情が明るくなった。話ならいくらでもする、と喜び勇んだライオスはチルチャックの手を引き宿へ向かう。店番をしている人間に声を掛けると部屋はすんなりと用意された。二階の一番奥の部屋。どんな所かはわからないが奥と聞くだけで少し安心した。
ギシギシと木鳴りのする古びた階段を登っていき、教えられた部屋へと向かう。廊下の突き当たり、角を曲がってすぐの所にその部屋はあった。ライオスが渡された鍵を差し込みそれを回すとギィー、と音を立てながらドアが開く。中の部屋はトールマンサイズのベッドと小さなテーブルが置かれているだけの簡素な部屋だった。
「こんな感じなんだ」
「まぁ一番安い部屋だからな、お隣さんの盛り上がりがお囃子だよ」
壁が薄いこともあり、アンアンと甲高い嬌声とベッドの軋む音がする。ライオスはこの先の事ばかりを考えていてそれに気づく余裕がなかったのか目を丸くして驚いた後、また恥ずかしそうに俯いた。そんな反応を若いな、と感じつつあまり動揺していない自分がいかに彼よりも年上なのかを実感した。チルチャックはライオスの背中を優しく撫でてこう話を切り出す。
「あのさぁ、お前の気持ち自体は嬉しいけど、俺とお前じゃできないって」
本心と理性がせめぎ合ってはいるが、やはり踏み込めないのが事実だ。なぜならば、彼は若くて、自分の娘とほぼ同じような歳だから、個人的な理由はこれに尽きる。ただ、それでもここに入ってきたという事はライオスの申し出を悪くは思っていないという意思表示でもあるし、ライオスもそれは理解しているようだった。
「だ、大丈夫、色々調べてきたというか、体の構造は理解しているつもりだ」
膝の上で拳をギュッと握りライオスは少しズレた事を言った。確かにそこも懸念点の一つではあるが最大の問題ではない。チルチャックはライオスの手を優しく握り諭すように話しかける。
「……そうじゃなくて、付き合う時に言っただろ? 俺はお前が思ってるより歳いってるんだって、もし万が一があったらどうするんだ、俺もお前も責任が取れなかったら?」
「……それは、その」
「な? お前、故郷に残してきたご両親には何て言うつもりだ? 異種族で、しかも年上のハーフフットと子供ができたなんて、親が卒倒してもおかしくないんだぞ」
瞬間、ライオスの表情が固くなったのがわかった。これは地雷だったか、とチルチャックは焦ったがもう遅い。唇を噛み締めてそれでもと小さなチルチャックの体を抱き締めようとするライオスの手に抵抗せずチルチャックは身を委ね、彼の大きな背中を優しく叩いた。
「お、親は……今は、関係ないしっ、それに俺は、もう……ッ!」
「ライオス……」
そう言えば故郷や両親の話をライオスから聞いたことは一度もなかった。それでも過去に一度、マルシルがファリンと彼女の故郷について話している時に小耳に挟んだ程度になら聞いた覚えがある。確か、村の村長をしていて真面目でいい父親だと彼女は言っていた。
きっとファリンから見た父とライオスから見た父は違うように見えているのだろうけど、こんなにも人間関係を築くのが苦手な彼が自分の両親とだけはうまくいっていたなんて到底思えなくてチルチャックは自分の中の仮説が正しかったのだと確信を得る。
(身なりも綺麗で礼儀正しいし、基本的にお人好しなぐらい優しい奴だ、愛情をかけられて育っている……それでもこのアンバランスなコイツの他人との距離感は、きっと…………)
少し体を離し、そっと彼を見つめると焦っているような、不安そうな色でヘーゼルが澱んでいた。これは勝手な妄想だが、家族ではない誰かに受け入れられて安心したいのではないか、とチルチャックは素直に感じた。ついさっきまでニコニコとしていた純粋な彼とは違う、その切実な表情に知り合ってから初めてこんなに激しく誰かに執着しているライオス・トーデンというものを見た気がした。