フレンチフレンチトースト・キス頃合いか…と手をかざすタイミングで、適温を知らせる小さな電子音が鳴った。
熱したフライパンへバターを落とし、溶けきった所へ一晩 液に漬けていたパンを並べて焼き色が付くまで待つ。
「………」
バニラの甘たるさと焦げたバターの匂いが混じり合い、部屋に充満する。
口にする時には気にならないが、焼いている時の匂いは好きじゃない。
「すん……」
この間に冷蔵庫から牛乳を取り出しコップへ。こちらも蜜漬けした果実のマリネを小ぶりのガラスボウルへよそう。ほどよく両面に焦げ目の付いたパンを取り出し皿へ。
粉砂糖は――
「……やめておこう。」
それらをトレーに乗せて寝室へ向かった。
「朝食を持ってきた。」
「……う」
宇佐美はまだベッドの中にいて、シーツの間から顔だけ出した。
まぶたが開ききらない眠たげな瞳と目が合う。
「食べさせて下さい。」
「…………」
サイドチェストへトレーを置き、ひざをついてスプーンで果実をすくい宇佐美の口元へやった。
「ん……」
そしゃくし、飲み込んで、また口が開く。
もう一度ぶどうを一粒入れた所で宇佐美のまぶたが閉じ…
「…………」
再び眠りへ落ちたようだ。
オレは持っていたスプーンを皿へ置いた。
時刻は8時。あとⅠ時間したら、また起こしてやろう。
無防備な寝顔をまじまじと見る。
『しばらくは下半身に力が入らないんですよ…!』
体を繋げた翌朝はそうなのだ、と叱られて以来、宇佐美が好きな時間に起きられるよう諸々の用意をするようにした。ただ、病気の疑いはないか?と尋ねると「ただの疲労だ」と赤くなって言い切られた。そういうものなのだろう。
間近で見られるようになるまでは知らなかった宇佐美の、深いまぶたや目尻や指先の柔らかな皮ふには、宇佐美の生きた時間の痕跡がある事に気づいた。
肌に刻まれた小さな“しわ”一筋一筋の意味はその成果と証に結びつく。
オレ達が奪い合う【キャリア】とは本来は“経歴”。仕事をこなしてきた時間を指す言葉だ。
カラス銀行で働いてきた宇佐美の時間は宇佐美自身の肉体に在る、という事だ。
そして生まれ、生きてきた時間も。
「………」
クセのある髪は豊かに広がってシーツの上へ流れている。気ままに跳ねた毛先まで視線で辿っていった。
コチコチコチコチ…
「すー…すー…」
「………」
聞こえてくるのは時計の秒針が進む音と宇佐美の寝息だけだ。
うっすらと結ばれたその口元に目が吸い寄せられる。
今、キスしたら…目覚めてしまうだろうか…
「……ん」
軽く触れた唇は果実の甘い味がした。
――視点 吉兆
「……ん」
「……ぁむ」
触れ合う唇の間から果汁を舐め取り吉兆は気づけば舌先を宇佐美へ忍ばせていた。
「んっ?!……えっ!んん……!」
驚き目を開いた相手に対して、有無を言わさず我慢の仕方を忘れてしまったように、わずかな隙間から舌を入れ熱く絡ませる。
「んふっ…はぁ……ぁ…」
「…っ……ふぅ…っっ……ん!うさっ…?!」
たまらず吉兆が宇佐美を襲おうとした瞬間、逆に唇を離され、おとがいと肩を掴まれてベッドへ引きずり込まれた。
「まったく。“爽やかな朝の目覚め”が台無しですよ。」
吉兆の下で素肌を晒した宇佐美が色めき立った笑みを浮かべる。
何も応えず、吉兆は宇佐美の白くなめらかな首筋へ顔をうずめ、歯を立てた。
ちゅっ……ちゆ…っちゅ……
「ふふ。誤魔化せていると思っていましたか?君は分かりやすい。」
そう告げてやってから吉兆の頭を撫でる。
「顔に書いてますよ。“もう一回 私を抱きたい”って…んぅ!」
「お前も体の方は素直なんだがな。」
いつの間にやら吉兆の手が、布の上から存在を主張する宇佐美の一部に触れていた。
「我慢比べなんて趣味じゃないですね。」
同じく張り詰めていた吉兆のズボンのファスナーをジリジリと下ろしてゆく。
「いつまで待たせるんです?私が、君を欲しているんですよ?」
言い終わるのを待たず宇佐美は自分の下着に手をかけた。
「………」
一度まばたきをして…
言葉を飲み込み吉兆も上のTシャツを脱ぎ捨てた。
――トーストに粉砂糖を振らなくて良かった。
たっぷりと時間をかけて楽しんだ後なら、トーストに溶け消えてしまっていただろう。
「ちゅ…!ちゅ!」
「ん…ハァ……」
雑念を見透かされ相手のキスが激しさを増した。
おしまい