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    紗哉(さや)

    自由律俳句

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    紗哉(さや)

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    ゼノスタ/最終話後。付き合ってないけど当たり前に同棲までしてた二人が突然恋人同士になることにした話。

    ##ゼノスタ

    三千年越しのエウレカ─────────────────


    「苦いね」
    「第一声がそれかよ」

     同じ11歳で出会い、共に時を重ね夢を追い、様々な出来事の末に今ではいくつか歳下になってしまった幼馴染──スタンリーと、僕はつい今さっき、恋人になった。
     本当に他意はなく、ふとそう思ったので『ああ、この先もずっとスタンと一緒にいられたらな』と零したら『恋人にでもなる?』と言ってくれて、それが実に合理的だと思ったので提案を受け入れた。差し出された言葉があまりにもスッと胸に入ってきて、そうならない理由は無いとすら思えたのだ。
     恋人とはつまり、順調に関係を続けていけばいずれは人生の伴侶となり、永久に共に歩み続ける者のことだ。なるほどそれならスタンとずっと一緒にいられるわけだ。
     既に共に暮らしているうえに、積み重ねてきた時間も十分にある。とはいえ、この先も未来永劫自分が優先的に彼を独占できる明確な立場を得られたのは僥倖だった。

     せっかく恋人同士になったのだから、じゃあそれらしいことでもしてみようと初めての口づけを交わして、予想通りに感じたタバコの苦みに顔を歪めれば、スタンはクスクスと笑う。
     唇を離したばかりだから、よく見慣れた顔がこんなにも近い。出会った頃の幼い可愛らしさは鳴りを潜め、ずっと大人っぽく洗練された美しさの中に、彼の持つ意志や生命力の強さも感じられて非常にセクシーだ。以前から彼の顔の造りが非常に綺麗であることはよく理解していたが、恋人という関係になったがゆえの欲目か、より魅力的に感じる。
    「もっかいしとく?」
    「おお、そうだね、そうしよう。試行回数は多ければ多いほうが今後の参考にも……」
    「んな言い訳しなくても、恋人同士ってキスぐらいし放題の立場だぜ。……ま、ただの幼馴染だった頃にもしたことあっけど」
    「え?」
    「やっぱ覚えてねえの」
     不意に告げられた思いもよらぬ言葉に驚き口を開けば、目の前で長い睫毛に縁取られた金色の瞳がゆっくりと細くなった。
     慈しむような、懐かしむような……そんな目で、スタンは遠い遠い昔──今から何千年も前の、僕らがまだ石になる前の話を始めた。

     曰く、互いに忙しくなってしばらく会えない日々が続いていた頃のこと。ようやくぶりに会えた日に、二人でそれはもうフラフラになるほど飲み明かしたことがあった。その際、酔い潰れた僕をベッドへと運んだ時に突然キスをされたことがあるらしい。
     寝耳に水だった。当然僕の記憶には断片すら残っていない。そんなことがあったなんて、一度も言わなかったし、そんな『何か』が起こったとを思わせるような態度の君も存在しなかったじゃないか。
    「あん時のゼノも、離れてすぐさ、苦いって呻いて顔シワッシワにしてたよ。そん後すぐ寝てたけど」
    「……まるで記憶がない。すまない、それは非常に、エレガントではなかったね」
    「いーよ。俺も一生言わないで思い出にするつもりだったかんね。お互い様」
     細くなっていた瞳が全て瞼に覆われて消える。大きな仕事を終えたみたいな、あまりに安らかな微笑。
     その表情に、僕の心の奥底にある何かが揺さぶられる。
     君はずっと僕を好きでいてくれたのか。けれど僕が君を同じように想うことは無くても良いと、ただ一度きりの事故みたいなキスを大切にして生きていこうとしていたのか。
     なんて、おお、なんて──。
    「スタン! スタン……君と出会えて、本当に良かった」
    「なんよ、いきなり。NASAの叡智と呼ばれた男でも恋愛で頭おかしくなっちまうのか?」
     あんたの頭をおかしくしちまったってんなら、俺とんでもないことしたね、とスタンは悪戯っぽく笑う。子供の頃、少々過激な実験に付き合ってくれたあの頃のままの、幼く可愛らしい笑顔だった。久しく見ることのなかった君が現れて、動揺が隠せない。心臓の高鳴りが止まらない。
     この男が好きだ。幼馴染で、親友で、恋人の、スタンリー・スナイダーのことが、どうしようもなく好きだ。きっと僕も昔からずっと好きだった。気付かなかっただけで、そばにいるのが当然だと思い込んでいただけで、その実、僕は途方もなく大きな彼からの愛に包まれていたのだ。こちらからは何も返さなくても良いのだと、密やかに、それでいて豊かな愛情を何年も……何千年も注がれ続けていたのだ。
     そのことに今、気付いた。気付いてしまった。
     もう取り返しがつかない。後には戻れない。
    「僕は、君を……とても待たせてしまっていたようだね」
    「いや、別に待ってねーって。恋人んなるかって聞いたんも……うっかり、みたいなもんだし。気にすんなってゼノ。ゼノ先生。ほんと、心配はしてねえけどさ、間違っても恋愛にうつつ抜かしてバカになんなよ? アンタには死ぬまでやり続ける仕事があんだろ」
     そう言いながら僕の頬を撫でるスタンの手に、自分の手を重ねる。柔く力を込めて握れば、特に抵抗なくそれは僕に包まれた。あたたかく、いつだって僕を支えてくれていた手だ。
    「ああ、約束するとも。僕は勿論今まで通り科学に邁進する。しかしそれと同時に、君のことも愛しぬくと誓うよ。最期の時まで、生涯をかけて。君がそうしてくれていたのに僕も応えたい……と言うと少し押しつけがましいね。僕がそうしたいから、させてもらうとしよう。いいね? さあ、これから存分に愛される準備は出来ているかな、スタン?」
    「ははっ!」
     演技めかして最後にウインクまで添えれば、スタンは腹を抱えて笑い出した。ひとしきりヒィヒィと体を震わせた後に、いつの間にか零していたらしい涙を片手で拭う。
    「ゼノ先生、いつからんな詩人になっちまったんよ。はー……おっかし。良いよ。俺も、ここまで来たらずっと、死ぬまでアンタのこと見守っててやっかんね」
     涙に濡れた睫毛が光を受けて、金色の瞳をいつにも増して輝かせている。この目が僕を見ていてくれるのなら、何もかも上手くいく。そう思えてならない。
     恋人になって2回目の──通算では3回目にあたるらしいキスをすればやはり苦く、けどこれも間違いなく彼を構成する一部なのだと思えば、きっとすぐに愛しくなるのだろうという確信があった。

     おお、スタン。僕のスタンリー・スナイダー。
     つまるところ、この愛も始まりから終わりまで、君のためにあったんだよ!


     完


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