ロマンスに牙を剥く──────────────────
華々しさなんて無くていい。
気を張る相手でもなし、良いところを見せたいわけでもなし。
適当に声をかけて、都合が良ければ集まって飲んで、楽しくやって、それだけの関係だったのに。
それがどうしてこんなことに。
「……さいあくや」
二日酔いで痛む頭が現実を見せてくる。
何度も借りた布団の中、隣で寝息を立てる男を見る。
普段の神経質そうな表情も眠っていればあどけなく、可愛らしいものだと眺めたのも初めてじゃない。
しかし、これは良くない。今日ばかりは本当に良くない。
二人して素っ裸なのは流石に初めてのことだ。
きっと吐いてしまったから脱いだのだろう、なんて理由付けも出来やしない。
だって俺にはしっかりと記憶がある。
珍しく呑むペースの早かったフォカロルが、いつもならさっさと布団に入って寝てしまうのに、昨晩はいやに熱っぽい瞳で俺を見ていた。
だから気分が良くなった俺は、少しからかってやろうと思って『何や寂しいんかぁ〜? ぎゅってしたろ!』と抱き締めてやった。
気付いたときには布団の上に押し倒されて、フォカロル越しに安アパートの天井を見ていた。
そこからはあっという間だった。
なし崩しに脱がされて、何やかんやと抜き合いのようなことをして、くんずほぐれつへにょへにょに蕩かされている内に疲れて眠りについた。
それだけだ。それだけのはずだ。
「ん……起きていたか」
「うわっ、お、おはようさん……」
「おはよう。……朝の挨拶ぐらい普通にしたらどうだ」
「いや、この状況で普通に挨拶できる方がおかしいやろ」
目を開き体を起こした男は何の躊躇いもなく布団から出て、そのへんに散らばった自分と俺の服を拾って洗濯機に入れに行く。そして寝室へ戻ってくると、クローゼットから新しい着替えを取り出して身に付けた。
着替え終わると「朝はお茶漬けで良いか」などと言いながらリビングへと消えていく。
あまりに普段通りの背中を見つめていると、もしかして俺の記憶が間違ってるんか?と不安になってくる。
曖昧な返事だけをして痛む頭を押さえていると、フォカロルが水の入ったグラスを持って再びベッド脇へ戻ってきた。
「飲め」
「ああ、うん……どうも」
「昨晩のことだが」
「ブッ、ゲホ、ゴホゴホッ!!」
「大丈夫か?!」
「ばっ、お前、急にぶっ込んでくんなや!」
むせて咳き込む俺の背を擦る手が、あつく感じて困る。
そわそわと、心身ともに落ち着かない気持ちになる。
こちらにだってあった。なるようになってしまえという気持ちが、そりゃあ、いくらかは。
そうでなければ酔っていたとはいえこんな状況になることを許していない。
「……悪かった。友人同士という関係性で、その……ああいったことを」
「あー、ええ、ええって、別に生娘でもあらへんのやし……でも今後は呑むペースに気ぃ付けや? ほんまに生娘に手出してもうたら大変やで」
「……そのようなことはしない。そもそもオマエ以外と、あんな飲み方をすることはない」
「そ、そんなら……まあ……、ええんとちゃう」
良くはないだろ、と内なる自分がツッコミを入れる。
しかしそれを口には出せないほどに、今、緊張している。
その口ぶりは勘違いしてもいいのか。……でもこいつ、恋愛ごとはてんで疎そうやからな。この言い草で実際は何とも思ってないかもしれへん。
予防線を張って、さあどうやって元の関係に戻るための道を作ってやろうかと働かせた頭は相変わらずズキズキと痛い。
飲み直した水が喉を通り過ぎる心地良い冷たさが、不意に昨晩の記憶をフラッシュバックさせる。
熱に浮かされた瞳。嬉しそうな顔して俺に伸ばす手。
言葉こそ何を言ってくるでもなかったが、そのぶん態度が雄弁だった。
勘違いしてもいいのか。本当に?
「言っておくが」
何度か勝手に借りたことがある服を手渡される。他の服に比べれば胸元があまり開いていない、シンプルめのロングTシャツ。袋に入ったままの新品の下着をセットで。
この用意周到さは何だ。こうなることを見越していたかのような。
期待をして、裏切られるのはこわいのに。
「謝罪はただのけじめだ。無かったことにはしないぞ」
「……酔いに任せたやつが、よく言うわ」
「……少し力を借りただけだ」
生真面目の化身みたいな男やけど、案外ちゃんと俗っぽい感性も持ち合わせとるんよな、とフォカロルを見る。
ほのかに赤く染まった耳の片方に空いたピアスの穴。
あんなに夢中で、へとへとになったのに、ちゃんと外してから寝たのか。真面目なやっちゃ。
ふと気になって自分の耳に手をやれば、そこにあるはずのピアスも無くなっていた。自分で外した記憶はなく、じゃあこの男に外されたのか、と思い至るともう駄目だった。
愛しい!欲しい!自分のものにしたい!
内なる自分がそう叫ぶ。そいつを閉じ込めていたはずの檻は今にも壊れそうだ。
頭がガンガンと割れそうに痛い。
こちらのうるさい脳内を知ってから知らずか、フォカロルはいつになく真面目くさった顔で言う。
「今後は恋人として付き合ってくれるか」
仕方ないなあ、なんて、余裕たっぷりに答えてやりたいのに。
どうにか小さく縦に首を振って、俺は全裸で布団を飛び出した。
勝手知ったるトイレに駆け込み、便器を抱えて胃の中のものを吐き出す。
ぐわんぐわんと頭が痛む。仕方のないことだった。
昨晩は、俺にだってあったのだ。
もしかしたらそろそろ何かが起こるかもしれないという予感が。
だからいつになく緊張して、誤魔化すために馬鹿な飲み方をしていた。
普段であればきっとフォカロルが止めたのだろうが、向こうも向こうで緊張していたから悪い酔い方をしていて、ふたりして歯止めが効かなくなっていたわけか。
「ふ、ふ……ざまぁ、ないで……ッこんなん、オエェ……!」
「……馬鹿だったな、俺もオマエも」
俺を追ってきたフォカロルが、落ち着くまでと背中を擦ってくれていた手はやはり温かくて心地良く。
最悪のスタートになってしまったが、これもアリかと思えたことだけが救いだった。
こうして散々ロマンスに牙を剥いて、俺達はついに恋人同士となったのだった。めでたしめでたし。
240114