物心ついた頃にはオレの記憶があった。どうやらヒトになったらしい。オレの最期がどんなだったのかは思い出せないが、今生きているということは終末を迎えることはできなかったのだろう。
まだ思うように動かせない体で、現状把握のための情報を集める。どうやら同じ家にいるこの男女が今の身体の両親らしい。オレがファーさんの手ではなく女の腹から生まれたなんて信じがたい現実だ。外の世界を映している箱（テレビというらしい）の助けを得て世界を識る。どうやら空の世界でもなく全く見知らぬ世界らしい。違う世界線に渡るのは初めてではないが、ここまで違うのは初めてだった。空の民も星の民も星晶獣も、魔法も魔物もない。ヒトの脆弱さはわかっているので魔物の心配がないのは安心要素かもしれない。この世界でまたファーさんを見つけるまでは死ぬわけにはいかないから。どうやらこの世界にはヒューマンしかいないらしい。
肉体は魂の形に寄り添うのか、成長するにつれ、この身体もオレの容姿を形どった。両親は困惑したようだ。なにせ、平凡な彼らには全く似ていない。見た目同様に平凡に幸せであったであろう彼らに諍いが増えた。どうやら男は女の不貞を疑っているらしい。そんな甲斐性はないことくらい考えなくてもわかるだろうに。
外に出られるようになると度々ファーさんを探しに出かけた。幼い体で行ける範囲は限られていたがじっとしていられなかった。警察とやらに邪魔されたことも一度や二度ではなかった。
ある程度成長すると、女親の留守の間に男親がオレに姦淫を迫ってきた。どうせ俺の子じゃない、と言っていたが、この体は間違いなくこの男とあの女の姦淫の結果なんだが…。まぁオレとしては構わなかったので受け入れてやったらすっかりハマってしまったらしい。どうやらこの身体も以前同様に具合はいいようだ。情報収集の手段としては有用だが、ヒトは姦淫で病気になることがあるらしいのでそこは慎重にならないといけない。
中学の卒業が近づいた頃、後輩にサリィを見つけ、つい声をかけてしまったが、どうやら空の記憶はないらしい。知能の制限がないヒトの体なので知能や感情はあの頃より発達していたが、相変わらずとても純粋だった。記憶がないのにあの頃のようによく懐いてくれた。
大学に入ると男親の静止を振り切って一人暮らしを始めた。ファーさんを探すのにはその方が便利だったからだ。ここまで使えるものは最大限利用してファーさんを探してきた。情報網を広げるためにモデルとやらも始めた。それなりに人気も出ていたし、もしかしたらファーさんが見つけてくれるかとしれないと期待してのことだ。そこまで頑張っても未だ手がかりは得られていなかった。の、だが、大学のキャンパスでまさかの姿を見つけてしまった。後ろ姿に一瞬ファーさんかと思って駆け寄ったその人は…まさかのルシフェルだった。オレを見て驚いた顔をしていたのでカマをかけてみたらあっさりルシフェルにも空の記憶があることがわかった。しかも、話を聞いていたら本当に信じられない事実を告げられた。今世ではファーさんはルシフェルの兄らしい。オレが！ずっと探し続けたファーさんと生まれたときから一緒にいたというのか！
かなり恨みがましい目で見ていたらしいオレにルシフェルが苦笑しながらファーさんに会わせると言ってきた。ルシフェルの力を借りるなんて癪だが、ファーさんに会うためなら仕方ない。どうやらファーさんも空の記憶はあるらしい。

出会った瞬間に抱きついたオレを、昔のようにファーさんが蹴り飛ばしたのは言うまでもない。

三人で食事をしながらこれまでのことを共有した。ファーさんは実家の研究所を継いで所長として研究をしているらしい。ルシフェルも大学を出たらそこで働くらしい。俺がモデルとして掲載されている雑誌をルシフェルが持っているとわかり、ファーさんもオレを見つけていたのに探してはくれなかったと知って軽く凹んだ。
オレの話になり、物心ついた頃から記憶があったことを告げると、二人とも記憶が戻ったのは最近、というかたまたまオレの写真を見かけたのがきっかけだったと言われた。オレがファーさんの記憶を呼び起こすキッカケになったことに上機嫌になり、話を続けていたが、男親との姦淫の話で場の空気が変わった。呆れたような表情のファーさんと、明らかに不機嫌そうなルシフェル。確かにこの世界での常識としては問題はあるが、でもオレだぜ？そこまで深刻なことか？と不思議に思いながら、ファーさん探すための苦労話を始めたところで、ルシフェルに話を遮られ、男親と縁を切ることと、今後安易に姦淫しないようにと約束させられた。ルシフェルでもあんなに怒ったりするんだな。ヒトになったから…？