ドーナツを巡るショートショート 映画を見たが内容をさっぱり覚えていない。オレの120分と学割パワーの1000円がムダになったのを嘆きつつ、映画の前に買っておいたドーナツを食べるために事務所に寄った。
「おはようございまーす。お、鋭心じゃん」
「若里か。仕事の用事か?」
「いや、映画見た帰りに寄っただけ」
鋭心も食べるか? とドーナツの箱を開けたら一つだけ妙なドーナツがある。なんだかファンタジーな光景が穴の部分にハマっていて、それはゆっくりと変化していた。
「なんだこれ」
「……っ! 若里! それをしまってくれ!」
鋭心が悲鳴みたいな声を出すからオレはビックリしつつドーナツを箱にしまう。なんだったんだと言う前に鋭心が言った。
「……あれは今公開されている映画のシーンだ。CMで見た」
「えぇ? てか、それオレがさっき観たやつだな」
内容は忘れたけど、と言ってふと思いつく。
「……まさかこれオレの記憶? えー……落としたのがハマったのか?」
「なら見つかってよかったじゃないか。それは評判が良くておれも観てみたいと思っていたんだ。なかなか都合がつかなくて観れてはいないんだが……」
「お、なら鋭心が食べるか?」
「ネタバレは好きではない。実際に観る楽しみは代え難いからな」
なるほど、とオレはドーナツを食べる。120分と1000円の味がするドーナツのチョコが指先にべっとりとついた。