キャンディハウスで待ちぼうけ「えーしんくんは冷たいって言われたことある?」
百々人の問いは唐突だった。事務所の、小さな会議室。秀とプロデューサーはまだ来ない。
「……ないな。意外か?」
お互いにしたいことをしている空間でいきなり投げられた問いだが、不愉快ではなかったし邪険にするものでもない。ただ事実だけを伝えればよかったのに、なぜか余計な言葉をつけて返してしまう。百々人が、少しだけにこりとした。
「全然。……あのね、僕はあるよ」
「百々人が?」
「意外なことにね」
カチ、と一度だけ時計の針が動く音が聞こえた。ずっと鳴っていた音が気になったのはその一瞬だけで、あとはここに百々人がいるだけだ。こんなに人当たりが良くて温和な人間がそんなことを言われるとは信じられないが、俺は百々人の全てを知っているわけではない。不理解を理解している。ただ、うまく納得ができない。
俺の沈黙をどう思ったのだろう。百々人はなんだか俺を宥めるように口にする。
「ほら、僕って友達多いけど、集中したいときとかは断っちゃうことがあって……それで一回だけね。冗談で、だけど」
だから気にしていないという。そうしなければならなかった理由がわかるだけに心が少し苦しかったが、百々人はその時にやるべきことを優先しただけだ。本人が気にしていないと言うのなら、特にかける言葉はない。
ない、はずだ。それなのに、なぜかフォローするような、自嘲するようなことを言ってしまう。こんな言葉を百々人が喜ぶわけがないのに。
「俺は言われたことがないが、……思われてはいる、と思う」
言ってみて、腑に落ちたような、嘘を吐いたような気持ちになる。
無意味なことを言った。そう謝罪するまえに、百々人がテーブルに突っ伏して俺を見上げてくる。なんだかひどく、楽しそうだった。
「じゃあ僕が最初の人になろうかな」
「え?」
「えーしんくんを、一番最初に『冷たい』って言う人」
百々人が手を伸ばしてきた。俺が手を伸ばさない限り触れることはない。
「冷たくしていいよ」
自暴自棄にもとれる言葉とは裏腹に、百々人はどこまでも楽しそうだ。伸ばしてきた手の甲を人差し指と中指で押しながら問いかける。なんだか、妙なことになってきた。
「冷たくされたいのか?」
「全然」
「なら、なんで」
「初めての人になりたいの」
どうして、とは聞かなかった。百々人は俺の指を弄びながら返事を待っている。
「……冷たくしたくは、ないな」
「いいのに」
百々人がパッと手を離して引っ込めた。もう触れられない距離のままで百々人は甘えるような声を出す。
「していいんだよ。それでね、その後で何倍も優しくして」
「……いやだ」
「冷たい人」
話は終わったのだろうか。百々人はカバンから飴を取り出して見せてくる。これは新しい味で、友達にも評判が良くて、1袋に1つだけ特別な味があって。そう話す百々人を遮って問いかける。
「ただ優しくするだけじゃダメなのか?」
「……わかんない人だね」
それじゃあこれはあげられないよ。そう言って百々人はレアだというひとつきりの味をした飴を口に入れる。バキッ、と百々人が飴を噛み砕いた数秒後、俺が何かを言う前に秀が来た。百々人は俺と秀に同じ味の飴を渡して「おいしいよ」といつものように笑った。