フロム、ダーリン ファングには週に一度、手紙が届く。
ハートのシールが貼られたそれは俗に言うラブレターで、差出人はクローだ。便箋にはクローの気持ちが綴られているのだが、封筒が開封されることはない。
「なんだその手紙は」
「知ってて聞くな。クローからのラブレターだよ」
「読んでやればいいのに」
セブンの口調は揶揄というよりは苦言を呈するものだった。その苦笑いの意味をファングはわかっている。
「わかってんだろ。オレは読み書きなんざできねぇんだよ」
彼が育ったスラム街では文字の読み書き以上に大切なことなどいくらでもあったから、読み書きができないこと自体はファングにとってなんの負目でも問題でもない。
そんなファングの事情を理解した上でラブレターを渡してくる少年のことをファングは好ましく思っている。手紙を受け取っても理解することのできない男のために、人を殺すための指先で愛を綴る。その行為はファングにとって、どうしようもなく愚かで愛おしいものだった。
「勉強しろと言っているんだ。読み書きはできるに越したことはない」
「別に読む気ねぇし。今更勉強なんて誰がするかよ」
「ラブレターの話だけじゃない。誰がお前の始末書を書いてると思ってるんだ」
セブンは呆れたように息を吐くが強く言う気はないようだ。このやりとりは片手の指では足りないほどに交わされたものだから、もう諦めがあるのだろう。
「毎週月曜日、午後三時。いじらしいじゃないか」
「ああ。おかげでこんな不規則な仕事でも曜日感覚が狂わない」
ファングはヒラヒラと手紙を振ってみせた。毎週欠かさずに書いているという手紙はそこまで分厚いわけではなく、あのいじらしい少年が紡いだ告白は存外にシンプルなものであるということだけを、ファングは理解していた。そして、それ以上を知ろうとはしていない。
「観念して受け取ってやればいい。クローがかわいそうじゃないか」
「はっ、そういう伝え方を選んだのはアイツだろ」
口にされたら今以上に困るくせに。セブンはそう言ってやろうかと思ったが、口にすることはしなかった。
ファングは手紙を元は洗濯籠だった籠に入れた。とうの昔に役目を変えた籠には未開封の手紙がたっぷりと入っている。
ファングは言った。
「一生読まねぇよ。こんなもん」
「だそうだ。いいかげん真正面から伝えたらどうだ?」
お似合いだと思うんだが、とぼやいてセブンはコーヒーを啜る。クローは紅茶にミルクと砂糖を混ぜながら「ありがと」と微笑んで、ぼんやりと、わざとらしく窓を見た。
「いいんだ。まだファングは僕の気持ちを受け取りたくないんだろ」
「わかってて毎週手紙を送るのか」
「来週には気が変わってるかもしれないじゃないか」
殺しすぎた日はぬくもりが欲しくなるかも。その言葉にセブンが眉を顰める前に、クローは冗談だよと笑う。
「手紙は渡すけど、返事を急かして困らせたりしないよ。僕は紳士だから」
クローは先ほど送った手紙を思い出しているのだろう、少しだけセブンから意識を外して次に送る手紙の、その封筒の色を考えていた。封筒の色は毎回変えていて、それにいつも同じハートのシールを貼っている。このシールが売られなくなったらどうしようと、数ヶ月に一度考える。
「しかし、ファングが勉強なんてするかね……」
「僕からのラブレターが読みたいって思えるくらい魅力的な男になってみせるよ」
結局はファング次第だ。それでも、言葉にせずに手紙で伝えるのはクローの面倒なところで、彼の精一杯の優しさだ。
手紙ならファングには読めない理由がある。クローの気持ちを受け取らない言い訳がある。だからこそ、自分からの手紙を読むためだけにファングが読み書きを学んでくれたとしたら、とクローは夢想する。
「……だから待つんだ」
クローは言った。
「一生待てるよ。ファングの気が向くまで」