その赤を 見つめ合う、だなんて間柄じゃないけれど、例えばふとした拍子にアイツと目があうことがある。そうなってしまうとお互いが「逸したほうが負け」だなんてつまらない考えに捕らわれてしまうことが多くて、例えば鳩が飛び立つ音だとかクラクションの音だとか円城寺さんの静止だとか、そういうきっかけがないと俺たちは、永遠と見つめ合う羽目になってしまう。
昔、だなんて言えるほど時間は経っていないけど、出会ってからずっとそうだった。向かい合って、その目を見ていた。金色の目がきら、と青色に染まっているのを見るのは、確固たる日常だった。そうやって、アイツの瞳を透かして見る青は、鏡で見慣れた青よりもキラキラしていて、きっと俺の姿は光と一緒に取り込まれているんだろうな、だなんて思ったりしていた。
アイドルになってからも、それは変わることがなかった。アイツは俺を見る時、言葉通り「目の色を変える」
猫の写真を撮る時におもちゃをぶら下げるみたいに、アイツが撮影されるとき、俺はカメラの後ろに添えられた。たった一人の監督が、そうすることで変わるアイツの表情を見抜いてから、それを理解したプロデューサーは俺の都合がつく限り、アイツから見えるところに俺を立たせた。
たったそれだけで俺でもわかるくらい、その瞳の意思が、強くなる。単純なやつ。そう思う。嫌な気分ではなかったけど、落ち着かない気持ちだった。
***
「タケルが漣と同じユニットでよかった」
プロデューサーが俺に言ったことがある。
「ああ、撮影の話か」
「違うよ」
「……何かと、張り合うからか?」
「違うよ」
プロデューサーは少し笑って、立ち上がった。
「それでね、漣がタケルと同じユニットでよかったなって、そう思う」
そう言って立ち去るプロデューサーを呼び止めて、その意図を聞けばよかったんだろうか。たまに答えを求めては、その機会を失ったことを少しだけ悔やむ。
***
別に、日常が壊されたわけじゃない。非日常を、少し垣間見ただけ。
サインライトの海が赤く染まっている。たった一人、アイツがステージに立っている。
次は俺の番だ。たった一人の戦いだ。集中を切らしてはいけない。気持ちを高めるようにアイツの姿を見据える。そこで、見た。
アイツの瞳が、真っ赤に輝いている。
きらきら、きらきらまたたいている。きらきらしてるのに、青くない。そんなの、初めてだった。青以外に染まってなお、輝く瞳。なんだろう、これは。
ガツン、頭を殴られたような衝撃。こんな動揺、出番の前に、絶対にダメだ。意識して頭からその事実を追い出す。メンタルコントロールは得意だ。そんな心の動きなんてなかったみたいにしてみせて、深呼吸をしてみせる。すっと体の芯が通る。いける。
アイツが向こう側に捌ける。俺がステージの中央に出る。世界が、青く染まる。今、俺の瞳の色は何色なんだろう。一瞬だけ掠めた思考は音楽にかき消された。
***
歓声を背にステージ袖に戻る。入れ替わりで円城寺さんがステージにあがった。
袖にはアイツがいた。頬が紅潮している。からっぽのままで振り向いたアイツの目が俺を捉えて、さっきみたいにキラリと光る。
「チビにしちゃ、よくやったほうなんじゃねーの?」
そう言って笑う。その目が青く染まる。
その様に、ひどく、安堵した。そうして、味わったことのない欲に身が染まる。
この目がどれくらい深い青に染まるのか見てみたい。想いのままにぐっ、と距離を詰める。鼻先が触れ合うくらい、近く。
ちら、赤い唇が見えた。きっと、一瞬だけ俺の目は赤く染まった。
「んだよ……やんのか? あぁ?」
その喧嘩腰な声に我に返る。馬鹿みたいに距離が近い。きっと初めて見たあの瞳に、少しおかしくなっていたんだ。
「……オマエは本当にバカだな」
「はぁ!?」
きら、また瞳が輝いた。青く染まる瞳に満足して、距離を離す。アイツの声が喧騒みたいだ。聞こえているのに言葉の意味がわからなくなる。きっと、俺はおかしくなっている。
きっと、初めてだったからビックリしただけ。
きっと、瞳の秘密を暴いたみたいで、危うい気持ちになっただけ。